第3話 バームクーヘンと対価

「願いがあるのですが・・・・・・」

 

 1人と2匹にお茶を注ぎながら揉み手をしながら、恐る恐るといった加減に口火を切った、だがその態度とは裏腹に目は爛々と輝いている。


「願いか?ふむ、どれ一応聞くだけ聞いてやろう」

「ありがとうございます、実はですね「ちょっと待て」――」

「えっなんでしょうか?」


 片や胡坐で菓子を頬張りながら注がれたお茶を飲み、片やその様子を真正面に座っているにも関わらず覗き見るように伺っている。まるで時代劇でよく見かけられる、悪代官と商人である。


「願いを叶えてやるのはいいが、それには対価が必要となるぞ?事に因ってはその命で賄えるかどうかという話じゃ」

「対価?」

「そう、一方的に願いだけを叶えてやれるほど妾もお人好しではない故な」

「えっ、今その食べているバームクーヘンは俺が買ってきたんだけど・・・・・・」

「何を言うておるんじゃ?これはお前が勝手に供物として持ってきた物じゃろうに」

「えっと・・・・・・それを食べたいといったのは咲耶さまですよね?」

「確かに言った、だがそれはお前が妾に「何が食べたいか?」という質問をしたから答えたまでじゃ」


 そう、剛は願いを叶えさせるために今日はバームクーヘンを買って来ていた。そしてそれは今日に限った話ではなく、初めて会った日から連日来ていた、バイトのない日に限ってはだが。そうして来る度に何かしらの食物を持参していた、有名店の饅頭、ケーキ、煎餅、菓子と品を変えだ。

 すべては願い事を叶えて貰うため。

 一度ならず数度に及んだのは、より確実にする為に他ならない。


「よーくその空っぽの頭を振ってを思い出してみろ、一度たりとて咲耶さまは頼んだことなぞないわ」

「そうそう、「何が好きか」とか「食べてみたいものは?」と聞くからわざわざ答えて頂いたのに、なんたるいい草ですの?」


 2匹の狐まで参戦してきた。3対1、勝てるはずもない。

 思い出してみると、確かに「食べたい」とか「頼み」「願い」と口にした事はなかった。すべて自ら問いかけていた。対して咲耶さまは商品名しか口にしていない。


「まあ、そんな魂胆じゃろうとは気づいておったけどな」


 カカカと小気味よく笑う咲耶さま。

 まさか見透かされていたとは思わず、項垂れるしかない。


「いつから気付いていたんです?」

「「「初めから」」」


 時には隣の市や町まで出かけ、時には女性だらけの列に並んで買ってきたのも、全ては掌の上で踊らされていた結果らしい。

 もう2度と買ってくるまい、そう心に決めた。


「のう、剛よ。もしや、もしやとは思うが買ってきた事を後悔とかしてはおらぬよのう?」


 最後のバームクーヘンの欠片をもっしゃもっちゃと頬張りながら、伺うように聞いてきた。その言葉はまさに今の剛の心情だっただけに、思わず咲耶さまの顔を見ると満面の笑みが浮かんでいた。

 嫌な予感しかしない。


「お主に質問じゃ、日頃供物を捧げる信心深い者の願いと、少しだけ供物をしただけの癖に願い事を叶えろという者のどちらの方を真剣に聞くじゃろうのう?」


 答えは前者だ。

 だがそれは紛れもなく剛自身の今をあてこすっている。


「・・・・・・何がご所望で?」

「そうじゃのう、美味しい羊羹、栗羊羹がいい」

「かしこまりました」


 悔しい、いいように扱われている。


「で、なんじゃ願いとは」


 叶えてくれるのか?と一瞬喜びに染まりそうになったが、ふと先ほどの言葉を思い出した。だ。

 どれほどの願いが命を代償とするのか?予想が付かないだけに怖い。


「ふむ、もうよいのかの?」

「いや!あります」

「なんじゃ?早よ言うてみい」

「咲耶さまがこう仰って下さっているのだぞ、早くその口を開かんか」

「どうせ大した事でもないのでしょ?そんな事も自ら出来ぬと言うのが恥ずかしいのでしょう」

 

 狐の言葉が心に刺さる・・・・・・しかも的を射ているだけに痛い。

 ――とりあえず聞きたいことを聞こう、まずはそれからだ。


「えっと、その・・・・・・対価ってどれくらいのモノなのか」

「はは~ん、トンデモナイ要求をされたらと怖がっているのか」

「さすが小心者ですな」

「チンケな男ですね、きっと童貞ですわ」


 狐・・・・・・特にノゾミという白狐の方――ヒドイ。

 間違ってないだけに心を抉る。


「まあ、供物を持って来てくれておるし、これからも欠かさず用意してくれるそうじゃから耳よりな情報を与えてやろう」


 さりげなく増量要求してきたが、耳寄り情報とは聞き捨て難い。


「対価にはの、繰り越し制度を設けておる」

「繰り越し制度?」

「そうじゃ、つまり妾の頼みを聞いてくれた分だけ願いを叶えるという画期的な制度じゃ」


 確かにそれはいい。

 だが、希望大学合格という願いはどれほど咲耶さまの願いを聞けば叶うのか?その辺をしっかり聞いておかないと、ずっとパシリ状態となるのは目に見えている。


「でな、そうは言ってもどれほど妾の頼みを聞けばいいのか不安であろう?」

「うん」

「そこでじゃ、どんな頼みであろうとも一つと数えてやろう、それが九つ貯まればお主の願いを叶える、これでどうじゃ?」

「九つ貯まったら1つの願いを叶えると?どんなことでも?」

「咲耶さま、それはお戯れが過ぎるのでは?」

「それはこれに有利過ぎませんか?」


 どこまでも俺の心の内は読まれているようだ、だけど九つ貯まればどんな事でも叶えると言った、なら命の心配をする必要もない。

 あの嫌味な狐達が慌てているという事は、かなり有利な条件なのだろう、迷う必要はないだろう。


「わかった、それでいい」

「ふむ、聡いの」

「で、頼みというのは?」

「そう急くでない、先に重要な事を伝えておいてやろうと思うての」

「重要?」

「そう、願いを叶えて欲しい時にはの、心に願いを強く抱き「この世で一番素敵な尾を九つも持つ咲耶さまお願いします」と口にすれば叶うであろう」

「えっ?」


 何を言い出したんだ?

 それを今伝える必要がどこにあるんだ?


「それを言わねば叶わんぞ、ほれ覚えたか?この機会を除いてもう二度と教えてやらんぞ?もし後日になって教えてくれと言ったら、それは願いとして数えるぞ?」

「今覚える必要ある?」

「そりゃそうじゃろう、契約時に教えずしていつ教えるというのじゃ?」


 言われてみれば確かにそうかとも思える。


「ほれ、言うてみい「この世で一番素敵な尾を九つも持つ咲耶さまお願いします」じゃ」

「この――ちょっと待ってこれ言ったら願いとしてカウントしない?」

「「「チッ」」」「まあよい、これで契約成立と相成った」


 全員で見事に舌打ちしやがった。

 そうだ、こいつらは騙すのが得意な狐なのを忘れていた。

 慌てて忘れないようにスマホに言葉をメモしておく。

 ん?

 何か重要な事を見落としているような・・・・・・!!


「今願いを叶えて貰っていたらどうなったの?」

「・・・・・・なんの事じゃ?」


 明らかに目を逸らしやがった。


「教えて!」

「そりゃあ、お主の妾からのが18になっただけじゃろうて」

「借り!?」

「そりゃそうじゃろう、対価もないのに叶える訳じゃからの」

「・・・・・・ちょっと待って、それは9じゃないの?」

「何を言っておる、契約成立後にも関わらずお主の質問に答えてやっておるじゃろう」


 1人と2匹・・・・・・もう3匹でいい、ニヤニヤ笑っていやがる。

 まんまと嵌められたようだ。


「じゃあ今現在は9という事か・・・・・・もし踏み倒したら?」

「ほう、踏み倒すか、それは楽しみよのう」

「「腕がなりますな(ね)」」


 うん、いい未来がまったく予想できない。

 闇金融・・・・・・ヤクザより性質が悪い。


「よし、契約成立、疑問も解決したところでさっそく頼み事をしたやろう」


 ご機嫌な顔で韻を踏むように言われても、まったく楽しくもない。ただ切実に頼みごとが簡単である事を願うのみだ。


「そう身構えるでない、簡単なお使いじゃ。ほれ、お主も食らったであろうイナリのババアを覚えておるか?アレにお重を返しに行って欲しいのじゃ」

「自分で行けばいいじゃないですか、それかキイチかノゾミが」

「「様をつけろ様を」」

「妾たちはこのお山から出れんでの」

「よく来ていたんだから、すぐにでも来るんじゃない?」

「昨日来たのじゃがの、今日も来ると言うておったのに一向に現れんので心配しておるのじゃ」

「何か用で遅れているんじゃ?」

「いつもは昼前後には来るんじゃ、もし元気ならそれでいいんじゃ」


 精一杯の抵抗を試みたのだが、全く通じない。それどころか、おばあさんを心配するという優しさで情に訴えてきた。その優しさを俺にも欲しい。


「わかった、行ってくるから名前と住所を教えてくれ」

「おお、行ってくれるか」


 晴れやかな笑顔で言われたらもうNOとは言えない。

 住所を聞いたら、そう遠くはないようなのでその他の情報と共にお重を受け取った俺はすぐに向かう事にした。

 

 その背で3匹がニヤリとほくそ笑んでいる事に気付かぬままに。

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