【 Ogreval――41~】

第41話 出立と少年の願い――①



        ◇ ◇ ◇



 ゲートの支柱辺り。

 東からの清々しい明るさの中に、立哨りっしょうする兵士達の姿があった。

 鎧にあしらう模様マークが、ラス皇国の鷹かエルヴァニア王国の一角獣かの違いはあれ、ここ最近の飛行船乗り場ではさして珍しい光景でもない。

 彼らを始めとした警らの者達を通り抜け幾分いくぶん進めば、楕円状の大きな膨らみが目に飛び込んでくる。

 出航日和と呼べる青い空の下、広くまぶしい発着場では数せきの飛行船を確認できた。

 うち一隻は、すでに離陸準備が整っているようだ。微弱な振動が機体を巡る熱を伝えてくる。

 それから近くには、作業員とは別の人の集まりがあった。

 この船の搭乗者二人とそれを見送る人々だ。


 リアンとシャルテの目的であるエルヴァニアへの渡航。それをカルデオから聞き及んだレイニード評議会代表のはからいにより、二人には特別な乗船が許可されていた。

 皇国の支配下から街を取り戻した功労者への礼といったところだ。ただし、飛行船の運用としてはエルヴァニアへの物資調達も兼ねる。

 よって、飛行船乗り場奪還後の翌日となる急遽きゅうきょな日取りとなったのだが、リアンはともかく、シャルテはその辺りの事情を察しているだろうか。


 そのシャルテの長物を背負う後ろ姿が見て取れる。

 人だかりからやや外れた場所で、白髪のエルヴァニア将校を相手に話すようだ。

 一方、この場のもう一人の主役といえば、見送りの輪の中心にて飛行士用のゴーグルを額に装着したり、首に掛けたりとせわしい。

 気に入った素振りのそれを、物欲しそうな態度の甲斐もあってか、リアンはアニーから餞別せんべつとしてもらい受けていた。

 そして、お気に入りゴーグルを首から下げることで落ち着かせたその手を、今は別れの挨拶に使うのであるが、握手を交わす相手はカルデオとなる。


「君がゾルグ将軍を討ってくれた事は本当に大きい。エルヴァニアのジルバンズ将軍も、指揮官を失い統制が取れてない皇国だったからこそ、昨日の快進撃があったと言っていた」


「俺としてはみんなの頑張りだと思うけど、街に笑顔が増えたのは良かったよ」


 晴れ晴れとした心を表すように、リアンの表情には曇り一つない。

 その陽気な顔に、カルデオの感謝が絶えないのであるが。


「リアン。君が思うよりも君は、私達皆にとても大きな力を与えてくれた。オーガが私達の道を切り開いてくれた事実がどれだけ皆の勇気になったか」


「それなんだけど……カルデオ達からすればアカツキを使えたらオーガなんだろうけれどさ、俺は暁騎士になれなかった、烙印の騎士なんだ。だから、なんていうか、期待を裏切るようで悪いんだけどさ、ゾルグを倒すことはオーガの意思じゃないんだ」


 今は烙印が浮かばない右手をちらりと見やり、リアンは歯切れを悪くした。

 それに対し、カルデオは意にかいさず。

 一方で隣の女史に至っては、そのようなリアンに反抗的な態度で歩み出た。


「オーガヴァル。カルデオからはそのように聞いています。でも、たとえあなた自身が否定したとしても、私達にとってのオーガはあなたです。私達の心はあなたの暁の光と共にあります」


「あ……」


 抱擁を受けたリアンの口から少しの戸惑いが漏れた。

 頬に掛かるブロンドの髪。

 潮の香りが鼻腔をくすぐっていたはずだが、今はレイニードの優しい香りを嗅ぐのだろう。そこには子供のような安らぎが見て取れた。


「ありがとう。グックを救ってくれた若き英雄、オーガのリアン」


 レイニードの誇るような声に、カルデオら周りの者達も感謝を贈る。

 照れ臭いのか。しどろもどろのリアンは心地良さそうにもどこか居心地が悪い様子。

 そこへ助け舟となったであろう者達が登場した。

 少年達を引き連れ、ダリーが駆けつけた。


「なんとか間に合ったな。将軍との打ち合わせにかこつけて、どうにかこうにか抜け出してきてやった」


 人の輪から大きな身体をずんと押し出し、ダリーが声を掛ける。


「ダリーは義勇部隊をまとめているんだろ。カルデオから聞いたよ」


「まあな。兵士の経験がどうたらで、抜擢されちまった」


 指揮官って柄でじゃないんだがよ、とダリーはボヤきを付け加えた。

 リアンの視線がダリーに釣られカルデオへ。

 その隙を突くように、リアンの肩が拳を作る手によってどんと押し叩かれた。


「俺は別れの挨拶なんてもんはしねえ性分だ。だが、倉庫でのされた礼がまだだからよ。いつでも戻ってこい」


 無精髭の口元が笑みを携え言う。

 リアンがお返しにと相手の肩を押し叩けば、ダリーは次の者へ順番を譲るようにしてシャルテがいる将軍の方へ向かう。

 そうしてこの場には、ぐいと無愛想に突き出された手提げ袋があった。


「なんだこれ」


 リアンのたずねの前では、片手は腰巻きに突っ込み顔はそっぽを向くナム。


「餞別だ。向こうにつく頃は昼近いだろうから、ちょっとしたランチだ。上の包みがシャルテちゃんので、下のがお前の分だからな」


「僕もナムのお父さんのお店で手伝ったんだよ」


 ナムに続き、ニイオが自慢げに補足した。

 リアンの鼻が受け取る手提てさげ袋をくんくん嗅ぐ。

 それからその手が中身をごそごそあさろうとしたところで、ナムからたしなめられるのであるが――、そんな二人のやり取りを他所よそに少年ニイオの顔が真剣さを帯びていった。


「それでね、リアンお兄ちゃん。お願いがあるんだ」


 ナムとの間へ分け入るニイオ。

 リアンが少しばかり見下ろすそこで、その佇まいは腰にお手製のカタナを携えぴんと背筋を伸ばす。

 

「僕を弟子にしてくださいっ」


 勢い良いそれは、まるで全身にこもっていた熱意を一気に放出させたかのようであった。

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