第3話

 さて、俺たちは今重大な危機に瀕している。

 とある事情で逃げ惑うことを余儀なくされた俺たちは、決死の思いで背の高い木によじ登っていた。

 その木の上で、休憩と作戦会議。


「なあ、萌愛。なんかいい魔法ないかな?」

「ヒーラーにこの状況をどうにかするような魔法期待しないでよ……おにいちゃん」

「だよなぁ……もっかい俺のスキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃を眼下の恐竜にやってみるか?」

「……万が一、そのランダムの結果で下の巨大爬虫類さんが飛べるようにでもなったら、死ぬよ?」


 例えばプテラノドンのように……か?

 はたまた、一足飛びに大きすぎる始祖鳥なんて線もあるか。

 確かに、今は奴が飛べないお陰で木の上で避難できているが……

 しかしながら俺たちを見失ったわけではなく。

 現時点でもしっかりと捕捉され続けている。

 それはまるで、鳥のヒナが、親鳥から餌をもらう時のように。

 口をパックリと開けて下で待ち構えているのだ。


「やばい。初めてのクエストで早くも詰んだ」

「詰んだ……じゃないよぉっおにいちゃん! なんとかしようよぉっ」

「んじゃあ、やっぱり俺のスキルかましますか? 飛び降りながら斬りかかれば一回くらい試せるけど」

「……ううぅん……」


 考え込む萌愛。

 

「そうだ! おにいちゃんが恐竜の胃袋を、内側から斬るっていうのはどうかな!?」


 ほう、一寸法師作戦か。

 相手は5メートルの巨体だし、うまく呑み込まれればいけるかもしれんな。

 だが……


「もし、口の中に入った時点でかみ砕かれたらどうする?」


 奴の口の周りに、ギラギラと並ぶノコギリのような牙たちを指さして。


「俺はあれに引っかからずに喉をすり抜ける自信はない」

「……だよねぇ」


 せめて俺の武器が弓とかだったら、矢にスキルを乗せて良い乱数引くまで試せるんだが……

 ん?


「そうかっ。剣じゃなくてもいいのか」


 そういった俺に萌愛が「あ!」と同じことを思ったらしく。


「よし、萌愛。その辺の枝何本か折って俺にくれっ」

「あいあいさーおにいちゃんっ」


 手の届く範囲から折りやすそうな枝を4~5本集めて、それを萌愛が抱える。

 俺は不安定な木の上から落ちないように、ガッチリと足と片腕で身体を支えられる幹にしがみ付く。

 本当、逃げた先が木の上で良かった。


「んじゃあ萌愛、その枝俺に1本づつくれ」

「はいよ、おにいちゃん」


 1本の枝を握りしめて、俺はスキルを放った。


「いくぞ爬虫類っ! スキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!!」


 渾身の力を込めて、俺はスキルを乗せた枝を、恐竜に投げつけた。


 ポシュン。


 当たった枝が、恐竜の肌(ウロコ?)の表面で爆竹のように弾けた。

 今回は爆発系の乱数だったらしい。

 だが、威力は低い。

 爆竹程度の火力では怯ませることもできないだろう。

 もしかしたらランダム効果とはいえ、発声する効果の威力は武器かなにかの威力依存なのかもしれないな。

 だが――


「まだまだいくぞっスキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!スキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!スキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!!」

「はいよっはいよっはいよっ」


 わんこそばのように。

 俺が一本投げれば萌愛が1本渡してくれる。

 それをまた投げつける。

 

――これだけの数を当てていれば、威力に関係なく有利になる効果がきっとあるはずっ!

 具体的にはなに?

 と、問われれば。

 わかりませんけども。

 まぁ、下手な鉄砲数うちゃ当たるってね。

 生きるか死ぬかなんだ、運でもなんでも使えるものは、遠慮なく使います!


「ぜぇ……はぁ……、ぬぅっぐっスキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!」


 だんだん腕が疲れてきた。

 そりゃそうだ。

 散々走り逃げて、そのうえキノヴォリまでしたんだ。

 いつもより疲れて当たり前である。

 しかも……だ。

 今のところ、まだ状況を打開できるような効果は顕れていない。


 氷結も薄皮一枚凍らせただけですぐ溶けるし。

 炎もライター程度。

 雷もマヒさせるには及ばず。

 その他にも色々効果は起こったが、キラキラとエフェクトだけを残して、大した効果もなく消え去っていく。


 せめて、せめて笑い転がす様な効果とか……いや、一瞬恐竜がくしゃみしてたが、あれがその類いの効果だったのかもしれん。


 だとすると、これも無意味なのか?

 ただの骨折り損なのか?

 このまま、この木をハゲさせるまで枝を投げつけても無駄なのか?


 いや! まだだ!

 まだあきらめん!


「萌愛っ枝を寄越せぇーっ!」

「はいよ……ぉっよぉょよよよ!?」


 やばい。

 枝集め&枝渡しに夢中になっていた萌愛が足を滑らせて落ちそうだ。

 なんとか、太い枝に捕まって落下はしていないが……


「お、おにいちゃんっ! 私、落ちちゃうっ助けて!」


 グラグラと、萌愛の捕まった枝が揺れる。

 萌愛の足の先には寸前のところで恐竜の鼻先だ。

 ……あの位置はスカートの中がモロ見えなんじゃあないだろうか。


 落っこちそうな萌愛からの供給が無くなったせいで、もう枝の在庫がない。

 こうなったら……俺の剣を投げつけるしかないか。


「妹から離れろっ! オオトカゲ! スキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃by俺の愛剣!!」


 疲れた腕を振り下ろし投げた剣は。

 くるくると回転しながら。


 ゴチンっ。


 恐竜に当たった。

 その瞬間。

 空から雷撃が降り注ぎ、剣を避雷針にして剣先から、恐竜に向かって雷が落ちる。


『クギャアアアッッ』


 一瞬の閃光のあと『ドスン』と音を立てて。

 恐竜のデカい身体が地面に倒れ伏した。


「やったか!?」


 木に掴まるのも限界に近くなった俺たちは、恐る恐る地面に降りる。

 今のところピクリとも動かないが……


「う、動かないよね? どうする? 今のうちに逃げる? おにちゃん?」

「いや、もし動き出したら同じことの繰り返しだし……とどめを刺すか」


 どんなにファンタジーな世界でも。

 これは俺たちの現実だ。

 殺さなければ殺される。

 そう、コンティニューのないハードモードなのだ。


 俺は地面に落ちた剣を拾おうと、剣の柄を握った。


「あっつ!」


 雷撃の影響だろうか。

 剣が熱を帯びている。

 持てないほどの熱さではなかったが、咄嗟のことで握り切れず落としてしまった。


 ガラン。


 地面の小石にぶつかり音が鳴る。


 ピク。


「げ」


 恐竜の目が焦点を戻して。

 巨体を再び起こしながら。

 目線の先にいる萌愛に噛みつこうと動き出した。


「逃げろ! 萌愛!!」

「え、うそ。わ……わわ、こ、こっち来ないでぇえええ!」


 言いながら。

 萌愛は必死でモーニングスターを取り出し。


 ゴーーーーン!


 恐竜に。

 起きかけの恐竜の頭に。

 頭蓋骨が叩き割れそうなほど痛烈に。

 その鉄球を振り下ろした。


『ギャギャァアア?!』


「よくやった萌愛!」


 そのあまりの衝撃に、よろめく巨体。


 やるなら今しかない!

 まだ熱いままの剣を握りしめて。

 心にスキルを思い浮かべて。

 良い乱数を引きますように、と。

 祈りながら。


「うぉおおおおっ! スキル『ヤ炎眛4&y黒ラリア゙ォ』勇者の一撃!!」


 一撃と言いつつ、もう何度目かになるスキル攻撃。


 恐竜の急所……かどうかはわからないが、首元目がけて斬りかかる。


 プツリ。


 と、僅かに首元へ刃が通ったその時。


 ボンッ。


 と。

 爆音と強烈な爆風と爆熱が。

 傷口から恐竜を襲った。


『グャ……』


「ひぃっ」


 萌愛が引きつった声をあげる。

 それも無理はない。

 爆裂を浴びた恐竜は、傷を与えたその先から半分……

 首を普通なら曲がらない方向に曲げて千切れているのだから。


 まるで噴水の様に、半分千切れた首から血を流しつつ倒れていく恐竜。


「こりゃあ……えぐいな」


 …………。

 さっきまでの小さなトカゲなら気にも止めなかったが、これだけ大きな奴が相手だと、殺してしまった事が少々怖くなる。

 それが、自分の命を天秤にかけた末の事であったとしても。


 その命の行く末を、まざまざと見せつけられて。

 いや、今まさに見せられながら……

 恐竜が痙攣をやめて、血が流れなくなり、熱を失って……

 ピクリとも動かなくなるまで。

 俺たちはその光景を見せられた。


 それから小一時間後。


「んじゃあ、今日は疲れたし、帰りますか」

「うん。そうだね。あ、でもこの恐竜、どうしよっか」

「……そうだなぁ。これを持って帰るにはちょっとデカすぎるし……かといって、殺したまんま放置ってのも、なんか命を無駄にしてる気がするよなぁ」


 さて、どうしたものかな。

 日本でも、大きな獲物取った猟師さんて、例えば熊狩りしたときってどうするんだろ。

 なんか、目印みたいなの付けて回収でもしてもらうんだろうか。

 それとも、腕かなんか適当に切り取ってあとで少しづつ持って帰るのかな?

 にしても、この巨体をバラすのは骨が折れそうだ。

 いっそのこと、戦国武将みたいに首だけ持って帰るか?

 それならもう半分千切れてるし、この剣でも切り取って持ち帰れそうだ。

 それでも相当重たいだろうけど……

 そこらへんの縄になりそうな柔らかい蔓でも引っこ抜いて引っ張って帰るか。

 うん。

 そうしよう。

 ついでに倒した何匹かのキレキレトカゲも一緒に繋いで帰ろう。

 数は足りてないけど、これでもいくらかはもらえるだろうさ。


 ★★★


 というわけで、あれからさらに3時間かけて、重たい荷物を引っ張り。

 村に着くころにはもう空が暗くなり始めたという。


 心身ともにクタクタになった俺たちが村に着く。

 そんな俺たちを待っていたのは驚きと称賛の声だった。


 一番初めは門番のおっさんだった。


「お、おまえら……そのデカい頭の獲物……こ、こりゃあえらいこっちゃ! ちょっと待ってろ!」


 と、猛スピードでギルドへと走って行ったかと思うと。


「お、おい! あれみろよ! すっげぇもん狩ってきた奴がいるぞ!」


 門番の様子に何事かと見に来た村人&村の冒険者たち。


「待ってろって言われても……なぁ萌愛、気のせいか俺たちすごい注目されてねぇか?」

「気のせいじゃあ、ないと思うなぁ私……」

「なんでだろな?」

「まぁ、その……間違いなくこの首だよね」

「だよなぁ……やっぱおいてくるべきだったか……」


 と、まぁ持ってきてしまったものは仕方ない。


 そして、そうこうしているうちに。


「こっちだ! 早く!」


 門番のおっさんが年甲斐もなく息を切らせて帰ってきた。

 後ろから小奇麗な格好をしたおっさんが、これもまた同じく年甲斐もなく息を切らせて走ってくる。


「ひぃ……はぁ……はぁ……こ、こんばんわ冒険者さん」

「こんばんわ……ええっと?」


 小奇麗なおっさんがやってくるなり、俺に一礼して挨拶してくる。

 だが、俺はこんなおっさん知らない。


「失礼ですが、おっさ……、いやおじさんは誰ですか?」

「おじさ……いや、まぁいいでしょう。聞けば先日冒険者登録したばかりのルーキーだという事ですし、改めてご挨拶しましょう。私の名はミチャルン・ハレントス・バカンタレという、この拠点のギルド長をしておるものです。冒険者たちからは、ミッチーギルド長と親しみを込めて呼ばれております」


 なんと、このおっさん、ここのギルドの一番偉いやつだったのか。

 だからこんな小汚い村なのに、嫌みっぽく小奇麗な格好してやがるんだな。

 その、小奇麗な権力者なおっさんが。

 俺の引っ張ってきた恐竜の頭を見るなり。


「おおぉ。それがの頭ですな!? いやはや、こんな辺境のギルドでまさか、ドラゴンキラーが現れるだなんて、なんという素晴らしいことだ!」


 ドラゴンキラー!?

 いやいやいやいや。

 これはドラゴンじゃなくて恐竜だっつの。


「これはドラゴンなんてもんじゃないですよ。もっとなんていうかトカゲのデカいみたいなやつですから」

「いやいや、ご謙遜なさらず。こんな大型のトカゲなど見たことはありません! きっとトカゲに近い生態の小型のドラゴンだったのでしょう。いやはや素晴らしい」


 あー……でも、そうか。

 この世界ではもしかしたら恐竜もドラゴンも大して違わないのかもしれないな。

 なるほど、つまりあれか。

 ドラゴンを倒した実績があるともらえる称号みたいなもんなんだなドラゴンキラーっていうのは。

 有名な空手家がトラを殺したらトラ殺しって異名が付くみたいなもんか。


「して、そのドラゴンの身体はどちらに置かれていらっしゃるのです?? この様な大事件はここのギルドが始まって以来の事ですから、少々手際には欠けるでしょうが、きっちりと胴体の方も回収に伺いますよ!」

「ん、ああそれなら……」


 と。

 俺はキレキレトカゲの群生地から逃げ回った経路を思い出してその残った胴体の位置を伝える。


「なるほど、大体場所はわかりましたぞ。では今から回収に向かわせましょう。明日の朝には村に着くことでしょう。あとは、お疲れのところ申し訳ありませんが、こちらの書類にサインを。大型の魔物の回収の依頼書です。あと、冒険者証も一度預かります」

「はいはい。サインね……あとこれが冒険者証」

「はい確かに。ええっと……お名前は……・c・」


 あ……忘れてた。

 俺の名前バグってるんだった。


 この小奇麗なおっさんも、ばっちりと顔が『・c・』になってフリーズしてやがる。

 仕方ない。ちょっと説明するか。


「あー……その。なんていうかさ、俺の名前本当は『澄原幸典』っていうんだけど、なんか登録時にバグっちゃったみたいでさ」

「なんと!? 登録に不備があったのですか? これは申し訳ありませんでした。しかし登録には精霊の力を借りて一切の間違いなく行われるはずですが……」


 ジロり。

 先ほどまでの媚び諂うような顔つきから、一気に不審者を見る目に変わる。

 ……仕方ない。

 本当は出したくなかったが、アレの権威を借りるか……


「その、ですねぇ。俺は実は女神に勇者としての力を与えられてまして……それがバグの原因なんではないかと、そう女神に言われてます」

「女神さまですと!? しかも勇者の! なるほどなるほどっ! そういう事なら、あり得るかもしれませんね! いいでしょう。今からこの『笶C修・ミス・xシユf・c・』おかしな名前の単語は、澄原幸典と、そう呼ぶように通達いたしましょう!」


 おいまて!

 それじゃあ『笶C修・ミス・xシユf・c・』=澄原幸典になってしまうじゃないか!

 そんな恥は曝せない!


「そ、それだけはやめてくれぇえええええ!」


 と、なんとか俺のバグ名を通達という曝しあげから解放した。


 ★★★


 次の日。


 数人の駆け出し冒険者たちが、俺の倒した恐竜の胴体を運んでくれたようだ。

 日を跨いだというのに、その胴体は腐らずに。

 未だに力強さを保っている。


 ギルドの研究員のような出で立ちの人が、その死骸を観察している。

 ちょっと話しかけてみよう。


「これは……やはり、小型の陸上型ドラゴンのようですな。羽は生えておりませんので、ドラゴンの源流ではなく、亜種の親戚の亜流といったところでしょう」


 それって限りなく他人じゃないのか?


「いえいえ、これでも立派なドラゴンでございますよ! むしろ、新種かもしれませんね。これは」


 新種だったら何か良いことでもあるのだろうか?


「そうですね、もし新種だった場合、最初に討伐した人がその魔物に名前を付けられるんですよ。あと、図鑑登録もされますから報奨金が120金貨程度もらえます」

「すごい大金だよおにいちゃん!」

「お前、いつから居たんだよ……萌愛……」


 ちゃっかりと、いつのまにか隣で金の話に交じってくる萌愛。

 そして、すっかりその気になり……


「あのあの、研究員さん。家って金貨何枚くらいあれば建てられますか??」

「え? 家、ですか? そうですね……この辺に小さい家程度なら50枚もあれば建てられるんじゃないですかね」

「うわぁーすっごいよおにいちゃん! 夢のマイホームだよ!」

「ここに家建ててどうすんだよっ魔王倒しにいくんだろうが」


 そう。

 忘れてはならない目的。

 強くなるため。

 世界を救うため。

 そして。

 俺のバグを治すため。


 こんなとこで立ち止まってはいられないのだ。



★★★


次回予告


萌愛ですっ


恐竜の首が千切れてすごく怖かったです

血もブヂャーって出てて

制服に掛かった血が取れなくて本当に困りました


その制服どうしたのかって?

もちろんクリーニングに出しましたよ

こんな村でも、冒険で血だらけになることはよくあるみたいで、ちゃんと真っ白に洗ってくれるお店があるんです


え?

一枚しかないパンツですか?

ふふ……

そんな事聞く人には異世界転生製造機をお見舞いしますよ?


てことで、次回はですね

王都に向けて旅立ちます

私たちの倒した魔物がやっぱり新種だったそうなので

金貨をもらうには王都のギルドで受け取る必要があるんだって

……まぁ、バグでうまれた魔物が既存の生態系に存在する生き物なわけないですよね


あとあと、物語なので、やっぱり素直に王都に着くわけではないようです

なにが起こるやら

次回をお楽しみにっ

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