第6話 証言
「お帰り、遅かったの」
「あ、ただいま」
まるでそこに居る事が当たり前のように話しかけてきたので思わず返事をしてしまった。
ってなんでここに居るんだ?
小山から出れないんじゃなかったのか?
「お主に頼み事をしてやったのに、その報告に来んので妾からわざわざ来てやったのじゃ」
「「ありがたいと思えよ」」
そうだ、こいつが元凶でこんな事態になっていたんだ。
状況の問題さにうっかり忘れてしまいそうになっていた。
だがまあいい、ちょうど聞きたいことがあったんだ、切実な問題を。
「つまむものとか喉を潤す物とかないのかの?」
「……どうぞ」
部屋に備え付けてある俺専用の小型冷蔵庫からペットボトルを出して紙コップに注ぎ、ポテチを差し出してやる。
「で、どうじゃった?」
「それよりも先になぜここに居れるんですか?ここは山じゃないですよ」
「何を言っておる、ここは元々山の一部じゃぞ?」
言われてみれば、市街より少しばかり坂を上った場所ではあるが――
「じゃあ、上山さんの家も行けたのでは?」
「あちらは違うのじゃ、不思議よの」
「そもそもどうやって入ったんです?」
「玄関からじゃが?」
「両親は知ってるんですか?」
「あ奴らは見えておらんぞ?」
見えてないとはどういう事なのか?限られた人間にしか見えないって事?
「妾と波長が合う者しか見えんからの、ほれ誇るがよいぞ」
限られた人間しか見えないらしい。
学生時代だったら、少し前までだったらその言葉に喜んだだろうが、今はその波長とやらを呪うばかりだ。
パリパリと3匹は先を争うようにポテチを貪り食いながら、俺の疑念をさらりと躱す。嘘くさいが確かめる術もないので、話を進めるしかない。
「俺が行ったら上山さんは何者かに因って殺されていました」
「なんと!それは
目を見開き両腕を挙げて見せているが、まるで驚いているぞとこちらに見せつけるかのような態度が実に白々しい。明らかに知っていた様子が見て取れる。
「知っていましたね?知っていて俺を行かせませたね?」
「何を言う、どうやって知ったと言うのじゃ?」
「難癖をつけおって」
「こんな女子の裸体を眺めてばかりおるようだからダメなのよ」
お前ら、明らかに用意していましたって感じで答えてるじゃないか、俺がいくら鈍感でもそれくらいわかるぞ。
勝手に戸棚から買い置き用スナック菓子を開けながら言っても説得力ないんだよ。
それとおい、狐のノゾミ!それどこから引っ張り出した!
とりあえず前足の下にある本は無理矢理引っこ抜いて奪い返す。
「それで犯人は捕まったのか?」
「まだですけど」
「早う片付くといいの」
どの口が「心配しておる、元気ならそれでいい」と言ったんだと聞きたくなるほどに、素っ気ない態度なのはどういう事なのか。
「悲しくないんですか?」
「ん?悲しいぞ」
当たり前の事のように返してきたが、その言葉の中に悲哀が含まれてはいない。
ただきっとこの話を続けても無意味なんだろうなという事は理解できた。2匹の狐達も飽きたのか毛づくろいを始めているし、早いところ聞きたいことを聞かなければ――現在の状況では社に行く事も不可能に近いと思われるので、チャンスは今しかない。
「そういえば、おばあさんって毎日のように来てたの?」
「うむ、イナリやらなんやら持っての」
「どんな話してたの?」
「世間話じゃ、近くに住んでいる嫁と上手く言ってないだの、孫が金の無心にばっかりくるなどの」
警察に何度も何度も発見状況や関係性を聞かれた際に、なかなか帰してくれなかったのは一重にこういった世間話の内容を語れなかったので疑われていた節がある。なので情報を得れた事に満足した。
それにしても不仲の嫁と孫か・・・・・・なんかありそうだよね。
「なんにせよ、早う片付くといいの。お主に頼む事も溜まっておるのでの、お供えも来とらんし」
明らかに後ろの方の言葉に重点置いてるよね?
それに頼み事ってこんな大変な事になるってわかってたら引き受けなかったんだけど。
「よし、供物も出て来んようだし帰るとするか。なるべく早うくるんじゃぞ」
「帰りましょう、こんな小汚い部屋は咲耶さまが居るべき場所ではありませぬゆえ」
「童貞の部屋にこれ以上いたら犯されます」
他人の部屋に勝手に入っていた挙句、散々飲み食いし言いたい放題した後、振り返りもせずに当たり前のように階段を降り、玄関から出て行った。
開ける音も何もしなかった事が不思議ではあったが、それよりも理不尽さに腹が立ってしょうがない。
咲耶一行とバイト、マスコミに疲れていた俺は勉強どころではなく、倒れるようにベッドで眠る事となった。
事件から3日過ぎている。
マスコミの数はさすがに当初よりは減ったが、その代わり連日のようにスマホに知人友人元クラスメイトや知人の知人といった知らない人達から、詳細を求めるメッセージが山ほど着ている。中には「自主しろ」と説いてくる者が一定数いて頭が痛い。
父さんも職場で同じような目に合っているらしく、散々俺に文句を言ってきた。姉ちゃんは姉ちゃんで「彼氏に振られるかもしれない」とめそめそ泣いていたと思ったら、突然「お前のせいで」と怒り狂って罵倒してきたりしている。
「おい剛、また警察来てるぞ~」
「またですか、ちょっと行ってきます」
倉庫内、扇風機の前に陣取ってコンビニ弁当を広げていた剛は箸を置いて立ち上がると、うんざりした様子で事務所へとノロノロと歩き出した。
警察は連日のように『第一発見者として気が付いた事はないか?』と称して、バイト先にまで押しかけてきているのだ。
「だから、世間話ですよ」
「そう、話していたのは嫁さんと上手くいってないとか孫が金の無心にばかりくるって」
「えっ?最初話さなかった理由?だからそれも言いましたけど、動転していて思い出せなかったんですよ」
毎度変わらず同じ質問を繰り返してくるのに、こちらも同じように返す。
社長が言うに何度も繰り返す事に因って、もしそこに齟齬があれば突っ込むためだろうとの事だ。
まだ警察署に呼びつけられ、取調室で聞かれないだけマシだろうと職場では笑われているが、当事者としては笑えるはずもない。
そう、未だ犯人は捕まっていないし、手がかりも掴んでいないようである。現在判明しているのは、殺害時刻は15時~15時半くらいで、ナイフで胸を数度突いた跡があり、争った様子は見られない為顔見知りの犯人である可能性が高い。俺が尋ねた30分くらい前が犯行時刻という事だけだ。
つまり俺が第一発見者にして第一容疑者候補らしい。
俺だとしたら返り血を浴びていないのはどうなのか?や犯行動機は何なのか?など疑問ばかりだが、他に主だった者が浮かばない為にこのようになっているのだろう。
「おっ、帰ってきた。そういやお前週刊誌見たか?」
警察官による事情聴取から解放され倉庫内に戻ると、社長が雑誌をこちらに差し出してきた。
面白おかしく書いてあったり、まるで俺が犯人だと言わんばかりの論調で書いてあるのを一度見てしまったので、それから見てはいなかった。
それをわかっている社長がわざわざ言うのだ、何か新しい事でも書いてあるのかと受け取り広げ読んでみる事にした。
書いてあったのは以下の通りだ。
・被害者女性の孫にはここ最近ストーカーがいた。
・障害を失くすという手紙を貰っていた
・事件以降ストーカーが現れていない
「このストーカーが犯人で決まりじゃないですか」
「おう、これでお前も楽になるな」
ほっとする内容だった。
ここまでわかっているなら、もう犯人が見つかるのも時間の問題だろう。
だが何か引っかかる――ストーカーという言葉をどこかで聞いた覚えがあるような――
翌日、違和感の正体が判明した、最悪の形を以てして。
朝から警察署に呼び出され事情聴取をされていたのだが、いつもと同じ質疑を繰り返した後だった、突然新しい質問が繰り出されたのだ。
「安倍くんさ、上山さとみさんって知っているよね?」
「えっ?すみません、誰ですかそれ?」
「知らない?そんなはずないだろう」
「本当ですよ」
「安倍くんの好きな子じゃないのか?」
好きな子?
正直思い浮かばない。コンビニのあの子は好きっていうより憧れ?癒し?まあ、確かに好意は持っているけれど、恋とか愛じゃないのは確かだ。あんな子が彼女だったらいいな~っていう夢想の類。
社長の娘さん?
うーん、ここ最近は夏休みで会社によく遊びに来ているせいか、時折話をするようにはなったけれど、これも「ああ可愛いな」ってなもんだ。
「好きな子はいないんですけど」
「そんな事ないだろう?いいな~って思っている子はいるだろ?手紙出したりさ」
「いや、本当にいないんですよ」
「おかしいな~言い寄っているのを見たっていう人がいるんだけどな」
「えっ?」
青天の霹靂とはこの事かなどと思ってしまった。
誰が誰に言い寄るって?そんな事出来る訳ないじゃないか、コミュ障舐めんな。それが出来たら女友達の一人や二人いたりするだろうが。
「そんな訳ないじゃないですか、言い寄るなんて誰が言っているんですか?ってかそんな事出来る勇気あったらぼっち生活送ってないですよ!」
「お、おう、辛いな」
「・・・・・・はい」
しまった、つい激高してしたら刑事さんに同情されてしまった――ツライ。
「大牧山東店のコンビニで上山さとみさんに言い寄っている姿を目撃されているぞ?」
そこは俺が以前毎日のように深夜行っていた場所だ。
そういえば事件当日深夜の帰り道――ストーカー呼ばわりされた事を思い出した。
だが、上山さとみという名前に覚えはないし、そもそもストーカーなどした事はない。
「すみません、その上山さとみさんってそもそも誰かわからないんですが」
「いい加減素直に言えよ、好きなんだろ?」
「いや、本当にわからないんですよ。上山ってことはとよさんの関係者ですか?」
「ふぅ、頑固だな、じゃあお前が知っている事だろうが説明してやるな」
やれやれとわざとらしい表情を作りながら目の前の刑事が説明してくれたのは驚くべき事だった。俺がいいなって思っていた女の子が、件の上山さとみさんでとよさんの孫だそうだ。更に週刊誌に書いてあったように、春先からストーカー被害に遭っていたらしい。更に更に、本人も同店店員も俺が言い寄っていると言っているとの事だ。
えっ?言い寄るって普通の会話しかした事なかったよ?――「こんばんは」などの一言が会話に入るかどうかは別として。
「確かに買い物に行った時にいましたけど、会話なんてほとんどした事ないですよ?それに今初めて名前知りましたし」
「ほう、じゃあどうやって手紙をだしたんだ?」
「だから手紙なんて出してませんよ、筆跡鑑定でもなんでもしたらわかりますよ」
「へー、筆跡じゃわからない、パソコンで印字された物だとお前は知っている訳だ」
どうしてそうなるんだ?
何を言っても俺が犯人だという風に話を持っていきたいようにしか思えない。
「知りませんよ、本当に。だいたい手紙云々やストーカーの話も今日初めて雑誌で知ったくらいですから」
「はあっ、被害者の女の子自身が「そうかもしれない」「言い寄られていた」って言ってるのに頑固だな」
「それも間違いですって――あっ、コンビニの監視カメラで確認してみてくださいよ」
「・・・・・・今やってるよ」
空も赤くなり始めた事で、今日は終わりと言われ帰宅を許される事となった。
――――「近日中にまた来てもらう」とのありがたい言葉を頂いて。
減ったと思っていたマスコミは以前以上に増えて自宅前道路を賑やかにしていた。そこを突っ切るようにして無言で家へと入る。
背中には容赦ないフラッシュと怒声。
それは「詳細を」やら「真実を」など謂れなき言葉が多数に含まれていた。
家の中は中で両親に責め立てられる――――
俺に言える事はただ一つしかない――――「違う、俺は無実だ」その言葉を何度も唱えながら階段を登り部屋へと入ると。
――――また狐が3匹ベッドで戯れていた。
俺の苦悩や疲れを嘲笑うかのように、晴れやかな笑顔を浮かべた奴らが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます