ある新人賞受賞アーティストの手紙
山本さんへ
先日、自宅でテレビのニュースを眺めていると、いきなり山本さんが映ったので驚きました。心が跳ね上がりました。ついに芥川賞を受賞されたんですね。本当におめでとうございます。私は山本さんを昔から知っていました。そんな山本さんに伝えなくてはいけないことがあります。
まず、謝らなくてはいけないことから。
私は、幼いころから歌うことが大好きで、歌っているときは、どんなにつらいことがあっても、ひとたびに忘れることができ、雲一つない晴天を、ふわりと泳いでいるような心地よさがありました。
小さな私は、歌っているだけで人生の何もかもを得た気持ちでいました。
しかし、あるとき私は、もっと素敵なことに気付きました。
友達とカラオケに行ったときです。私はある曲を自由に、おおらかに歌っていました。歌った後、友達をみると、両目に涙を浮かべているのです。私は困りました。歌はみんなを楽しくさせるものではないのか。悲しくさせる武器でもあるのか。しかし、友達はこう言ったのです。「とても感動したよ」と。友達は悲しくなったわけではありませんでした。ただ、私が歌う声に心を打たれ、琴線を震わされたらしいのです。私は、そのときの友達の表情も、部屋の空気もすべて忘れられません。友達は泣いているのに笑っているのです。とても感謝されたのです。私は雨が降った後に太陽の光を浴びて、葉についた露をきらきらとさせた花たちに囲まれて眠るような気持ちになりました。
そして、私は歌手になることを決意しました。ひとりでも多くの人々の、あの表情がみたい。私はずっと、あの日感じた空間にいたい、そう願い続けました。しかし、歌手を目指し始めて、致命的なことに気付きました。私は、どうしても歌詞が書けなかったのです。正確にいうと、書くことはできましたが、言葉に対する表現力を、もののみごとに持ち合わせていなかったのです。人前でカバー曲を披露すると賞賛の声が多くあがりましたが、オリジナルで作った曲は反応は、イマイチの反応でした。きくと、リズムやメロディー、歌声はすっと耳に溶け込むのに、歌詞が流れを阻んでいると言われました。歌詞を蔑ろにしたことは一度もありません。どういった人に、どのような思いで、どう寄り添っていけばいいのか。歌詞を考えている間はずっと同じことを意識していました。しかしうまくいかなかったのです。周りに助けを呼ぼうにも、めぼしい人は思い当たらず、目的地の途中に、誰もどかすことのできない岩礁が現れたような心持でした。
とうとう打開策が浮かばなかった私は、インターネットを使ってみました。なにか手掛かりがつかめるかもしれないと思ったのです。たくさんのサイトをみては、自分の心に何か感じるものはないかと問いかけていました。
そしてたどり着いてしまったのです。私の心を奪ったのは、山本さんのブログでした。最初は何を書いているのかわからない、奇妙なブログだとしか思いませんでした。管理人のプロフィールを見てもろくな情報は入っていないし、おまけに写真に映っていた人はぼさぼさの髪をして、真ん中にどでかく『神』と書かれたTシャツを着ていた男性だったのですから。すみません、言葉が過ぎましたね。しかし、ブログに書かれていた内容を細かくみていくと、今まで考えたことのないような発想や言葉回し、簡単に書かれているようで、実は世界を語っているような言いぶり。
とにかく、読んだ人を強く惹きつける、不思議な表現がたくさんあるなと思いました。
たぶん、今になって考えてみると、山本さんは、私のしていたことに気づいていたのかもしれません。私と初めて会ったとき、私の視点と山本さんの視点が数秒重なったとき、私が歌っていた曲の歌詞には、ところどころ山本さんのブログから抜きとった表現があったのですから。本当にごめんなさい。山本さんの表現を利用してしまっていたのです。しかし、あのときの私は、ただのホームレスがやけにブログの管理人のような髪型をしていたなと思うばかりで、まさか同一人物だとは思いませんでした。
実は、路上演奏を始めたのはあのときが最初でした。朝から学校に行って、暇なときにはスマホで山本さんのブログを開き、いいアイデアはないかと探索し、学校が終わるとバイトに直行し、飲食店のウェイターを数時間勤めます。バイトが終わると、いったん家に戻ってアコースティックギターをとり、あのアーケード通りまで自転車を走らせるという日課をひたすら繰り返していました。過酷な生活で、とてもつらかったのですが、ここでも山本さんに助けてもらいました。毎日、私にみえるかどうかぎりぎりの距離から、山本さんは静かに座って、私の演奏を聴いていましたよね。私は、はっきりと覚えています。言葉は悪いですが、たったひとりのホームレスでも、私にとっては立派なお客さんで、お客さんがいる限り、私の周りはコンサートホールでした。
そんな日々を過ごしていたある日のことです。私はいつものようにスマホを開き、山本さんのブログを見て、最近全然更新されてないなとぼやきつつ、新しい歌詞を考え、学校が終わるとバイトに向かい、定時であがってギターをとって、アーケード通りに行き、すっかりシャッターが閉まって、小さな明りと足音しかない場所で、歌をうたっていました。数曲歌うと、遠方にいつもの人影が座り込むのをみて、いつものように安心しました。しかし、その数分後です。私は知らない男たちに囲まれていました。男たちは、全然私の歌に興味ありませんでした。もっと低俗的な、幻滅するような目的で、私を狙っていたのです。しかし、私は成す術がありませんでした。いくら私が思うままに、伝えたいだけを歌っても、届かない場所があるのだな、と夢を蹴っ飛ばしそうになっていました。そして、遠くの方には私の歌を聴きにきてくれる、唯一の大切なお客さんがいました。せめて、その人だけは傷つけたくないと思う一心で、私は「逃げて」と言いました。すると、そのお客さんは座っていた身体を立ち上げ、こちらに向かってくるのです。どんどんと距離は縮まり、お客さんの全貌もはっきりと見えるようになりました。そのときでした。私の全身に電気のようなものが走る感覚を得ました。ああ、『神』様がきた。黒い字でどでかく『神』とかかれた神様は。呂律のまわらないまま、あべこべな言語を叫び、あっという間に男たちを追い払ってくれました。あれは酔っぱらっていたのでしょうか。たぶん違いますよね。私は、息を切らしたぼさぼさ髪の山本さんをみました。気づけば両目に涙がたまっていました。衝撃によるものなのか、邂逅によるものなのか、原因はいまだにわかりません。でも、あのときの友達も、きっとこんな心持だったのでしょう。
私は山本さんと目が合いました。しかし、感謝を伝える前に、山本さんは去ってしまいました。
なので、今、あらためてこのタイミングで伝えようと思います。山本さん、本当にありがとうございました。あの一件以来、私は山本さんのブログを見ず、自分の言葉で、自分のありのままを表現しようと決めました。表現次第では力のないピエロでも絶対的力のある王に勝つことができる。私は勝ってやろうと思いました。そして、私はアーティストとして、新人賞を得ることができました。ただ、まだ私には倒さなければいけない王がいます。本人が、ちゃっかり自分のことを王だと言うくらい、強い強い王です。いつか倒してみせます。だから、山本さんも負けないでください。王がホームレスではいけないのです。応援しています。
ちなみに、山本さんは、私がひそかに応援していたことに気付いていたのでしょうか。男たちを追い払ってくれたあと、山本さんはすぐに去っていきましたが、私も山本さんの後を追いました。そして、寝床を特定できたのです。まあ、たしかに金額にばらつきがあって申し訳なく思っています。自分が使うお金はバイト代でなんとか捻出できていて、本来、路上演奏しているときにチップをもらう必要はなかったのですが、あっても面白いかと思って、一応『みゆに一票を!』と書いた段ボールを掲げていたら、意外とお金がたまることもあって。その分を渡していたなんて、気づいていましたか?
宇佐美 自由 より
小さな神様、ボロボロの神様 うにまる @ryu_no_ko47
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
そのままではかなわない/うにまる
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 5話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます