第7話 探偵登場

 バーミンガムチェックのハンティング帽にコート、火のついていない黒いパイプを咥え、頭頂部に狐耳を生やした咲耶さま。

 その横には白いYシャツにサスペンダーで半ズボンを吊るした少年少女。


「さあ、事件を解こうじゃないか」

「「先生に掛かれば簡単な問題です」」


 ノリノリの3匹。

 多分イギリスの探偵や乱歩小説のなんだろうな――――古い。

 

 どうしてこうなった!?

 

 



刻を遡る事30分。


「ようやく帰ってきおったの」

「咲耶さまを待たせるとはどういう心づもりなのか」

「供物をとっとと出しなさい、わたしは芋を揚げたやつがいいわね」


 心身ともに疲れ切った俺を出迎えたのは、労わる気持ちすら感じない暴言の嵐だった。

 うんざりして思わず「出て行けと」と怒鳴りそうになったが、あくまでも――腐っても神様なので口を噤んだ。


「菓子はない」


 手や前足を出して催促をする3匹にそう告げると、まるでこの世の終わりかのように打ちひしがれた顔をした。

 狐のくせに器用な顔芸の2匹・・・・・・


「では今日は帰るとするか」

「供物がないなら居る必要性はありませんな」

「とんだ無駄足でしたね」


 やはり菓子狙いで来たのか。

 勝手に部屋に入ってきた挙句に言うなんて性質が悪すぎる。


「それとあの事件で俺が疑われていて、どこにも出かける気にもならないし出かける事も難しいから供物とやらはそれらが片付くまで無理だからね」


 そう、ジュースやアイスさえ軽くコンビニに買いに行く事さえできないのだ。家を出ようものなら途端について回るマスコミとカメラ。そして怒号ともいえる質問の嵐に晒される。


「ふむ、邏卒 に疑われているという事か」


 邏卒?一瞬意味がわからなかったが、昔警察の事をそのように呼んでいた時期があったらしい事を思い出した。


「そういう事、世間もそう思ってるみたいだし、疲れてるんだ。だから買いにも行けないし、社も行けない」

「なんと大衆もか。参道におる者達はそれを助長する者達で相違ないか?」

「ああーうん、マスコミの人たちだね」

「ふむ」

「あやつらは邪魔ですな」

「マナーがなっておりません」


 3匹の言葉は古いのだか新しいのだかわからなくなる。邏卒なんて明治時代の言葉だったはずなのに狐はマナーなどと最近の言葉を使う。そもそもそんな言葉をどこで仕入れるのか不思議で仕方がない。


「妾が解決してやろうか?」

「えっ?いいの?」

「うむ、やぶさかでもないが……のう?願いじゃろ?」


 願い――――対価を必要とするという事だ。

 ほんの少し前だったら、借が増えるのがわかっているのでにべもなく断っただろう。だが今はそんな事を言っていれる程の余裕はない。

 対価として頼まれごとに精を出すしかないのだ。それも現状から抜け出せたらの話だが。


「お願いします」

「お願いの時はなんて言うんじゃったか?」


 そうだ、合言葉があったんだ――――なんだっけ?

 スマホのメモを見ながら、言葉を口にする。


「 ……コノヨデイチバンステキナオヲモココノツモモツサクヤサマオネガイシマス」

「ふむ、些か棒読み口調なのが気に入らんが今回は良しとしよう。だが次回はその手帳を見る事もならんし、もっと感情豊かに言わなければ叶わんと思えよ」


 目の前でニヤニヤしながら言葉を待たれたら、そりゃあ棒読みにもなるってもんだと思う。それに本当にこの文句必要なのか?確か最初の時には必要なかったはずだ。


「よし、では咲耶探偵団始動だ!」

「「はい!」」


 えっ?ちょっと待って?

 神様的な力でささっと一気に解決とかじゃないの?

 探偵団ってなに??

 ちょっと、ねえ?

 

 3匹はどこからともなく落ち葉を取り出すと頭の上に置いている。


「「「コンコンコココーンッココココーンッ」」」


 天に向かって鳴くと同時に白い煙に包まれ――――

 晴れたら目の前に、時代錯誤の恰好をした3匹がドヤ顔で立っていたという訳だ。


 本当に落ち葉で化けるんだなっと関心というか感動をほんの少ししたが、すべてドヤ顔でかき消された。咲耶さまは相変わらず美女だし、2匹も可愛いのがイラっとくる。


「・・・・・・・神様的な解決じゃないの?」

「それじゃあツマ――――解決するから安心せい」


 こいつツマランって言いかけやがった。

 3匹揃ってニヤニヤしやがって、やはりいくら状況に流されたとはいえ、安易にお願いなんてするんじゃなかったか。


「では剛よ、今一度詳しく話せ」


 悔やまれるがこうなった以上仕方がない、とよさん発見状況や現在わかっている事を詳しく話した。もちろんストーカー疑惑の事もだ。


ベッドに腰かけ足を組んだ咲耶さまが、慌てて俺の説明を止めた。


「ちょっと待て、お主は社を出てどうやってババアの家まで行ったのだ?」

「そりゃあ自転車でだよ」

「そうじゃ、社から出た所から詳しく話せ、どれくらいの時間が掛かったか、何か変な事はなかったかなどな」


 そこ必要なのか?

 とよさんの家と俺の家はお山を挟んでちょうど反対側だ、その途中での事など関係しているとは到底思えない。

 だが3匹の視線が俺を促すので、少々自棄になって問われるままに色々思い出しながら話す。家に寄った事、コンビニに寄った事を。


「コンビニとはお主がストーカーしておる孫娘がおるところじゃな」

「してないって」

「よくそこには行っておったのか?」

「毎晩アイス買いに行ってた」

「アイス!?それはあの冷やっこくて、甘くて美味しい物じゃの」

「あれはいいものに御座いますね」

「この夏にはピッタリですわ」

「あぁ~いいの~アレは」


 チラチラとアイスと口にしながら俺を見るのを止めろ!


「思い出したら考え事が出来んようになってきたわ」


 足元を見やがって――――「今度買ってくる」

「妾はハーゲンダッツが好きじゃ」

「お得パックはダメですな」

「わたしは個包装のバータイプがいいわ」

「・・・・・・・わかった」


 贅沢言いやがって、そしてなんでそんなに詳しいんだよ狐のくせに。

 バイト代が消えていく――――っていうかこいつらにすべて回収されている気がする。


「話を戻すとするか、そのコンビニに着いた時は何時じゃ?」

「15時45分だよ」

「ようそんな事詳しく覚えておるの」

「ああ、時計を見たからな」

「なぜじゃ」


 なぜ?

 それは――――そう、遅刻したバイトにイラっと来たからだ。


「ふむ、その後ババアの家に行って発見した流れじゃな?」

「そうだよ」

「で、邏卒の番所に連れて行かれたと」

「そう」

「で、泣きながら夜半に一直線に家に帰って来て更に泣いたんじゃな」

「泣いてないし、コンビニ寄ったから一直線じゃない」

「ほんにコンビニとやらが好きだのう」


 事件以来行けていないが、確かに俺はコンビニ好きだ。基本だいたいなんでも売ってるしな。


「その時は何を買ったんじゃ?」

「……買ってない」

「買わんのに寄ったのか?」

「売ってくれなかったんだよ」

「店がなぜ商品を売らないんじゃ?」

「バイトに拒否されたんだよ」

「ようわからんのう、そこを詳しく説明せよ」


 思い出しくもない程腹だったし、泣きたくなることだった。だが目の前の探偵気分の神様に説明をする事にした、何を選んで何を言われたか。


「ふむ、ストーカーに人殺しのう」

「やってないんだ」

「なぜにその者はお主がババアを殺してストーカーをしていると知っているのじゃ?」

「えっ?」

「仕事中にババアの家まで見に行ってお主を見かけたとしよう、それで人殺しだと思った、ここまではまあわかる。だがなぜストーカーとわかるのじゃ?」

「……さあ?」

「ようわからんのう」


 それは俺の台詞だ。

 だいたいほとんど会話した事もないのに、と言うんだろうか。


「そのストーカーは具体的にどんな事をしていたのか知っておるか?」

「ああ、手紙を送ったらしい」

「どんな内容じゃ?詳しくは知らないけど「障害を失くす」とか書いてあったらしい」

「筆跡はどんな風かわかるか?」

「パソコンで打ち出したものだってさ」

「ババアを殺す事がなぜ障害なんじゃろうな~ババアは孫娘に係ろうとしておらなんだのに」


 そう言われてみればそうだ、なぜ障害になるんだ?せめて親ならわかるんだけど。


「やはり解せん、お主今度邏卒と話す時に以下の事を聞いて参れ。言い寄られていたと証言しているのは孫娘とその遅刻したバイトじゃないのかどうかを」

「えっと、そうなの?」

「多分な、それ以外考えられんが聞いて参れ」

「何かわかったの?」

「うむ、だが確実にするために必要なのじゃ、今日はこれにて帰るからわかったら「コンコンコン」と社に向かって叫べ、その晩にここに来よう」

「教え――――「さらばじゃ」――」


 俺の問いかけを無視して階段を駆け下りて行った3匹。

 いまいち理解がついていかないが、光明が見えた気がするのでよしとしよう。








                         §


「あやつは何もわかっておりませぬな」

「そうじゃのう、今代はちょろっと抜けておるようじゃ」

「ふふふ、いいじゃありませんか」

「まあのう、早う色々終わらせんとな」


 口角を釣り上げて嗤う3匹の狐がお山の階段を走っていた。

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