24話:プライド


「······正直に言おウ。お前はこのままだと冒険者として生き残れなイ」


マッドスネークはジャンに向けて冷たい口調で言い放った。


────そんなこと、分かってる。


自分のことはよく理解しているつもりだ。だからこそ、熟練冒険者の言葉は深く刺さった。


ジャンは視線を落とし、頼りない自分の足のつま先を凝視する。


背中を任せすぎ。それはシドに頼りすぎということを言っているのだろう。シドは医術が使えるだけじゃない。ナイフを後ろから投げて援護してくれたり、時には接近戦だってする。まるで足の裏にバネでも付いてるんじゃないかってほど臨機応変に、自由な動きをする。もしシドが俺と同じく剣の修行をしていたら、今頃俺よりもずっと頼もしい剣士になっていただろう。


彼は天才なのだ。やれば何だって出来るって才能がある。それに伴う努力家の精神だってある。


────やっぱり、どうしても比べてしまう。


でも俺は妬んだりしたことは一度もない。羨ましいとは常日頃思っていることだけど、俺はシドといると何故だか自信が付いてくるのだ。


たぶん、たまに些細な事を褒めるからだ。俺と一緒にいると楽しいとか、また筋肉ついたなとか。いつもは肉食いすぎとかしか言わないけど。


俺はすっかり安心していたのだ。いざという時にはシドがサポートしてくれる、怪我をすれば治療をしてくれる。


今の俺は背中がガラ空きってこと。


だからマッドスネークの言葉には言い返すことが出来なかった。


────きっと、今マッドスネークがいなければ俺はすぐに死んでしまう。


「そこだヨ」


ジャンが顔を上げた時には二体目の鬼が倒れていた。


「そこが冒険者として良くないって言ってんだヨ。今ドーセ俺は無力ダァ~とか思ったんだろォ? そんなん死んでから思ェ。イイカ見とけィ! これから俺の漢見せてやル。それ見てちょっとは考え直せェィ」


マッドスネークは最後の鬼に向けて走り出した。獣の吠える声のような雄叫びを上げ、正面から真っ直ぐに突っ込んでいく。


鬼と比べるとマッドスネークは凄く小さいのに、迫力は鬼の何倍もあった。鬼より鬼らしく、獣より獣らしくて。


ジャンはただ、その小さくて強い背中を見つめていた。


真正面から来たら鬼は当然それを迎え撃とうとする。鬼もマッドスネークに向けて強烈な拳を繰り出す。


マッドスネークはそれを避けようともしない。それどころか、拳を強く握りしめて力を溜めている。


「奥義・漢拳!」


鬼の巨大な拳とマッドスネークの小さな拳が激しくぶつかり、風が生じて木々がざわめく。


「オオオオオオゥオォォォ!」


マッドスネークが雄叫びを上げるごとにパワーは更に増していき、遂には鬼を吹き飛ばした。鬼は木を次々に倒して飛んでいって、動かなくなる。


普通なら有り得ない。体格も身体の大きさもどう頑張っても敵わない鬼を、その小さい身体の拳一つで打ち勝ったのだ。


「凄い······」ジャンは呆気にとられていた。


その言葉に反応したマッドスネークは、繰り出した拳を引っ込めてジャンの方へ向き直る。


「どうだ見たかァ? 技のネーミングセンスは壊滅的だってよく言われるんだガァ、その力はホンモノ、マジモノだぜェ。俺の全力だからなァ!」


マッドスネークはジャンの元まで大股で歩み寄る。


「······俺がお前に身につけて欲しいのは、一人で敵を倒すことが出来る能力ダ。例えそれがどんなに強い敵でもナァ。マァ、真正面から立ち向かっていくことが一番の近道だろう、そうすることで敵はお前に注目スル。敵の的となれば、他の仲間がかなり動きやすくなるンダ。正直お前らは守りが弱イ。聖騎士パラディン小団パーティに入れるのが一番いいんだがなァ······」


聖騎士パラディン······」


もともとは国に仕える勇敢な騎士の事を指す言葉であったが、最近は大きな盾を駆使する守備専門の冒険者の事を指している。


────命を懸けて仲間を守ったり、剣で反撃したり。やってみればかなりカッコいいんだろうな。


だが自分は今まで盾を扱ったことは無いから、今から盾術を身につけようとしたところで皆の足を引っ張ってしまうだけだろう。


────あ、そういうことなの······か?


マッドスネークは無理に聖騎士になれとは一言も言っていないのだ。自分が真正面から立ち向かってわざと目立ち、敵を引き付けて戦えって言っているのだ。そうやって聖騎士の代わりを俺が担う。


俺はシドみたいに巧妙でも小回りが利く男じゃない。


でも、それだから豪快に動くべきなのだ。


ジャンが決意してマッドスネークに言おうとしたが、視線の先に一体の鬼が向かってきているのが見えた。


挑戦してみたい。


「······マッドスネーク、あれは俺が倒す。手出しは一切しないで」


せめて1体。ジャンは息を思いっきり吐くと剣を鞘から抜いて構えた。


マッドスネークは腕組みをして自分が戦わないことを示す。


「どんだけお前がやられても一切手助けはしないからナ」


その方が良い。いざという時マッドスネークが手助けをしてくれるというならば、俺はまた弱気になってしまうだろうから。


ジャンはマッドスネークのように雄叫びをあげ、真正面から剣を構えて走り出す。鬼は当然気がつき、ジャンに向けて殴りかかろうとする。


────大丈夫、怖くない、怖くない。


心の中で何度もそう唱える。そうしないと泣き出してしまいそうだから。


ジャンはもう止まれない所まで来ていた。視界はほとんど鬼の拳で埋め尽くされ、ジャンは目を閉じて剣を突き出した。


身体全体に強い衝撃と痛みが走る。まるで全身を往復ビンタされたかのような痛みだ。ジャンは恐る恐る目を開けると、その瞬間何かが背中を打ち付け、ジャンは内臓器官がぐらぐら揺れるような感覚に襲われる。


視界はしばらくぼんやりしていたが、次第に自分が木にもたれかかっていることを理解した。


何やってるんだ、俺は。


鬼の圧倒的パワーに俺は負けたのだ。殴り飛ばされて木に打ち付けられたようだ、全身が耐え難い痛みに悲鳴を上げている。


「っくそ」ジャンは剣を地面に突き刺し支えにして立つ。


倒すって決めたんだ。ここでやめてしまえば男が廃る。全身が俺に痛みを訴えているのは分かってる。でももう少し我慢するんだ。


ふとシドの顔が頭に浮かぶ。


情けない。せめて────


「俺はっ! あいつと肩を並べるくらいに強くなりたい! 絶対にっ、なる!」


俺は今までに無いくらい大きな声で思いを出し切った。


ジャンはもう一度威勢のいい叫び声を上げながら走る。走れば走るほど、その勢いは増していく。


ジャンがあまりにも迫力のある声を出すので、鬼は一瞬怯んで身構えるのが遅れた。そして再度拳を繰り出す。


負けるものか。


腕を捻り剣の角度を変える。身体を左にずらして剣と平行になるようにする。


今度は視界の半分のみが鬼の拳に覆われた。ジャンは剣と拳がぶつかった反動で真上に飛び上がり、腕を踏みつけてまた飛び上がる。


そして剣を両手逆手で持つ。


「奥義・漢剣!」


剣を鬼の胸部に向けて振り下ろした。


完全に突き刺さった感覚。鬼は大きく目を見開いたが、やがて光を失って後ろへと倒れ込んだ。


鬼が動かなくなってもジャンはしばらく剣を抜かなかった。


ジャンの後ろで、手を叩く軽い音が響く。


「オミゴト! 身体は大丈夫カ?」


ジャンはようやく我に返り、剣を引き抜いて鬼の上から下りた。


「······まあなんとか」


「そうカ。技のネーミングセンスは酷すぎだったけどナァ! でもお前は、一人でも強い敵を倒せることを証明したァ!」


マッドスネークはジャンに向けて拳を突き出す。


「それは人のこと言えないだろ」


ジャンはマッドスネークの拳を軽く殴った。

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GODSPEAR 辰巳杏 @MWAMsq1063

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