第33話 向かえ!



 天をくように高くそびえる収容所。

 そこは今、喧騒にまみれていた。

 月夜の晩がもうすぐ終わりを告げようとする頃だ。

 『革命の民』が企てた計画通りに供給されていた魔力が途絶え、各階層の牢屋となる部屋の『魔導障壁』がすべて消失。

 よって、囚われていた者達がこの事態に便乗し、一斉に収容所からの脱走を試みていた。


 当事者としても加わる計画立案者のカルデオの姿はこのような状況下の中にあった。

 同じく収監されていた仲間と合流を果たしたカルデオ。

 仲間とともに通路の縁で身を潜め、下層の様子を調べに行ったリアンを待つのであるが、その顔は険しい。

 彼にとって思惑通りの運びであるはずだが、何やら見通しの悪さを伝えてくるそれである。

 そうしてそこへ、タタタと軽快な足音が駆け寄る。


「ちょっと無理っぽい。たぶん制御室なんだろうけど、皇国兵とバリケードが邪魔でその階層から下には降りられない。みんな、皇国兵とは戦っているけど武器はないし、逃げるので精一杯って感じだ。きっと下の階層も出口が封鎖されてて似たようなもんじゃないかな」


 手の平で天井を仰ぎ、リアンは報告する。

 想定以上の皇国側の警備、並びに外から『革命の民』の増援が予定されていたが、今やそれも期待できないどころか、増援部隊の安否すら不明となる。


「やはり皇国側はこの事態を想定していた。そう判断するしかないようだ……」


 顎に手を添えたカルデオは、向こうは無事でいてくれるだろうか、とぼそり付け加えた。


「『魔導障壁』が解除されているんだから作戦は成功した……けど、魔力炉のみんなはすんなり作戦を成功させたわけじゃない」


 リアンに首肯するカルデオ。

 収容所での皇国の対応から、魔力炉襲撃を担当したダリー達が一筋縄では行かなかったことは容易に想像できる。

 だからこそ、今ここで足止めを食らう状況に苛立ちを覚えるのだろう。


「どうにかして、収容所から脱出できないものだろうか。早く予定の合流地点へ向かいたい。そうすれば、魔力炉班の状況が把握できる」


 カルデオの言葉に、周りの仲間からもう一度バリケードの突破を試みてみようとの案が上がる。


「皇国の魔導銃さえ奪えれば、この人数でも……」


 カルデオの仲間が途中で言葉を止めた。

 不意の気配にその場の誰もが振り返る。


「はあ、はあ、カルデオ様はご無事で良かった」


 通路には息を切らすグック高官の娘。

 娘はその焦燥感のままカルデオへ駆け寄る。


「レイニード様が戻らないのですっ。それで私、ほうぼう探したのですけれども、何かあった時はカルデオ様だけでも収容所からと、だから私はここに」


「アニー。焦る気持ちは分かるが、落ち着きなさい。レイが戻らない。そのことからゆっくり話してごらん」


 カルデオは、優しく諭す。

 高官の娘アニーは、くりっとした眼を大きくして深呼吸を一つ。そうしてから、はやる気持ちを抑えるように胸元で両手を抱え話す。


 あるじであるレイニードが、将軍ゾルグからの呼び出しに魔力炉施設へと行ったまま戻らないこと。

 そして、しばらくしても音沙汰がないことに耐えきれず、魔力炉施設へ訪ねてみれば、皇国兵から門前払いを受けたこと。


「それで私、レイニード様の事で相談できる方はカルデオ様しか思い当たらなくて。収容所解放の作戦が決行される日時だとは知っていました。でも居ても立ってもいられなくて。だから、カルデオ様がいらっしゃって、お会いできて本当に良かったです」


 アニーは瞳を潤ませながらに言う。

 そのアニーに、カルデオは悔しそうに拳を握り締めた。


「私もレイのことが心配だ……しかし、今すぐ君の力にはなれない。いやなれる状況下ではないんだ」


「あー、少しいいか」


 リアンがカルデオとアニーの間に割って入る。


「その人はカルデオを頼ってこんなところに来た。そして、カルデオはできればその人の力になってあげたい」


「リアン。レイ――レイニードは私達『革命の民』の仲間でもある女性だが、グック評議員代表だ。その彼女がゾルグ将軍が関わり行方知らずとなっている。それはかなり由々しき事態だ。できればではなく、なんとしても最優先で彼女の安全は確保しないといけない……」


 ぐ、と奥歯を噛むようなカルデオ。

 そしてそこから漏らすそうにして言葉を続けた。

 しかし――、と。


「そうは言っても、私達はここから動けない状態だ。収容所はまだ解放されていないのだから」


「俺達だけなら動けるさ。そしてそれは下からは無理だけど、どうやら上からは大丈夫ってことだろ?」


 リアンの視線はカルデオからアニーへと移り、更に通路の奥へ。


「その人が来た通路の先は上層だ。だったら、上から脱出して魔力炉へ行こう。ダリー達の状況もわかるかもしれないし、そのレイニードって人が助けを求めているかも知れない。その人、大切な人なんだろ」


「待つんだ、リアン」


 通路の奥へと駆け出しそうなリアンをカルデオが止める。


「おそらくアニーはジャイロボートで屋上からここまで降りて来たと思う。だから、君の言う通り屋上からなら脱出できるだろう。だがまだ収容所の解放が達成されていない。この状況で皆を残して行けるわけがない」


「それなら大丈夫だ。ほら」


 リアンが周りの男達を見回す。


「カルデオ。俺達の方ならどうにかする――というか、どうにかしてみせるさ」


「こいつの言うとおりだ。なんたって俺達の皇国との戦いはこれだけじゃないんだからな。お前さん抜きでもやれなくちゃ話にならんだろ」


「だな」


「それより俺達のレイニード代表をよろしく頼むぜ。皇国との戦いはあの人抜きじゃ無理だからな。もちろんお前さんも必要だが、グックの未来にレイニード・グックは絶対に欠かせない人だ」


 ここは俺達に任せおけと言わんばかりに、男達がカルデオの背中を押し叩いた。


「しかし皆――。気持ちは嬉しいが……彼、リアンは確かに腕の立つ若者だ。それでも私とたった二人で皇国兵のいる魔力炉へ乗り込むなど現実的ではない。ここは私も残り、収容所の解放後に部隊を編成して」


「カルデオはレイニードが心配じゃないのか」


 リアンがカルデオの言葉を断ち切る。


「心配に決っている」


 その即答にリアンは白い歯を見せた。


「理由は十分だ。さあ、行こう」






 収容所の屋上。

 陽射しを浴びていない冷たい風が吹き抜ける中、小型旋空艇ジャイロボートは機体の熱を上げていった。

 前方を照らすライトが、ここが高所だと教えてくれる。

 キューンと機関音が鳴りふわり浮く機体が、グラグラと揺れた。


「やっぱり無理ですよ。ボートは二人乗りなんですよっ。三人なんて危ないですっ。壊れてしまいますっ。それに私、操縦に慣れてないんですよっ。絶対無理ですっ」


 ゴーグルで大きな瞳を覆うアニーが、寄り掛かるリアンに物申す。


「じゃあ、俺が操縦を代わるから、そのメガネを貸してくれ」


「操縦は絶対に駄目ですっ」


 操縦かんへと伸びた手をアニーがばしりとはたく。

 すると、ジャイロボートが収容所の壁を沿うようにして落下した。

 息を飲む時間が過ぎ去されば、真っ先に胸を撫で下ろしたのはカルデオのようだった。


「アニー。それにリアン。とにかく私は魔力炉には着きたい。よろしく頼むよ」


 持ち直し高度を上げた機体は、それからぐんぐんと速度を上げ風を切る。

 魔力炉を目指すジャイロボートの後ろでは、夜空が白みつつあった。


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