第5話  マスコミ

 煌々と光る我が家の玄関戸を恐る恐る開ける、そこには仁王立ちの両親が待っていた。


「ただいま」

「どういう事だ?」「警察から連絡があったぞ?一体何をやってるんだ」「お狐様に願掛けに行ってるだけじゃなかったのか」


 交互に玄関内で立ったまま責める両親。

 俺は咲耶さまの云々は省き、警察で説明した話とまったく同じ事を伝えるが、想定外の事態に理解がついていかないようで、両親にも同じ説明を何度も繰り返す事となった。

 ようやく説明と小言から解放され、ベッドに潜り込めたのは明け方日が昇り始める頃だった。

 だが無慈悲にもバイトに行く為に設定していた目覚ましがスマートフォンから鳴り響き、俺はけだるさが残る頭と体をシャワーで無理矢理起動させ、出勤の用意をする。


 居間に顔を出すとすでに父親は出勤した後で、母親も俺と同じく寝不足なのかソファーで横になっているようだ。


「じゃあ、バイト行ってくるから」

「――あんた今日出かけるのよしなさい」

「そういう訳にも行かないよ、出勤当日に休むとかできないし、今結構忙しい時期だし」

「それでもよ、電話して謝りなさい」

「だから、そんな訳にいかないって。行ってきます」

「あっ――――」


 母親がまだ何か言いかけていたが時間も迫って来ていた為に無視して用意をして玄関の扉を開けた。

 そこには数十台のテレビカメラとリポーターと呼ばれる人たちが山ほど待ち構えていた。


『第一発見者の安倍剛あべごうさんですか!?』

 

 いくつもの声が重なり降りかかってきた。

 想定外の事態に固まっていると、無遠慮にシャッター音が鳴り響きフラッシュを浴びせられる。


『阿部剛さんで間違いないですよね?』『詳しいお話を伺いたいんですが』『被害者の上山とよさんとはどのようなご関係だったんですか?』『これからどちらにお出掛けになるんですか?』『犯人についてどのように思われますか?』『怪しい人物などお見掛けにはならなかったんですか?』


 様々な質問が次から次へと投げかけられる中、母がしつこい程に出かけるのを阻止しようとした理由に納得がいった。門にはインターフォンが設置されているのにブザーが鳴らなかったのは、予め電源をオフにでもしていたのだろう。

 よくテレビでこういった光景を見ていたが、まさか自分自身が体験するとは夢にも思っていなかった。まさにその時見ていた有名リポーターと言われる人たちが目の前で俺に向かって必死にマイクを向けているのだ。


「――えっと、はい。昨夜警察でお話した通りで、物を届けに行ったら倒れているのを発見して通報した感じです」

『見てすぐ殺されてるとかわかったんですか?』

「いえ、僕が通報したのは救急車だけです。警察はどなたがしたのかわかりません」

『被害者の方とどのようなご関係ですか?』

「たまに会ってお話する程度です。すみませんアルバイトの時間が迫っているので向かいたいんですが」


 主だった質問に答えてから、玄関前からどくように伝えるが聞こえないのか聞く気がないのかわからないが、一向に道を開ける気配はなく、相変わらずフラッシュとマイクを一方的に押し付けられる。

 そっとスマホで時間を確認すると、すでに後10分で就業時間が迫っている。ここから自転車で全速力で漕いで10分、この感じでは絶対に着けそうにない。怒られるのを承知で電話する事にしよう。


「すみませんがバイト先に電話するので静かにしてもらえますか?」

『そんな事よりももっと詳しい話を聞きたいんですが』


 とはどういう事だろうか?見ている分には気楽なものだが、当事者となるとこれほど鬱陶しいと感じるとは思ってもいなかった。

 収まらぬ声を無視して玄関戸を開け中に戻り、社長に直接電話をする事にした。


『おう、どうした?遅刻か?』


 1コールで出た社長は明るい声だった。てっきり怒られるものと思ってたいたので拍子抜けしながらも、現在置かれている状況説明をした後、休ませて欲しい事を簡潔に伝える。


『おう、まあその話は聞いているけどよ――それじゃあ家に居られないだろ?節操なく電話して来たり、ブザー鳴らしたり、大声で呼びかけたりしてくるだろ?』

「え、そこまでするんですか?今ちゃんと説明すれば終わるんじゃ?」

『んなわけないだろうよ。恰好のネタだぞ?』

「いや、でも行こうにも邪魔されてて行けないんですよ」

『んなら迎えに行ってやるよ』

「どうやって」

『おう、楽しみに待ってろ』


 不安な言葉を残して切れた電話。

 だが社長の言葉はもっともだろう、俺も、色んなテレビ局が同じ質問を何度も同じ相手にぶつけ放送している姿を見てきた。それを俺はいつも「ぜってーこいつ犯人」とか身勝手にも推理していた、菓子を食って笑いながら。

 困ったな、待ってろって何を待つんだ?なんて扉越しに外の喧騒を聞いていた時だった。


――パパァーンッ――


 甲高い音が鳴り響いた。

 一度だけではなく、繰り返し何度も何度も。ただでさえマスコミが煩いのになんだろう?と扉を少し開き外を見てみると――大型トラックが玄関前に横付けしていた。

 思わぬ事態に驚いていると、助手席の窓がスルスルと下がり馴染み深い強面の顔が飛び出した、社長だ。


「おい、迎えに来たぞ~早く乗れ」

「あ、はい」


 状況がわからぬまま言われた通りに乗り込むと、社長は反対側を指さした。


向井むかいも協力してくれてよ」

「おう、剛!大変だな、後で話聞かせろよ」


 これまた強面のバイト先の運転手の1人である向井さんがニカっと笑いながら快活にそう言うと、またけたたましい警笛を鳴らしながらトラックを動かし始めた。社長も「じゃあ俺らも行くぞ」と一言発して進みだす。


「ここの道路はよ、ちょうどギリギリうちのトラック2台がすれ違える幅なんだよ」


 タバコを持った左手を大きく振りながら説明する社長。

 俺は喧騒から逃れた事にほっとしつつも、だんだんと冷静になってきていた。

 これってさ、かなりマズいんじゃないの?強面の男2人が迎えにくるとか・・・・・・ただでさえ怖いと言われる顔の俺――今注目の第一発見者――一見すると反社会的勢力と見間違えられるほどの社長と向井さん。

 うん、思い浮かんだよ。


【18歳浪人生の第一発見者とインタビューを妨害する大型トラックの男たちの関係とは!?】


 なんて見出しがさ。

 

 なんか悪い方向へ転がっている気がしないでもないけど、社長は優しさでやってくれた事なんだから文句言えないよな……。

 そんな考えが頭の中をグルグルしだした時にはもう仕事場へと到着していた。


「おう、着いたぞ。今日もしっかり働くぞ」

「あ、はい」


 社長の声に追い立てられるようにトラックを降り、事務所へとタイムカードを打刻する為に事務所へと入ると、いつも居るパートのおばさんだけではなく、社長の奥さんと女子高生の娘さんまでが居た。ふっと倉庫への入り口に目をやれば、数人のトラック運転手も顔を覗かせている。


「おう、じゃあ一応確認するけどいいか?」


 背中から社長の声がしたので振り向くと、真剣な顔をして立っていた。

 失礼だけど、怖い顔だ。


「お前は殺してないんだよな?発見した善良な市民なんだよな?」

「はい、ちょっと用事があって行ったら倒れていたんで救急車呼んだだけです」

「嘘偽りないな?」

「はい」

 

 やはり聞かれるよな、俺は頭の中でもう幾度となく繰り返した発見するまでの流れを思い出し、話す準備をする。


「よし、話は終わりだ。仕事にしよう」


 社長はにこっと顔を緩めると、終了宣言を下した。

 あれ?これで終わり?


「やっぱり~剛くんは顔は怖いけど、人殺しは出来ないよ~」

「うん、基本こいつ人が好いからな、顔怖いけど」

「殺人犯も真っ青ってほどの悪人面だけど、本当の殺し出来る程根性ねえよな」

「大変だったな~これを機にもうちょっとその顔をにこやかに見せる努力をしろよ」


 呆気なさにしばし呆然としていると、堰を切ったように周りで見ていた人たちが口を開き始めた。みんな信じてくれていたみたいだ……でも、みんなして悪人面とか怖い顔とか言うのひどくない?いや、自分でも顔が怖い事は知ってるけどさ……。

 というか、たった一晩でここまで話が広がり、第一発見者としてではなくまるで殺人犯のようになってるってどういう事なんだろう?


「僕って今殺人犯だと思われているんです?」

「いや、怪しい第一発見者的な論調だな」

「怪しい?」

「おう、怪しいだ」


 なぜだ、たった一晩だぞ?

 しかも、ただの第一発見者であって、怪しさなんてこれっぽっちもない善良な一市民だ。


「冷静に第三者目線で聞いて考えてみろよ?18歳無職浪人生、受験失敗によるストレス、接点のない老人と男、彼女もいない寂しい生活」


 うわあ、確かに怪しすぎる。

 うん、これテレビの前でいつも俺が勝手に探偵気分で推理していたやつだ。


「なぜ第一発見者の男性はそこにいたのか?」

「なぜ男性は女性の家を訪れたのか?」

「どのような接点があるのか?――なんて事をテレビでは無責任に言ってたぞ」


 それってどうなの?

 まるで犯人扱いじゃん、殺人犯じゃん。


「まあ、大丈夫だ。その内犯人は捕まるだろうよ。当分はマスコミが煩いだろうが我慢しろ、俺たちはわかってるし、信じてるからな。ここにいる時はそんな事忘れて仕事に励め!じゃあ仕事だ、仕事」


 社長の締めの一言により、事務所内での会話は打ち切られる事となった。

 俺は優しさに泣きそうになりつつも倉庫へと移動して、うず高く積まれた荷物の仕分けを開始する事となった。


 昼食は運転手さんの1人が買ってきてくれた弁当を倉庫内で採り、その他の時間は言葉通りに全てを忘れて仕事に没頭する事となった。しかも始業時間が遅くなったとの理由での残業2時間付きだった。

 一日の仕事が終わる頃には、違った意味で何も考えられない程に体がヘロヘロとなったいた。

 終業後にはまた社長が送ってくれたのだが、昼間会社事務所にもリポーターや記者らが押しかけてきていたそうだ。すべてパートのおばちゃんが追っ払ってくれたらしいのだが。

 当分の間自宅周辺が煩いであろう事で、勉強どころではないと予想されるので、当面の間は毎日バイトする事となった、送迎付きで。

 社長の優しさが身に染みる。


 家に着くと、朝よりも数は減っていたが相変わらず記者やテレビカメラが玄関前に群がっていた。それを押し分けるようにして門内に入り、朝にした説明とまったく同じ言葉を繰り返した後に部屋に戻る事となった。

 新たに「バイト先の社長さんとはどのような関係ですか?」って意味のわからない質問もあったな――自分で答え言ってるじゃん、バイト先の社長との関係なんて雇用以外に何があるんだろうか?

 だんだんと状況を冷静に見れる自分が出来ていたので、思わず「この先お義父さんと息子になる関係です」なんて言ってみたい気持ちにもなったけど、面白半分でそんな事したら確実に殺される事は明白だ。


 居間には両親がいた、「職場で肩身が狭い」「やりにくい」「質問責めにあった」など食事中に父親が愚痴を言っていたが、俺が犯罪を起こした訳でもないのに謝るのもおかしいので、「大変だね」と他人事のように言ったら激高して「誰のせいで」と怒鳴られた。

 

 まあ、父は職場で、母はマスコミにと質問責めに会い疲れているのはわかるけれど、もう少し俺を信じてくれてもいいんじゃないかな?

 優しいのはバイト先だけだ。

 悲しい事態に打ちひしがれながら部屋へ戻るとそこには――――


 咲耶さまと狐が2匹ベッドの上で遊んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る