第2話 イナリと願い

 俺の住む大牧市は、日本のほぼ中心にあり人口20万人ほどで、畑や田がたくさんあるが穀倉・田園地帯とまではいかない中途半端な街だ。

 その真ん中にはぽつんと小山が存在する。周りは開拓されているのに、そこだけはずっと昔から一切手を付けられる事も無く現在もある。その小山の頂上には小さなお社と鳥居があって、地域の皆から「お狐様」と言われ祀られている。

 そこには神主さんや宮司さん巫女さんのような人はおらず、地域で手入れし守っているゆえにお守りなども販売していない。


 俺の家はそのお社に続く階段の道を挟んだ真ん前に位置し、昔からよく遊びに登ったりお参りに行ったりしたもんだが、歳を経る毎に登る回数も少なくなり・・・・・・俺が今年の冬に大学受験に失敗してからは一度もお詣りは行っていなかった、だって受験前にしっかり願ったのに効力はなかったしな。

 まぁ八つ当たりだとは自分でもわかってはいるんだが。


 そんなわけでただいま浪人1年生、日々親兄弟の叱咤激励の中猛勉強中である。1年は許されたが、もう1年は許されない。

 

 新緑が生い茂る初夏、巷では俺と同年齢の若い男女が薄着で嬌声をあげながら街を闊歩し青春を謳歌しているにも関わらず、俺は運送屋の倉庫の片隅で身の程もある荷物をせっせと汗水垂らして運ぶ。

 猛勉強はどこにいったって?

 それは夜の話だ。「学生でもない奴にタダ飯を食わせる訳にはいかん」との両親の一言により、昼はこうやって週に4日は勤労に励んでいるってわけだ。


 無事進学したやつらや、堅実に就職した友人達から毎日のように、やれ合コンがどうだっただの、彼女が出来ただの、デートが楽しいなどとくだらない連絡があるが、俺には縁の遠い話だ。

 だいたい最近話した女性といったら、運送屋事務のおばちゃん(推定50歳)、小山に沿ってぐるっと右に歩いたところにあるコンビニ店員の女の子(推定20歳)、母親(40歳)、彼氏自慢がうるさい姉(21歳)・・・・・・だけ?――だけだ。


 ダメだ、考えるな、考えてはダメだ。

 あっ、なんか悲しくなってきた。


 去年の今頃考えていた予定では、進学した先で運命的な出会いをし、人生初彼女が出来て毎日手を繋いだり、キスしたり、あんな事したり――


 うん、不合格通知が何通も届いた事により、全ての予定は予定のまま散った。

 それでもバイト先で出会いがあったりさ、あったりさ・・・・・・・


「おい、ぼうっとしてんなよ――って何泣きそうな顔してんだ?荷物足にでも落としたか?」

「・・・・・・大丈夫です」

「おう、大事にしてくれよ、荷物はそうっとな」


 野太い声に現実へと戻された。

 声の主はごつい身体にスキンヘッドに鬼瓦のような顔を持つ、ヤ〇ザ顔負けの風貌であるここの社長だ。

 面接で初めて会った時には正直そのまま帰ろうと思ったほどだが、顔の割には優しくて時折缶コーヒーを差し入れしてくれるので、嫌いじゃない。

 いや、好きかもしれない。

 是非、義父さんと呼びたい。

 そう、この強面親父にはどこで攫って来たのか疑ってしまうような美人の奥さんと、アイドル顔負けの女子高生の娘を持つのだ。

 学校帰りに何度か寄った姿を見た時は脳天に衝撃が走るような感覚を覚えたね。まぁ会話するどころか、遠くからこっそり見るくらいしか毎度出来ていないんだけれども。


「おう、ごうお疲れ!明後日も頼むぞ」


 いけないいけないまた違う世界に行っていたようだ、いつの間にか終業時間だ。

 社長の声に後押しされ、応えるように手を挙げながら俺は外へと出た。

 倉庫故に空調なんてしゃれたものは効いてない為、ほぼサウナのようなもんだ。その為に初夏とはいってもすでに暑い風でも、涼しく気持ちよく感じる程だ。

 

 夕闇が迫りつつある街を1人汗まみれで家路へと歩む。

バイト当初は疲れた体を引きずるようにしていたが、慣れたのか体力が付いたのかはわからないが、朝倉庫へ向かうスピードと同じ時間で帰宅できるようになった。


「こんにちはー」

「はい、こんにちは」


 すれ違う小学生にいつものように挨拶をされ、俺もいつものように返事をする。都会ではこんな光景はないのかも知れないが、この辺りでは田舎故か未だに知らない者同士であっても、すれ違えば気軽に挨拶を交わしたりする。ただ、男子が声を掛けるのは小学生までだ、中学生・高校生と歳をとる毎に気恥ずかしさからか挨拶をしなくなる。俺もそうだった。

 高校を卒業したら、不思議な事に自然に挨拶をしたり返したり出来るようになっていた。メンタルはそれほど変わっていないはずなのにわからないものだ。


「こんにちはー、お疲れ様です」

「はい、こんにちは」


 挨拶の際相手は見ていない、頭の中は「早くシャワーを浴びたい、アイスが食べたい」そんな事でいっぱいだからだ。

 何度か慣れた会話をしていると家にと着く。


「ただいま」

「お帰り」


 声を掛けるとそのまま風呂場へと向かい、シャワーを浴びる。

 そして火照った体を冷やすように、買い置きしてあるアイスを頬張る。


「あんた、もう少しでご飯よ」

「わかってるよ」


 母親の言葉に気のない返事をしながら、自室へと向かいぼーっとする。

 食事に呼ばれるまでの僅かな、勤労で疲れた体を癒す至福の時間だ。


「勉強は進んでいるのか?」「バイトはどうだ?」

 公務員の父親と専業主婦の母親による質問に「まあまあ」と返しながら夕食を採る。姉はいつもこの時間はいない、バイトかサークル、彼氏とのデートらしい。その為に話題はいつも俺の事となる3人の食卓だ。

 だいたい姉ちゃんに彼氏がいる事が疑問だ。姉ちゃん曰く、背が高くて勉強が出来て優しい素敵な自慢の彼らしいのだが、父や俺に似て〈誰かを殺していそうな目〉と揶揄される細く冷たい目のあの顔を愛してくれる奴がいると思えない。性格もわがままで自分勝手だし。もし本当に彼氏がいるのなら、俺にも可愛い彼女がいてもおかしくないはずだ。


「またボーっとして、そんなんで本当に勉強進んでるの?」

「来年はないぞ」

「わかってるよ、ご馳走様」


 本格的な小言に発展する前に食事を終えて席を立つ。

 2階の自室に戻って、ペンを取り参考書を開く。


 ここまでが毎日のルーチーンだ。

 バイトのない日は、その時間が母親の荷物持ちや勉強に変わるだけ。


 いや、俺的にはまだあった。

 深夜徘徊・・・・・・ではなく、明日の為のアイスをコンビニに買いに行く深夜散歩がある。

 昼とは違った様相を見せる世界、虫の音、風の音、耳を澄ませながらゆっくりと歩く時間はこの上ない癒しとなっている。

 アイスなどまとめ買いしろ?

 そんな事したら、まったく出会いがなくな・・・・・・勤労と勉学に励むには気を抜いた癒しの時間が必要なんだよ。


「よし、そろそろ行くか」

 

 誰が聞いている訳でもない、自室で1人ペンを机に放り投げながら椅子から立ち上がる。そう、コンビニへ行く時間だ。

 両親も俺が夜中に散歩している事には気づいているのだが、それでもそうっと物音をなるべく立てないように家を出る。


 外に出ると一気に開放感が訪れる。

 時折スピードを出して通り過ぎてゆく車に気をつけながら、コンビニへと向かう。買う気もない雑誌コーナーをチラ見しながらアイスの並ぶショーケースへと辿り着き、決まったアイスを一つ手に取りレジでと清算を行う。


「今日はいつもより早いですね」


 お気に入りのあの子だ、俺の顔を覚えていてくれたようで嬉しいが「ああ、うん、今日はね」と喜びを押し隠してそっけなく答える。

 早かったのか?そこで初めて時計を見てみると、確かにいつもより30分は違うようだ。だが、大して普段と変わっている訳でもない。更に嬉しさがこみ上げてくるが、我慢我慢。


「もしかしてもしかする?」


 帰り道、1人喜びの声をあげた。

 もしかすると、あの子は俺を気になっているのか?だからたった30分の違いに気が付いたのか?

 ようやく俺にも春が来てしまうのか?


 歓喜と妄想に身を委ね歩いていると、もう目の前には自宅門が見えた。

 早い、いつもより帰りの時間が早く感じる。


 そこでふっと何か気になるものが視界の隅に映った。

 何だろう?

 周りをぐるりと見回してみる・・・・・・小山頂上にあるお社がほんのり赤く光っている。

 火事?

 それにしてはほのかにという明るさで、燃え上がるような赤ではない。

 何か社で催しがあるとも聞いていない。

 気になる・・・・・・だが・・・・・・

 夜中の雰囲気は好きだが、樹々の生い茂る小山の参道を登るのはそこはかとなく怖さを感じる。

 見つめていても、燃え上がっているようではないし、アイス溶けちゃうし・・・・・・明日の昼見に行ってみよう、そう心を決め自宅門を潜り自室へと戻った、後ろを一切気にしないようにして。



 翌日、午前中は母親の買い出しの手伝いをした後、参道階段には剛の姿があった。昨夜後回しにした件を確認しに行く為だ。

 相変わらず登る人は他にいないが、なぜか階段に葉やごみは一切落ちていないのが不思議だと思いつつも歩みを進める。


 ようやく到着し辺りを確認するがやはり昨夜感じたように火事などではなかったようで、どこにも燃えた後はないように見受けられる。

「気のせいかな」独り言を呟きながら、降りようとしたその時、背後に人の気配を感じた。人はいなかったはずっと思いながら振り向いた先には――愛嬌のある大きな目に通った鼻筋で、白と赤の白拍子のようなものを着た女が立っていた、頭に獣の耳を着けて。


「えっ?なに?誰?」


 突然現れた不可思議な女に対して、思わず疑問が口から勝手に吐き出された。


「誰とは失礼じゃな、ここの主であるというのに」

「コスプレです?イベント?」

「こすなんじゃ?」

「市役所の人です?」

「なんじゃそれは、役所ではなく、主であるというておる」

「えっと、管理は市役所だったと思うんだけど」

「じゃから、主じゃ、住まっておるのに他の者がなぜ出てくる」

「住む?」


 どうにも話が噛み合わない。

 住んでいるとは浮浪者という事か?それにしては綺麗な身なりというべきか・・・・・・


「あーら、咲耶さくやさま今日は人型ですか?」

「うむ、若いおのこが着よったでの」

「まあ、まあ、今日はちょっと多めに作ってきてよかったですわ」

「そうか、一緒に食すか」


 いつの間にやら、知らない妙齢の少々小太りのおばあさんが来ていて、不可思議な女と普通に会話を成立させている。


「あの・・・・・・これ、誰ですか?」

「これとはなんじゃ、これとは」

「あら、咲耶さま自己紹介していないので?」

「いや、主じゃいうておるのに役所がなんたらとうるそうての」


 やはりこのおばあさんは知っているようだ。そこで市役所関係者ではないのかと疑問をぶつけると、にわかには信じがたい驚くべき事を告げられた。それはお狐様と祀られている本人だというのだ。


「狐?」

「失礼じゃの、ただの狐じゃないわ、ほれ、尻尾もたくさんあろう」


 そう言いながら後ろを向いた女の尻からは幾本ものふさふさとした毛を持つ尻尾が伸びていた。


「おお、ふっさふさの尻尾だ」

「お?わかるか?この素晴らしさが。なかなかに見どころがあるやもしれんのお主」

「ね、立派な尻尾でしょ」

「神様なんです?」

「うーむ、神様か・・・・・・まあ似たようなもんじゃ」


 似たようなものという言い方が少々気にならないでもないが、社に住んでいて祀られているのであるから神様なのだろう。いやいや、ここのお社に本当に神様がいたなんて驚きだ、ここはぜひ仲良くしておいて来年の受験をなんとかして貰わなければならない。


「おい、このババアが作ってきたイナリを一緒に食さんか?」

「え、ババアって酷いな。いいんですか?」

「いいんですよ、ババアに違いありませんから。今日は多めに作ってあるんで一緒にどうぞ。じゃあまた来ますね、咲耶さま」

「おう、安生しろよババア」


 なんとも口の悪い女だ。

 俺が「ありがとうございます」とおばあさんに頭を下げると、「咲耶さまをよろしくね」と言って山を下りて行った。


「咲耶さまでいいんですか?」

「おう、お主は剛じゃろ?」

「なんで知っているんです?」

「お前の爺さんの五郎太も、親父の悟朗も知っておるわ、こーんなちんまい頃からの」


 それは確かに死んだ祖父の名と、父親の名前に違いなかった。代々〈ご〉が付く名前を長男に付けるのが伝統らしく、俺の名前にも〈ご〉が入っている。

 俺に子供が出来たら同じく〈ご〉を付けろと死んだ祖父は言っていたが・・・・・・これ以上短く出来る事もないし、そもそも結婚できるのか?


「おい、何を呆けておる、上手いぞババアの作ったイナリは、ほれ食べよ」


 いかんいかん、またついつい違う世界に意識が行っていたようだ。

 目の前に差し出されたイナリを手に取り口に放り込む――うん、確かに美味い。ゴマが効いている。


「どうじゃ、美味いじゃろ?」

「うん、美味い」

「そうじゃろうそうじゃろう。ところでのう剛よ、お供えを食う気持ちはどうじゃ?」


 二個目を頂こうと広げられた3段のお重に伸ばしていた手を止めて思わず咲耶さまを見ると、意地の悪い笑顔を浮かべている。


「飯を食らうと喉が渇くの~お茶が飲みたくなるの~」


 チラチラとこちらの様子を伺いながら吐く台詞に思わずため息を吐いてしまった、素直にお茶が飲みたいので持って来てくれと言えばいいのに。


「はあ、わかりましたよ、持ってきますよ」

「おお!そうか悪いの」


 白々しい。

 よくそんな驚いたように言えるものだと思いながらも、立ち上がり家へと歩き出す。その手にはしっかりと新たなイナリを摘まみながら。


「はようの、喉に詰まって死んだら大変ゆえの」


 その言葉を背に階段を早足で下り、買い置きの市販の2Lサイズのお茶と紙コップを手に取ると「帰ってるの?」という居間から聞こえる母親の声を無視して駆け足で社へと戻った。


 そこに居たのは咲耶さまではなく、器用に前足でイナリを掴んでいる狐だった。

 お互い見つめあう事数秒――狐は何事もなかったようにイナリを食べ始めた。


「咲耶さま?」


 そういえば、さっきおばあさんが〈人型〉と言っていた。となれば今はキツネ型に戻っているのか?

 狐は俺をチラリと見ると、まるでやれやれと言わんばかりに社の中へ入って行った。

 1人になった俺が持ってきたお茶を紙コップに注いでいると、社の中から咲耶さまが戻ってきた。


「おお、早かったの」


 何事もないように、さも俺を今見たかのようにいう咲耶さま。


「・・・・・・さっきの狐は?」

「なんじゃ、さっきの狐に会いたいのか?なら呼んでこよう」

 

 さっきの狐は咲耶さまなんでしょ?とみなまで言わずにいたら、狐を呼んでくるという。化けているわけじゃないのか?


 戻ってきたのは狐1匹だけだった。

 やはりこれが咲耶さまの狐型バージョンなんだと確信した。

 だが、ここで少々の悪戯っ気が出た、本人の口から「化けていた」と言わせたくなった。


「咲耶さまは?」


 さあ、どうする?

 

 また社に入って行った。戻って来るのは咲耶さま一人だろう、きっと。

 予想通りに咲耶さまがやや慌てた表情で戻ってきた。


「狐はどこ行ったの?」

「・・・・・・社の中におる」

「へー、会いたいな~並んで欲しいな~」

「・・・・・・」


 困ってる困ってる。

 整った眉を寄せて悩んでいるようだ。

 早く素直に「同一人物でした」と言えば楽になるのに。


「あれー?どうしたの?」


 我ながら棒読みだとは思うが、これはさっきのお茶を取りに行かされた事への意趣返しだ。


「・・・・・・どうしても狐と妾と一緒に見たいのか?」

「うん、どうしてもみたいな」

「願いか?」

「うん、お願い」


 俯いたまま、のそのそと社に入る咲耶さま。

 どうする気だろうか?きっと今頃中で悩んでいるんだろうな。


 戻ってきたのは咲耶さまだけだった、俯いたままの。

 そろそろ勝利宣言かな。


 ん?

 咲耶さまの後ろから狐が1匹出てきた?


「えっ?」

「なんじゃ、妾と狐一緒に見たいんじゃなかったか?」


 そんなバカな、なぜ並んでいれるんだ?

 思わず視線を上にあげると、咲耶さまのいやらしい笑顔が飛び込んできた。


「ぶふぅ~なんじゃ口をアホみたいにあんぐりと開けよって、くっくっくっくっ」

「なんで・・・・・・化けてるんじゃ・・・・・・」

「キイチはこの通り2尾じゃろうに、妾とは違うのが見てわからんかったか?」


 言われてみればその通り、咲耶さまの足元にいる狐は2尾で、その主はもっとありそうだ。


「咲耶さま、この男途中ニヤニヤして愉悦に浸っておりましたの」

「おう、キイチも見たか。あの顔がほれ今はアホのように驚いておるわ」


 えっ?しかもこの狐喋れるの?


「お主は注意力散漫じゃの、ほれ見てみろ、いつもはいるはずの狛狐が1匹居らんじゃろ?」


 咲耶さまの指の先を辿ると、社の前に設置されている2体の狛狐石像の1体が確かにいなかった。


「えっ?ええ!?」

「最初から答えは出ておったのに、妾をバカにしようと身の程を知らぬからこうなるのじゃ」

「大した頭でもない人間如きが調子に乗るからですね」

「そう言ってやるな、バカはバカなりに考えたんじゃろうて」

「それにしても咲耶さまのあの困った演技はさすがでございました」

「そうか?なかなかの女優じゃったか?」

「ええ、ええ、演技とわかっていてもわたしまで騙されそうになりました」


 散々な言われた方だ。

 しかもこいつら口が悪い。


「まあ、お茶も持って来てくれた事だしこの辺にしようかの、ほれノゾミもこちらに来てイナリを食そうぞ」


 ノゾミ?誰だ?

 新たな登場人物に身構えてキョロキョロしていると、残っていた石像の狛狐がふわりと浮かび、俺の横に白狐となって降り立った。


「ほれ、剛もいつまでもアホ面を晒しておらんと食すぞ」


 そう言うと咲耶さまと2匹の狐は慣れた手つきで食べ始めていた。


「いやあ、お茶を持って来て欲しいと妾が願ってしもうたからの、対価としてなんぞ願いを叶えてやらねばならぬかと悩んでおったが、簡単な願いを口にしてくれて助かったぞ」


 願いを叶える?

 先ほどの会話を思い出した、そう、若干の違和感があった事は確かだったのだ。なぜあそこでわざわざ「願いか?」などと聞いてきたのかを。俺はと信じていたから、気軽にを口にしたのだ。「」と。

 失敗した、来年の合格を願えばよかったのに。


「また頼み事をするやも知れんでよろしくの」

「「このようなアホに頼まんでもわたしたちに言ってくだされば」」


 むしゃむしゃとイナリを頬張りながら話す三人を見ながら、絶対に願いを叶えさせてやると俺は心に誓った。

 まずはそれよりもイナリを食わねば!


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