肉の権利

 僕は大きい肉を二つ食べ、小さい肉を一つ食べた。

 多分、つがいとその子供の肉だと思う。新鮮で美味しい肉を咀嚼しながら、妻と、二人の子供が肉に殺されたことを思い出していた。


 僕は直接見てはいない。

 だからこれは、一部始終を遠くから眺めていた友達から聞いた話だ。

 家族のために山で鹿を追いかけ回していた間に、妻はあの毛無しの彼らの住む場所へ食べ物を手に入れようと出て行って、そこで殺された。

 そこでは柔らかく美味しい肉、えぐみのない野菜。土も葉っぱも入らない完璧な食事が手に入るということは、僕たちの間では有名だったし、友人たちが拾ってきた、その完璧な食べ物を何度か分けてもらったことがある。だから、お腹をすかせた妻たちがご飯を求めて降りて行ったのもしょうがないことだろう。

 ただご飯を求めて移動しただけだ。彼らを殺そうとか食べようとかなんて微塵も考えてない。なのに彼らは僕らの存在を認めなかった。

 妻たちは、あのバンという音を鳴らす細長い棒を向けられて攻撃されて死んだ。

 僕らは丈夫だから、そう簡単には死なない。なんども血を流したに違いない。なんどもなんども。同じように、子供達も殺されたそうだ。どうにか一人は森に逃げ込んだのだが、彼らはそれを後ろから殺した。

 助けられなかったと僕の大切な家族が殺される一部始終を話してくれた友達が言う。ごめん、だがどうしようもなかったと、辛そうに言った。

 悲しくてやりきれなくて僕も一声叫んだ。だがそれで終わりだ。

 どうしようもない。僕がいても毛むくじゃらの死体が一つ増えただけだろう。

 災害みたいなものだ、仕方がないんだ。

 

 それからしばらくたって、ご飯を探しに出かけた時のことだ。

 その夏はあまりにもご飯が取れなかった。鹿も猪もいないし、木の実も落ちていない。ご飯を求めて何日もさまよっていた。喉はカラカラでお腹も減って、限界だった。僕もまた妻と同じように山から出てご飯を探ろうかと思った。だが、その死を思い出してどうにもならないと諦めた。降りたら、殺されるんだ。

 山をさまよっているとかすかにチリンチリンという音が聞こえてきた。その音に釣られて行ってみると、僕らの山に入り込んで野菜を取っている彼らのメスが一匹いた。動くたびにチリンチリンという音がなる。ガサガサ、チリンチリン。

 彼らは気味の悪い生き物だ。毛皮がないくせにピラピラとしたものを外につけて代わりにしている。なのに頭に毛はあるのだ。音は口からしか出さないかと思いきや、何かを身につけて音を出す。

 今、彼が音を出せるのは、小さな光り輝く物体を体につけているからだ。チリンチリン。そう音を鳴らして揺れる。ガサガサ、チリンチリン。ガサガサ、チリンチリン。

 その音を聞いて僕は無性に腹が立った。

 あれが示すところはつまり、こうだ。


 「俺はここにいるぞ、そこのけ、そこのけ」


 一体何様なのか。なぜ彼らはあれだけの美味しいご飯を食べておきながら、僕らの山に入り込んで僕らのご飯を奪うのか。今は彼らが侵入者だ。彼らは許さないのに、僕らは許すという道理はない。

 殺そう。

 僕は叫びながら駆け出した。彼は何も持ってないように見えるが、細長い棒を持っているかもしれない。攻撃されたら、妻たちのように僕も死ぬかもしれない。だから、こっちも命がけだ。殺そう。あの棒で攻撃される前に。殺して、その死体を丸めて遊ぼう。彼らのやったことをそのまま仕返してあげよう。

 腕をふるうと、彼のお腹に当たった。彼は宙でぐるりと一度ひっくり返った後、内臓を地面にぶちまけて動かなくなった。

 なんて脆弱な生き物なんだろうか。僕の家族はこんなみっともない矮小な生き物に殺されたんだ。そう考えて僕はとても悲しくなった。僕の家族はこんなのに甚振り殺されたんだ。

 そのまま捨てておいても良かったけど、お腹が減っていたし、せっかく仕留めたんだからこの生き物を食べる事にした。毛のないツルッツルの足。血を滴らせてまだ呻いている彼の、その部分に噛み付いて食べてみた。

 美味しかった。

 とても。

 とても、美味しかった。

 いいものを食べているからだろうか。鹿より、猪より臭みがない、美味しい肉。肉のくせに、と僕は思った。一撃で死ぬ肉のくせに、彼らは僕の家族を殺し、美味しいものを独占している。

 それで、僕は仲間たちにこの肉の美味しさを伝えてあげることにした。野菜を取りに来た肉たちをむしって仲間に譲った。その肉だけは山から降りたら、いたるところにいるからご飯に困ることはない、食べに行こう。飢えたみんなにそう言った。きっと、みんなついて来てくれるだろう。葉っぱや木の皮や泥を食うより、あの棒と戦うことになっても、美味しい肉を得るほうがマシだ。

 僕らはゆく。肉が住み、肉が生き、肉が暮らすあの場所へ。

 僕たちは教師だ。彼らに、彼らがただの肉であるということを教える教師。

 授業料はその命。

 肉の分際で偉そうにしてる彼らへ、食べ物になる方法を教えてあげよう。

 なに、ご飯を食べに行くだけだ。

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円盤塔 @smdszkn

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