第6話 迷い人

扉は開かれる。闇が二人を飲み込まんと大口を開けたかのように見えたのは彼のフィルターによるものだ。


「は・・・?なんであんた、ここにいるわけ。しかもそんな格好して」


先客がいるとは思わなかったのだろう。一瞬間抜けな声を出すと目つきをきつくし、そう憎らしそうに低い声をあげる。

「部活動中です」

ただの一言しか彼女は言わない。それは会話をしたくないのか、それで十分と踏んだのか。


女の後ろから、180はある男が部屋の中の様子を見ようと視線を向ける。


・・・こいつの次のセリフは『部長さん?俺らもチャカイに入れてくれよ。仲間ハズレはナシだろ』かな。


「部長は君か。ちょっと見学させて欲しいんだけど、いいかな?入部希望者ってこt・・・」


男と目が合う。先程までは角度的に見えなかったのだろう。自然と目つきが悪くなっていくのは、そういう間柄という以外に他ならない。


彼の予想はまた外れた。

男は無言で踵を返す。それが予想外だったようで、女生徒の方も驚いていた。

「ちょ、ちょっと」

女生徒は男を追い、立ち去る。


男はこの部屋に入った当初こそ月乃空の外見に魅了されたようだが、彼女と話す相手の存在を捉えた瞬間に‘関わってはいけない‘という警笛が鳴り響いたらしい。



嵐・・・というよりは天気雨が過ぎた後、その茶の間には微妙な空気が残された。


「お知り合いだったのですか?」


「まぁ・・・」

敵です。とか、昔いじめられたので告発したことがあるとか、初対面の人間に言うことではない・・・と思うが、彼がまた月乃空に接触してくる可能性もある。


「・・・あいつ、癖が悪いから近寄らないほうが良いと思います」


「・・・それは一目見た瞬間にわかります」


あれ、見た目は感じの良さそうな青年って感じなのに・・・。


「何があったのか、よろしければ教えて下さいませんか」


どこに興味が沸いたのか、そう二度も言われてしまうと彼は断れない。


「昔やたらハブかれたり、いじられたり、SNS上でネタにされたって感じの間柄です。最初期、クラスのヒエラルキー上位に立つには共通の‘あいつは下だよな‘って認識の発信者にならなきゃいけない。それをよくわかってる奴なんですよ彼は」


「成る程・・・それを学校に報告は?」

「一年生の終わり頃に。ただまぁ、ぞんざいなものでしたよ。報告されても痛くない、二回も報告はしないだろうと思ったらしい彼は、俺をネタにして引き込んだ仲間達と、足を引っかるとか、意図的に授業を妨害するとか、偶然を装ってタックルしてくるとか・・・」


「・・・まぁ、最後には、そのタックルの直後に裏拳を浴びせるとか、足を踏まれたら肘を腹にくらわせるとか、かばんを潰されたら笑いながらストレート、ってしてたらやられなくなりました」


「け、結局暴力で解決だったんですか・・・」


「殴る以外に解決策が無いのに、我慢するを選ぶほど馬鹿じゃない」


「・・・成る程。・・・、・・・、・・ありがとうございます」


正座した状態で彼女は頭を下げる。しばらくそのままだった彼女に、今度は彼が尋ねる。


「でもそんな興味の沸くことかな・・・?つまらない話だったと思うけど」


その疑問に彼女は顔を上げる。そしてジッと彼の黒い瞳を覗き込み、やがて口を開く。


「・・・何故でしょう、貴方の‘変‘の理由を聞いても、やはり‘変‘だと思ってしまうのです。原因が解れば変わるかと思ったのですが・・・」


・・・彼女もか。

‘変‘は、相変わらず彼に付き纏う。原因が解れば~と彼女は言った。それでも駄目だったということは、原因が違うのか、そもそも原因なんてないのか、或いは・・・。


「・・・私は、家の慣習に習ってずっと同じ生き方をしてきました。学校に通い、家に戻れば習い事。家の観衆から娯楽に触れてこなかったので、人と話すことが難しいです。・・・今の生活は好きですが、16年間同じ生活をしてきてこのまま死に逝くことを私は・・・認めたくありません」


「・・・家族の関係を変えたいわけでも、習い事をやめたいわけでもなくて・・・ただ、私自身が変わるべきだと、そう思うのです」


「・・・」


・・・重かった。そう一言で済ますのはきっと彼ではない人間の役回りだ。

自己変革を望む人間は、実際何割程なのだろうか。彼女の望みは人類全てが持ち得るものだ。それを大層に表現するのは愚かだと、浪漫欠如の批評家は笑えばいい。


「・・・俺も、そうだ」


「・・・え?」


「そもそもここに来たのは、やったことのないことをしてみよう。ただ過ぎていく日常を変えたい。そう思ったからだ。茶道部なんて、普通来る機会ないだろ。だから友人と来る予定だったけどドタキャンされた」


「そう、だったんですか」


妙な厨二スイッチが入った気がする。なんだろう。片方がそういう話を始めて、もう片方が共感できてしまうとやはりそうなるのだろうか。しかもお互い素だというのが余計に・・・。


「・・・私たち以外の皆さんは、どう思っているんでしょうか」


「・・・きっと‘変化を望みつつ何かをする勇気がないからただ待っている‘か、‘諦めて今をそれなりに謳歌しようとしている‘か、‘そもそも幸せで何も考えてない‘。とかだと思う。俺たちは、少数派だ」


「・・・一つ聞きたいんだけど、仮に意識を変えられたとして、どう自分が変わると思う」


「・・・わかりません。・・・でもきっと、私の生活は・・・根底は、変わらないと、そう思います。・・・北河さんは?」


「・・・俺も、何も、変わらないと思う。ただ、何かをしないと、いけない気がする。目が覚めたら、60年後・・・なんて、本当に起こらないと思う?」


一回一回の言葉を発する前に。息を呑む。


『ここはまた、分岐点なのか。』

『自分はなぜ、夜になれば悶えるようなことを話しているのか』

『彼女もまた、自分と同質なのだろうか。ただ、彼女は一見しても‘変‘というイメージは無く‘麗‘というイメージが一番先に来る。』


・・・分岐点なのかってなんだよ。何もしなかったらただ死ぬから、今ここにいるんだろ何言ってんだお前。


『心臓が揺れる。体の中の空気が、無駄に動き回り出口に辿り着くまでに疲れ果てる


お互いに初対面のくせに何を言っているのか、ということに漸く気付いたのは、一段落ついてからだ。



「・・・全く同じことを、先ほど考えていたんです」


「だから・・・あなたと話したかったのです」


「俺と?」


「あなたは・・・答えをもってる気がしたので」


「・・・まぁ、お察しの通りなんだけど」


そう、ですよね・・・。というのが表情に見える。ご期待に沿えなくてすまない・・・という言葉がでそうになり、飲み込んだ。違うだろ。この言葉じゃない。これでは消化不良な、不完全燃焼な出来事が一つできただけだろう。


「「あ、あの・・・」」

言葉が被ってしまう。たぶん、言おうとしていることはきっと同じのはずだ。そうだといいね、うん。

だめだ思考がおかしくなっているテンションが?いやそういう次元じゃない。先日の図書館の一件は、考えつつも同時に行動していたから、ここまで脳を酷使しなかった。


お互いに譲るように黙っていたが・・・・また、口を開く。


『一緒に、見つけないか(ませんか)。』



・・・もしこんな出来事が、現実に起きたらどうする?

変化を求めたその先で、同じく変化を望む麗しの少女がいて、自分に負けず劣らずの思いを謳ってきたら。

少なくとも、彼は未だ経験したことの無い程の高揚を覚えている。先日の、当てずっぽうな直感ではなく、これは、千人中千人が運命だと認めるような出来事だ。

・・・ようやくスタート。いや、大変なのはここから・・・ってか、それも、望んでここに来たのだろう?



「あ、あの・・・北河さん。北河さんは、放課後は何をされているのでしょうか?」

「え?えーと、帰って勉強かゲームか・・・ぐらいで、別に用事ってほどの物はないけど」


「そうですか・・・。でしたら、一週間に一度、一緒に‘何か、しませんか‘?」

「是非に。・・・そうだ、連絡先は・・・」


「・・・申し訳ありません。私その、携帯を持っていませんので・・・」


「え、あー・・・成る程。了解。じゃあどうやって連絡を取る?」


「私が北河さんの教室へ迎えに行きますので・・・。来週水曜日でどうでしょうか?」


「あ、ああ・・・わかった」


もっと別の方法を模索すればよかったと、後で本当に思うことになった。


「っと、じゃあ、今日はもう失礼するよ」


「そうですか?解りました・・・」

少し残念そうな顔をされてしまった。彼の経験ではこんな顔をしてくれた女子は存在しない。


正座を解除して立ち上がると、一瞬足の痺れでふらつくが、rightでないlightなノベルによくあるようなラッキースケベ的に押し倒したりはしない。精々ダサく壁に手をつくぐらいだ。


「大丈夫ですか?」


「ちょっと・・・正座で足持ってかれただけだから・・・んじゃ、また水曜日に」


できるだけ平静を装いなんとか歩き、茶道部の玄関で靴を履く。

一度振り返り、彼は軽く手を上げる。


「はい。またのお越しを」






彼女は、初めて本質的な仲間意識を覚える。ただ、それ以上の物はない。恋愛対象になるかどうかなど、彼女の脳内では一切議論にならなかった。

一方で、彼は少なからず邪な気持ちが沸いていた。だが寝る前には自分が誰かに愛されるはずがない人間であることを思い出し、静かな気持ちで目を閉じることとなった。


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無題の文学称汝 北口 @kitaguti

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