第4話 脱平凡の選択肢は既に

数学は真面目に聞き、英語も怒られない程度にはしっかりこなし、それ以外の授業は黒板を写しつつの斜め聞きで、問題集をこなしていく。過ぎ行く日常は特に語ることの無いつまらないものだが、悪くはないのだろう。人並みに休日を喜びつつ、日曜の夜に憂鬱し、月曜の朝に溜息を吐く。思えば、中学の三年間も、濃いようであっという間だった気がする。


『・・・これでいいのか、人生。このまま進んで』


『引き返すことはできずとも、走ることはできてしまうのが人生である。ただ、そんな人生でもできることはある』


『人生において、必要のない物事は、スルーする、ということができる。ただ登校し、赤点ギリギリでなんとか卒業することと、ただひたすらに勉強し、学年トップの成績で卒業することは、全く異なるようで、とてもよく似ている』


『寄り道をすればするほど、人は疲れていく。寄り道をしようがしまいが、死ぬときは死ぬ。1人当たりに割り振られた時間は狂いなく等しい。それでも、青春をより長く謳歌することはできる』


問題を解き終わった彼は、本たちを机の中へしまう。

そして、ーーを真似るようにそっと、落ち往く本を受け止めるため、右手を開いた。


『私にもただ一つの願望が持てるなら、記憶の中最初からを本にして、窓辺で読む』

出典 涼宮ハルヒの憂鬱『雪、無音、窓辺にて。』


実際、本が落ちてくることはない。ただ、そんな気がしたから。今日は、今日こそは、真の意味で変われるんじゃないかと思ったから。ただ、そんなことはやはりないのが彼の人生らしい。


『僕らは夢を見る。大切な誰かと、小指を結んで、離さないように』

『僕らは迷いながら、道筋を照らし出す。休んでもいいから、止まらないように』

MIli 『YUBIKIRIGENMAN』


自分がどうすればいいのか解らない。ただ、どうしたいのかは解る。変えたいのだ。それ以外無い。


授業終了のチャイムが鳴る。


特にあてがあるわけではない。ただ、もう決めたことだ。


「二人とも、ちょっといいか」






茶道部の部室に入ったことのある人間は、人口の内一割も占めていないのではないのではないだろうか?

彼はその一割未満の人種の仲間入りを果たす。

本日は土曜日。

グラウンドと体育館では、運動系の部活がうるさくも精を出している。一方校舎の中はというと、とてつもなく静かだった。

部屋に鍵がかかってたら昨日たまたま用事があって入ったら中に財布忘れた・・・とかなんとかしよう。中に入って、それでも満足しないのなら、今日はどこかへ行ってみるのも悪く無いかもしれない。


「この学校で、変わったものとか場所って、どこがあると思う?」


突然のその問に困惑しながらも、2人は真面目に答えてくれた。そのうちのひとつが、茶道部室だ。先日茶道部に入ってみようとしたところ、女子達の騒がしい声が聞こえたため撤退。今に至る。

もともと、この高校は茶道部の歴史が深い。茶道の大御所がこの高校で茶道を始めたことがきっかけで、その人物がどういうわけか卒業後も茶道部を補助、交流を持っていた関係だ。ただ、前年度に茶道部員とその大御所との間にひと悶着あったようでそれ以来、この学校の茶道部は活躍しなくなったらしい。

友人達と、入ってみようぜという悪談をしたところ、土曜なら入れるという結論に至ったわけだが・・・。


「すまん、急用だ!」

「寝坊したわ。というかよく考えたら休日に登校だるいわ」

「チクショー!」


というわけで彼は今、1人で茶道部室を目指していた。


あっという間に目的地についてしまい、どうすべきか・・・帰ろうか・・・という脳内問答も途中で遮られてしまった。


・・・そっと、扉を開ける。大方、昨日の騒がしい女子達が閉め忘れただけだろう・・・と、思っていたのだが。



扉をあけた先にはまたひとつの障子の扉があった。その先に、なんとなく人がいる気がした。

・・・しかしいよいよ、逃れられない。中にいる人間にも既に音が聞こえているだろう。

彼の脳内に、この場所で声をかける、という選択肢は浮かんでこなかった。恐らく、相当焦っていたのだろう。


ついに、彼女と彼を阻むものはなくなった。

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