禍の角外伝 メカ・シャークvsアイアン・ジャイアント&ドラゴン

クファンジャル_CF

輪廻、サメとバトルする

「素朴な疑問なのだが」

「なんだ」

「なんで私はお前の背中を守って、こんな絶望的な戦いをするハメになってるのだ?」

「知らねえよ」


―――そこは奈落だった。


 地球の二十九倍の重力を持ち、六千度の灼熱に包まれ、五百万度のコロナに守られた燃え盛る大洋。

 強大な自重によって、自らの構成原子からエネルギーを絞り出すそれは、天然の超巨大核融合炉だ。


 恒星。そう呼ばれる天体であった。


 本来生命の存在など許さぬ極地。

 されど、自らの意志を持って動くものはいた。


 一つは巨人。


 全高三十八メートル。スリムな胴体を持ち、細長い四肢はまるで刃物のような凶悪さ。背面に折り畳まれた角柱状のパーツは伸びればどれほどの長さになろうか。頭部は小ぶりで、黒いフェイスカバーが覆っている。手には二股の槍―――銛にも似たそれは、大出力の粒子砲を内蔵した対艦攻撃用銃剣。

 深紅のボディを彩る銀のイオン膜は、光学兵器防御用のレーザー・ディフレクターに相違ない。

 比較的軽装甲・重武装の襲撃型ユニット。高度な科学技術によって建造された、戦闘用の機械生命体であった。


 一つは竜。


 まず目につくのは巨大な角。頭部から尾までも長大だが、それに匹敵する長さがある。

 そして腰から伸びている二本の脚部は凶悪な形状。肩部から伸びる腕は対して細く、優美にも見えた。

 黄金に彩られた機械仕掛けの竜―――こちらも金属生命体。重装甲・重武装。近接戦闘に特化した、突撃型指揮個体だった。


 巨人の名を"輪廻"。竜を"禍の角"と言った。

 両者は浮遊していた。赤黒く、ギラギラと輝く不気味な星。その表面を。


「そもそもあれお前の同類だろ。なんとか説得しろよ」

 巨人の言葉。竜は、油断なく周囲を見回しながら答えた。

「無茶言うな。あいつ野生化してもう何百年経ってると思ってんだ。私が何者かも分からんよ」

「ちっ。使えねえな」

「てめえもな」


 このふたり―――人ではないが―――が警戒しているもの。それは……


 と。その時。

 幾つもの炎柱が吹き上がった。


―――紅炎


 そう呼ばれる現象であった。凄まじい高エネルギーのプラズマが、弧を描くように伸びあがっていく。それは幻想的な光景と言えただろう。

 しかし今は見惚れていられる場合ではない。

 何故ならば―――


 警戒する2体の超生命体。彼女らを嘲笑うかのように、それは、火柱の中から来た。


「嘘だろ……っ!?」

 吹き上がった炎。その中から飛び出した巨影は、輪廻の左足を食いちぎり、そのまま降下していく。

 即座に損傷部位を封鎖。修復するための余剰質量はない。そもそも自己修復するそばから燃え上がるはずだ。

 竜の左腕が火を噴いた時にはもう、奴の姿はプラズマの水面下に消えている。


 一瞬だけ見えたその姿は、流線形。流体の中を自在に動き回るのに適した形状に見えた。

 鋭いナイフのようなその姿は、頭部を持ち、胴部、尾部、尾鰭と続く。一対の胸鰭を持ち、背びれを立て、口の内部にはギザギザのカッターが備わっている。この環境下で近接戦闘を行う事に特化しているに違いない。

 巨大であった。とてつもなく。百メートル以上はあるに違いない。


「何食ったらあんなに凶悪になるんだ?」

「さあな。そもそも喰えるものなんてここにあるのか?」

「まさかプラズマ喰ってんじゃねえだろうな」

「むしろ迷い込んだ哀れな機械生命体を喰って生きながらえてそうだがな」

「やめろ縁起が悪い」

「ふむ。

 真面目な話外で喰ってんじゃないか。

 熱をいつまでも貯め続けるわけにはいかんから、そのうち星の外まで浮上してくるとは思うんだが」

「その前に我々の耐熱限界が訪れる可能性の方が高いだろう」

「言えてる」


 警報が鳴りやまない。防御磁場はプラズマの阻止に成功。レーザー・ディフレクターも輻射熱の影響を最小限に抑えてはいるが、これらの防御兵装は本来、エネルギー兵器を防御するためのもの。恒星表面で展開し続けるなど想定外もいいところだ。

 物質波構造は機能しているもののこの環境下ではまったくの無意味だし、物質透過機能は停止せざるを得ない。コアを焼く気なら別だが。そして、透過なしでは無慣性機動などできようはずもない。

 転換装甲は過熱する一方。天体破壊級の攻撃すら阻止するこの超装甲材は、しかし受けたエネルギーを徐々に放出していく事で機能している。この高温では放出することなどできない。負荷が蓄積していくだけだ。


 一方で、今もこの天体の表面―――プラズマの大洋を泳ぎながらこちらを伺う怪物。


 揺らぎの中、ちらりと見えるその背びれが確かな存在の証拠だ。信じがたい事ではあるが、奴は恒星を自在に泳いでいる!!

 これは闘争だった。喰うか喰われるかの。


「で―――肝心の要救護者どこだよ」

「今探している。ちょっと待て」


 輪廻は背面の放熱板兼高性能センサーを展開。これをやると表面積が広がるため、あっという間に加熱してしまうのだが。この状況下では。

 放熱板を広げて加熱するとは笑えない。


 翼にも似たそれは、周囲をサーチ。

 そして。


「ニュートリノセンサーに感あり。お前のセンサーもちょっとよこせ」

「ほらよ」

 データリンクで両者はセンサー情報を共有。データを突き合わせてその精度を高めた輪廻は、遥か下方、プラズマの海の底に沈みつつある構造体を捉えた。

 小さな球体。宇宙船―――恒星内部を探査するための調査船だった。


「……これもう無理じゃね?」

「オレもそう思うが生死確認するまでは生存前提で動かないといかん」

「めんどくせえなおい」

「炭素生命のために死ぬのがオレの仕事だよ」

「なんでこんなめんどくさい奴の部下やってんだ私は」

「戦争でうちが勝ったからだろ」


 2マイクロ秒にも満たない時間で言葉を交わすと、両者は動き出した。

 輪廻は相棒に触れると、その熱を可能な限り受け取る。

 禍の角の体内温度が、ほんの少しだけ下がった。

 ほんの少しだけ余裕のできた機械仕掛けの竜は、その頭部―――対艦攻撃衝角を下方に向けると、防御磁場を最大出力に。


 彼女はスラスターを切ると、重力に身を任せて降下を始めた。いや、それどころか、その光子ロケットを噴射。最大出力で恒星に向けて突っ込んでいく。

 背びれが突如向きを変えた。その先は禍の角の針路と交差するだろう。

 そこへ、銛が飛翔。輪廻が手にした銃剣を投じたのだ。

 物質透過と無慣性機動を併用した銛の速度は、瞬間的だが亜光速に達した。

 奴の背中に突き刺さるかに見えたそれは、しかしその直前で耐久限界を迎えた。

 溶融。プラズマと化し、失速。奴の背中を溶かすだけで終わる。

 だが、試みは、わずかに敵の動きを遅れさせるのには成功していた。

 妨害される事なくプラズマの海へと飛び込んだ禍の角は直進。もはやセンサーは効かない。先に得たデータ通りに動けている事を祈るだけだ。

 と。

 見えた。球形の宇宙船。彼女らが救わねばならない船だった。

 脚でそれを鷲掴みにすると、彼女は浮上を開始した。


 一方で、奴は、プラズマの海に潜った竜へ向かおうとしていた。

 上空よりは明らかに、大洋の内部―――己のホームグラウンドにいる敵の方が与しやすい。そう判断したのだろう。

 それは客観的には上手いやり方だった。だが―――

 尾を鷲掴みにした何者かによって、彼は引きずりあげられた。


 禍の角が恒星表面から飛び出した時、彼女の相棒たる巨人は、プラズマの海面すれすれを飛行していた。

 その背から長大なアームを伸ばして。

 視線が交わされたのは一瞬。

 球を抱えた巨竜は、スラスター出力を上昇。星よりの脱出速度を得るべく、加速を開始した。


―――なんてぇ力だ!

 あばれまわる"奴"に引きずり込まれないよう力を振り絞りながら、輪廻は毒づいた。

 重量はあちらの方が上なのは分かっていたが、これだけ環境適応に機能を割り振っているにもかかわらず、信じられないほど奴のパワーは高い。

 伸長したクローアームが悲鳴を上げ、いつ引きちぎられても不思議ではない状況。

 だが離すわけにはいかない。調査船は驚異的な耐久力を持つが、その乗員は脆い。不要なショックを与えるわけにはいかないから、禍の角が脱出するにはまだ時間がかかる。彼女らが恒星の重力圏から逃れる―――いや、この怪物を片づけるまで輪廻は逃げるわけにはいかなかった。

 彼女は守護者だった。

 この星に調査隊が派遣された経緯を巨人は知らなかったが、彼らの発した救難信号を彼女は確かに受け取った。それを救う能力も持っていた。そして義務も。

 だから今、輪廻はここで死闘を繰り広げている。

 プラズマの海面上。そこへと引きずりあげた敵を、両腕でさらに固定すると、彼女は頭部でもあるレーザー副砲塔を振りかぶった。

 質量制御を最大化しつつ、相手へと叩きつける。

 自らに対して物質透過を働かせた頭部は、重力に従って自らの内側へと織り込まれていき―――

 激突する瞬間、その大きさは限りなく無となっていた。


 重力崩壊。


 無限小の空間に押し込められた質量はその形態を保てなくなり内破。マイクロブラックホールと化したそれは、事前に与えられた勢いそのままに相手の内部へと飛び込み―――

 蒸発した。


 極微時間の中では粒子・反粒子の対生成・対消滅が絶えず起こっている。そのうちの反粒子がマイクロブラックホールに飲み込まれれば、それはまるでマイクロブラックホールから粒子が吐き出されるように見えるだろう。反粒子によって質量が低下するのと相まって、それは質量そのものがエネルギーへと転換されているのに等しい。結果として起きるのは―――爆発だ。

 奴の胴体は破断。真っ二つに千切れ、海面へと落下。沈んでいく。


「―――終わった……」


 流石にこれで死なない機械生命体は存在しない。

 危険域に達した排熱を背部クローアームに流し込むと、パージ。蒸散していくそれを置いて、彼女は脱出を開始した。


「―――生きてるか?」

 真空の宇宙空間。そこは恒星の外である。いまだに輻射熱は凄まじいものがあったが、それとて彼女ら戦闘用機械生命体にとっては致命的ではなかった。

 禍の角は、調査船内部へと通信を送った。その厳重な防御故に、彼女のセンサーでも内部は見通せない。

 ややあって、反応が返ってきた。

 回線が死んでいるのか恐ろしくノイズの多い返信。しかし生存者がいるのは確実であった。

「―――となれば、後はあいつか」

 上司は無事にやっているだろうか。

 と。

 センサーに感あり。ノイズにまみれているが、重力を振り切って上昇してくるのは―――

「生きてたか」

「お互いにな」

 輪廻の姿は酷いものだった。頭部は失われ、片足が無くなり、背面の放熱器と折り畳まれたクローアームは失われ、そして武装の銃剣はない。

 もっとも、十分に排熱を捨てた後で質量を補填すれば簡単に自己修復できる。それが彼女ら機械生命体の特徴だ。

「とりあえず助けを呼んでくれ。私はもう余力がない」

「了解した」

 禍の角は超光速機関たる詭弁ドライヴを起動。空間が歪み―――


 その背後から、二頭の異形が出現した。


「なにぃ!?」

 通信のための空間の歪みに気を取られ、反応が一瞬遅れた。

 増えている。姿はそっくりだ。別個体?いや、分断された奴の前後。それぞれと同じ大きさである。まさか別々に自己修復したのか!?

 大きさが半分になってなお、やつらの図体は輪廻や禍の角を越えていた。

 増殖した怪物たちは、1頭だった頃と同じ姿―――流線形の、刃物を思わせるその姿で竜に襲い掛かる。

 まず、頭部が食いちぎられた。

 次いで尾。後脚。肩が喰われ、腕を喪失。腰のコアが破壊されなかったのは、禍の角が必死でそれを回避したからである。

 対する輪廻にはもう武装がない。構築しようにも時間が足りない。相棒を救う手段がなかった。

 竜が破壊されれば次は己だろう。いや、調査船が先か。順番などもはや関係なかった。早いか遅いかだけの違いだ。

 死の予感。いや、眼前にあるのは死そのものだった。

 その時だった。

 コロナが、眼下の星から吹き上がる。

 場違いなほど美しい。


―――ああ、見納めか。


 死力は尽くした。そう思う。これ以上は無理だ。悔しいが、ここまでだろう。

 彼女がそれでも、武装を構築しようと腕を振りかぶった時だった。

 コロナを構成する電離したガス。希薄なはずのそれが、異様に高密度であることに彼女は気づいた。

 いや、高密度どころじゃない、ほとんど固体レベルにまで上がったそれは―――


 ぱくり


 音はしない。だが、まさしくそんな擬音を思わせる動きで、その存在は、奴の片割れを丸呑みした。

 光り輝く巨体。刃物を思わせる異様なその生き物は、何千メートルもの巨大さがあった。

 逃れようとする、奴のもう一方。

 そこに、生き物は襲い掛かった。

 信じがたい光景がそこにはあった。

 無慣性機動―――質量を限りなく0に近づけ、亜光速で逃れる怪物へと、生き物は追随。

 加熱して破綻、失速する奴に向けて、巨大な口が開いた。


 ぱくり


 一瞬の出来事。

 あまりの事に唖然とする機械生命体たちへ、生き物はその目を向けた。

 鋭いナイフのようなその姿は、頭部を持ち、胴部、尾部、尾鰭と続く。一対の胸鰭を持ち、背びれを立て、口の内部にはギザギザの歯が生えている。

 光で構成されている事をのぞけば、その存在は先の怪物に酷似していた。


「―――」

 身動きひとつでもすれば喰われる。そんな確信があった。

 やがて、生き物は身震いすると、その体を霧散。砕け散ったそれは、恒星へと降りて行く。

 帰っていくのだ。あのプラズマの大洋へと。

 あまりに美しいその光景を、ふたりはいつまでも見つめていた。


  ◇


「―――要約するわね。光る怪獣がおいしいとこ全部かっさらっていったってこと?」

「あー……そういう事になるな」

「別に責めてるわけじゃないわ。でも、あまり心配かけないでね。恒星にダイビングに行ったら怪獣と遭遇だなんて」

「面目次第もございません……」

 そこは真空の宇宙空間。恒星の近くのような、無駄に暑い場所ではない。

 星系間の、無にも等しい領域であった。

 そこに浮遊するちいさなちいさな―――とはいっても直径200kmはあるのだが―――骸骨を思わせる球体の内側。骨格の表面のとあるスペースで、輪廻は縮こまっていた。ちなみに禍の角は近くで寝ている。

 眼前に正座しているのは、3対の腕を持ち、背面に光背を備えた機械生命体。

 顔面を覆う仮面に見えるのはレーダーアンテナ。白い外皮に覆われたボディは柔らかな曲線を描き、艶めかしい。

 その巨体は、輪廻に匹敵するほどある。

 "未来"。輪廻と同時に生まれた姉であり、銀河系でも最も古い機械生命体の1体だった。

 彼女ら機械生命体は、銀河系における全知的存在の守護者を自認している。

 その首領たる"未来"は、すなわち銀河系の守護神とも言えた。

 あの戦いのあと。救助されたふたりは、修復が済むとすぐさまここに呼び出されたのだった。

「誰かに話した?」

「話す前に連れてこられた気がするが」

「そう。よかった」

 呟くと、白き機械生命は天を見上げた。

 無数の星々。銀河中心にもほど近いこの領域は、星の密度が非常に高く、ひしめき合っている。その光景は美しい。

「件の調査船は、その生物を見てはいない。センサーが全滅だったそうよ。犠牲者がいなかったのは不幸中の幸い」

「そいつはよかった」

「だから、このことについて知っているのは私たちだけ。

―――輪廻」

「おう」

「あなたに、その謎の生物についての調査を命じます」

「ゲッ。またあの暑苦しいとこに行けと?」

「恒星降下型ユニットの一隊を連れて行きなさい。他にも必要なら幾らでも連れて行っていいわ。人選は任せます。

 未知の超生命体。その情報が産む利益は計り知れない」

 富が、彼女らには必要だった。富がなければ銀河系を守る事はできない。富があれば苦しむ者を減らす事ができる。

「へいへい。分かったよ……しゃあねえな。

 よっと」

 輪廻は立ち上がると、傍らに立てかけてあった巨剣を掴んだ。

 失った銃剣の代わりだ。

「じゃ、ちょっくらいってくる。

―――そうそう。呼び名どうする?」

「―――"鮫"。そう呼びましょう」

「鮫?」

「お父さんの故郷の星に、ちょうどこれと似た生命体が住んでいたそうよ。その名前が鮫」

「ふぅん。

じゃ、鮫狩りとしゃれこみますかね」

「気を付けてね」

「そうするよ。―――おい、いつまで寝てんだ」

 禍の角を引きずりながら、輪廻はその場を後にした。


―――鮫。伝説の超生命体。陸棲生物と言葉を交わすほど頭がよく、竜巻に乗って空を飛翔し、重武装の戦闘用艦艇を生身で破壊し、死して後も活動する怪物。


 ひょっとしたら、その1体が宇宙に進出したのかもしれない。

 生命形態を変容させ、恒星表面で生きるエネルギー生命へ進化したのかもしれない。

 その姿を、野生化した機械生命体が模倣したとも考えられる。


 未来はそんなことを思う。

 もちろん妄想だ。しかしないとは言えないだろう。なにせ、相手は鮫なのだから。

 もう一度、天を見上げる。

 そんな疑問に関係なく、天の星々は輝いていた―――




おしまい

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