イナリ殺人事件
第4話 目撃と疑惑
「いらっしゃいませ~」
入り口でゴミ箱を片付ける店員の声に後押しされながら、いつものコンビニに来ていた。本日の目的はアイスではなくスポーツドリンクである。
社から駆け下り、家で自転車へと乗りおばあさんの家に向かう途中だ。自転車の鍵を部屋に取りに戻る際に、最近よく聞く「勉強しないでいいの?」という母の質問に答える事無く、逃げるように必死に漕いできた為に汗をかいたからで、目的地は剛の家から小山を挟んでちょうど反対側、その為このコンビニは中間地点にあたる。
火照った体を店内に閉じ込められた空気で十分に冷やした後、清算を行うためにレジへと向かう。当たり前だがいつも夜に見かける店員はいない、もちろん気になるあの子もだ。
あの夜に声を掛けられてから2人の間は何も進んでいなかった、告白される事も、振られる事も。伊達に19年童貞彼女なし友人少な目ではない、声を掛けるどころか挨拶すらできないのだ、進みようがない。相手もあの日は気まぐれだったのか、あれから何かアクションがあるわけでもなく、今やあの夜の事は妄想だったのでは?と思えるほどだ。
店を出て買ったばかりのスポーツドリンクを呷っていると、夜に見かける男の店員が駐車場に乱暴に自転車を停めている姿が目に入った。どうやら急いでいるようなのだが、慌てれば慌てる程着ている黒の長Tシャツの袖がハンドルに引っかかってしまっている。
「大丈夫ですか?」
「ああっ?チッ」
思わず声を掛けたのだが、俺を一瞥した後小さく舌打ちをして店内へと走り込んで行った。
なんだ、あれ、態度悪すぎないか?
せっかくの親切心が無下にされ、嫌な気持ちになる。
「遅いよ~何時だと思ってるんだよ!バイト代下げるよ?」
「・・・・・・すみません」
背中から怒鳴り声が聞こえ振り向くと、先ほどの男が太々しく頭を軽く下げているのが見える。
どうやら遅刻してきて余裕がなかったみたいだ。時計を見ると15時45分、15分の遅刻かな?頑張って!先ほどまでの苛立ちはどこへやら、同じバイトの身であるというだけで同士の気持ちとなり心で応援しつつ、俺も目的へと向かって漕ぎだした。
普段の剛の行動範囲は自宅から社を起点として90度、小山の自宅方面半分側しかない。その為に久しぶりの場所であり、新鮮な気持ちになりながら軽快に自転車を走らせる。
「この辺だな・・・・・・青い屋根で上山さん上山さん・・・・・・ここかな?」
地図を見て正確な場所を教えられたわけではないので、キョロキョロと自転車を押しながら表札と屋根を見ながら探す事5分、ようやく見つけインターフォンを鳴らすが、誰かが出てくる気配は皆無。 だが、お重を返して安否確認をするというミッションが課せられているので、これで帰る訳にもいかないのが現状だ。
「すみませーん、上山とよさん~お重を返しに来たんですけど~」
ただでさえ学生時代の友人知人に「目つきが悪い」「死神のようだ」などと揶揄されている風貌だ、知らない人に見られたら不審者と疑われるのではないかとビクビクしながら、大声で呼びかけるも一向に反応がない。
困った。
灰色のブロックで出来た塀を繋ぐ緑色の鉄門を見ると、空いているようなので門の中に入りつつも、先ほどよりも更に大声で問いかけるがやはり反応がない。
寝ている?お出かけ中?
一応、扉に手を掛け開いていないかを確認してみると――開いていた。
「すみませーん、上山とよさーん、いませんかー」
誰かが通り掛かっても大丈夫なように声をあげながら扉を一気に開ける。
――そこには俯きに倒れた人がいた――血だまりの中に。
えっ?
どういう事?
怪我?何?
「上山さん、どうしたんですか!?」
再度声を近距離で怒鳴るように声掛けするが、やはり反応がない。
こんな時はどうするんだ?
110番?119番だっけ?どうしたらいいんだ?落ち着け落ち着け落ち着け剛。
頬を両手で叩いて気合を入れ、スマホで119番に掛け――住所ってなんだ?
知るにはGPS?いや・・・・・・・助けを求めよう、自分でなんとか出来る自信がない。
慌てて外に出て周りを見渡すも、誰一人歩いていない。その為右隣宅のブザーを鳴らしまくり「すみません」を連呼する。
「はい?なんですか?どなた?」
不機嫌そうな40代くらいのおばさんが出てきた。
「すみません、隣の上山さんを訪ねて来たんですけど、中で血の中に倒れていてっ、ちょっと来てください」
「はあ?」
突然見知らぬ怪しく人相の悪い男が訪ねてきた挙句、泡を飛ばすかのように喚き散らし血などと不穏な言葉を叫んだなら、それは不審がるのも仕方がない。だが、そんな心情を察していれるほど余裕はないのだ。
「とりあえず来てください」及び腰になる女の手を無理矢理引っ張り現場へと連れて行く。
「ちょっと何よ、引っ張らないでよ!警察呼ぶわよ・・・・・・ギャアアアアアアアッ」
玄関先で絶叫をあげる女。
予定では住所を聞いて救急車なりを呼んでもらうつもりだったのに。
こうなったら――電信柱を見つけた俺は119番にと通報し状況と住所を伝えて現場へと戻った。
「ああああああああああんたがややややややったの?」
玄関先に座り込んだおばさんが、両腕で自分自身を抱くようにしながら怯えた表情で俺に聞いてきた。
えっ?もしかして、いや、もしかしなくても俺が疑われている?
「そんな訳ないじゃないですか!尋ねてきたらこうなってたんですよ」
「へへへへへへへぇー、わわわわわわわたしはおおおおおお金なななななないわよよよよよ」
「だから違いますって!」
必死に疑いを晴らすべく答えていると、けたたましいサイレンが聞こえる、救急車がやってきたようだ。少しの安堵感と共に振り返り道路を見ると、いつの間にやら人が集まって来ていた。
「はい、どいてくださいどいてください」
隊員が人を押し分け担架を抱えて入って来た。
「通報してくれたのは君かな?」
2人が玄関内に進入し、1人が俺に問いかけてきたので首肯で返す。
「状況を説明してくれる?」
その言葉に俺は素直にここに来てからの行動を細かく伝えた、外で玄関前で、中で声を掛けたけど反応がなかったので通報した事を。
伝えている最中、中に入った2人が手ぶらで出てきて、俺に問いかけている男に何やら囁いていたと思ったら、新たなサイレン音と共に警察がやってきた。
救急隊員が連絡したのか、野次馬が通報したのかはわからない。
パトカーが続々と集まり、厳しい顔の警察官が家を取り囲み、上空ではヘリが飛び交い、外ではレポーターと思わしき人が何やら状況を叫んでいるのが聞こえる。辺り一帯は物々しい気配に包まれている。
そんな中俺は第一発見者として、何度も同じ説明を色んな警察官にし続けている。 なぜ被害者と知り合いなのか?という質問は咲耶さまを素直に言っても信じて貰えるはずがない事は百も承知なので、お社で何度か会ったと誤魔化すしかなかったが。
「よし、じゃあ調書として取りたいから署に行って、もう一度最初から話を聞かせて貰っていい?」
「えっ、あっ、はい」
まだ同じ質問に答えるのか・・・・・・もういい加減帰りたいが断れるはずもない。
だがちょっと待て、この中を移動するのか?それってまるで連行される犯人にしか見えないんじゃ?
「この中を移動するんです?」
「何か問題ある?発見した功労者なんだから堂々としていれば問題ないだろ?」
挑戦的な目で煽るように笑みを浮かべる警察官。
言ってる事はもっともだが、明らかに疑っているように見える。
ここで負けてなるものか――晒し者は嫌だ。
「それはそうですが、マスコミとかに写真撮られるのも嫌ですし」
「なんだ困る事でもあるのか?」
「目立ちたくないんですよ、言った通りに浪人中ですので」
「ふーん、じゃあ見えないように移動するからそれでいいよね?」
「それなら・・・・・・」
なんとか勝った――のか?
負けたようです、こっそりと警察車両に乗せられて移動する姿はどう考えても容疑者Xです。
終わった、俺の人生終わった・・・・・・・。
警察署内でパイプ椅子に座らされ、事務机を前に何度説明したかわからない話を壊れたレコーダーのように繰り返し続ける事数時間、署を出たのは翌日になるほんの少し前だった。
パトカーで家まで送ると提案があったが断固固辞した、そんな事されたら更に大変な目に合う事は目に見えている。運ばれてきていた自転車に乗って、たった半日だが懐かしく思える我が家へと向かおう。
ピーンポーンカーン♪
いつものコンビニに来ている。時間の為か客は一人もいないようで、ほんの少し安堵感をえた。
店舗を見たら、腹が減っている事を思い出したのだ。取り調べ中はお茶は出てきたものの、噂に聞く食事は出てこなかった、まぁ出てきたところで食べれる心境でもなかったのだが。
すぐに食べれるサンドイッチ2個とコーヒー缶を籠に入れレジへと向かう。
あれ?いつものあの子がいない。今日は曜日的に出勤なのだが何か用事でもあったのかな?そう考えた時、ここに寄ったのが空腹だけではなくどこか癒しのようなものを求めていた事を自覚した。
金額を言われるのを待っているのだが、中々伝えて来ないので不審に思い視線をあげるとそこには――昼間遅刻していた男が顔を大きく歪め睨んでいた。
「えっ?なに?」
昼に声を掛けた事に未だイラついているのか?
「このストーカーの人殺し野郎が!お前に売るもんなんてねえんだよ」
「えっ?」
「
「何を言っているの?」
ほんと、こいつは何を言っているんだ?
ストーカー?色目を使う?人殺し?――冤罪だが人殺しはきっと昼の事件の事だろうか・・・・・・。
「とっとと帰れクソ野郎!」
「ヒィッ」
腕を大きく振り上げ殴る素振りを見せてきたので、情けないが思わず悲鳴を漏らしてしまった。
だがここで逃げたら殺人犯にされる、それは嫌だ。
「殺してないし、ストーカーとか知らない」
「ふざけるな!帰れよ」
「殺してない」
悔しいが物を売ってくれそうもないので、手ぶらのまま外へ出て、再度中をチラリと確認すると中指をこちらに向けて立てているのが見えた。
冤罪――濡れ衣――ただのお使いのはずが大事件になった。
悲愴感に包まれ、動かなくなった足を無理矢理使い自宅へと急ぐ。
ようやく到着した我が家は、深夜にも関わらずしっかりと明りが灯っていた。
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