第34話 転じて結ぶ



 追われる者達が硬質の床をカンカンと踏み鳴らし走る。

 魔力炉を襲撃した『革命の民』の部隊は、皇国兵から追い立てられるようにして進路を切り開いてゆく。


「よもやこのワシが、鬼人の世話になろうとは……」


 ダリーの太い首にわし、としがみつきおぶられるシャルテ。

 痛めた脇腹と【包魔力ニルバ】の消耗から、その体調は自らの足で走ることすらままならないほどに悪いようだ。


「魔人が鬼人と仲違いしてたって話は婆ちゃんから聞いたことがあるが。えらく昔の話を持ち出してまで嘆く嬢ちゃんだな」


「ふーむ。人の心に残らなければ、それは無きに等しいか。過ぎ去りゆく歴史を喜ぶべきか悲しむべきか、ほんに悩むのお……」


「なんだ、まだぶつぶつ言うのか」


 後頭部の囁きにダリーの首が回る。


「ニイオですら頑張って走っているからな。俺からのおんぶを情けなく思う気持ちはよく分かる。だがそれも、仕方がねえ。功労者を置き去りに出来るほど俺は薄情になれねえからな。我慢してくれ」


 シャルテを背負い走るダリー。その集団の中には、ナムから手を引かれ懸命に走るニイオの姿もあった。


「言われてみれば、ニイオの坊やが走っとるの。……どこからいて出た」


「俺達の助けにでもなろうとしたんだろ。爆弾の箱の中に忍び込んでいたのさ。ま、そんなことよりもだ。嬢ちゃんのゾルグを閉じ込めたありゃ、どれくらい持つ代物しろモンだあ?」


「茶をせんじるくらいはできるじゃろうて」


 後ろからのあっけらかんとした答えは、短い時を示す。

 ダリーはそれ相応の苦い顔で走り、そして正面を見据えた。

 斜行した床。

 大きな扉を側のレバーにて機械音とともに開く。

 外から吹き込む夜風。

 ダリー達は広がるまっ平らなそこへと駆け込む。

 魔力炉施設で一番の平面――。


「まただだっ広い場所へと出たものじゃの」


 シャルテが大きな背中から、ひょいと降り立つ。

 白み始めた空の明るさの助けもあり、薄っすらとだがその全貌を拝めた。

 出入り口となる建物以外は、そこから遠く、区切るようにして所々突起物が見受けられる。

 突起物は高さもなく列で横たわるように設置されており、それを除けば至ってフラットかつ見通しの良い場所。


「飛行船の発着場を兼ねる屋上だからな」


 ダリーは言って、出入り口へ向けて腕を振り合図を送る。

 それを受けたエリラサと帽子の男タオが、扉の解錠レバーを魔導銃で破壊する。

 ガラガラと音を立て、ガダンと降りた扉が出入り口を封鎖した。


「さて。ここからどうするつもりじゃ」


「どうしたもんだろうな。ただ、もう夜が明ける時間帯だってこたあ、ツイてねえ」


 ダリーの指示の元、皆が走る。

 走る先は、平らな面に横たわる物陰。

 空の下、外壁に囲まれた長方形の舞台では、人影の群れがうごめいた。


「縄を下ろして降りようとも考えたが」


「ここを取り囲む外壁が厄介よね。側壁を伝って降りている時に、狙い打ちされたらどうにもならないし」


 ダリーの言葉をエリサラが継ぐ。

 そして、


「仮に中庭へ降りられたとして、外壁を越えようとすれば、そこを警備していた皇国兵と施設内部からの皇国兵と挟み撃ちにされる可能性も出てくる」


 帽子の男タオが口を開き、懸念材料を追加提示する。


「つまり手詰まりと言うことじゃな」


 シャルテの見解に誰もが目を伏せた。


「手詰まり……といやあそうだが。諦めているわけじゃねえ。今頃収容所は解放されているはずだ。ならよ、そこで囚われていた仲間がここへ駆け付けてくれる可能性だって生まれる。数でいやあ、皇国とも渡り合える数だ」


「可能性とやらは悲観するものでなく、信じるものゆえワシは何も言わぬ」


 シャルテの視線は、お互いの不安を握り潰すように手を握り合うニイオとナムを捉えてから、ダリー達主要メンバーに送られる。


「その上で、ともかくは時間を稼ぐ。これには大いに賛成じゃ。ワシの包魔力ニルバの回復次第ではどうとでも道は開ける」


 それは弱気が見え隠れしていたこの場に、細やかながらも活気を与えた。







 魔導銃による苛烈な撃ち合い。

 今魔力炉施設屋上では、切迫した銃撃戦が行われていた。

 始まりは、屋上出入り口の爆破であった。

 扉が吹き飛べば、皇国兵が次々とそこから現れ肉薄した。

 屋上中央に位置する『革命の民』を左右へ広がり、面で攻撃する皇国兵達。


「こっちと数が違いすぎるわ。このままじゃ押し切られる」


 他の者同様、エリサラも両脇に魔導銃を携え、ひたすらに魔力弾の弾幕を張る。

 それでも、じりじりと後退を余儀なくされる。

 シャルテの魔術障壁により大きな損傷や部隊の壊滅はまぬがれているが、刻々と追い込まれる状況。

 魔導銃の光線がうねりを上げれば上げるほどに、部隊に焦りがつのる。


「くそったれ皇国野郎どもがっ」


 ダリーが吠え、ダダダと魔力弾を打ち込む――時であった。

 シャルテの障壁の後ろ、集団の真ん中に位置した少年ニイオのぴんと伸ばす人差し指が、上空を指した。


「なんかこっちに近づいてくるっ。ほらっ、あれ」

 

 ニイオの張り上げる声に辺りの者、そしてシャルテが見上げた。

 日の出を迎え、朝となる空。

 暁色に染まるそこに、何やら魚に似た影が浮かぶ。

 煙を吐きガクン、ガクンとおぼつかない動きの飛行物体ジャイロボートが、ぐんぐんとその姿形を明らかにしてゆく――そして。


 墜ちた。


 ギャリギャリと金属が擦れる音が走る――。

 皇国兵が展開する地点へ落下するように着地した機体が、勢いを失うことなく魔力炉屋上を滑べる。

 機体の前後を入れ替えながら、娘の悲鳴を内包しながらジャイロボートは群がる集団へと分け入る。

 ダリーを含む人の塊は左へ、エリサラのそれらは右へ、ニイオやナムはシャルテの後ろで屈み込む。


 そうして、コツンとした衝撃。

 シャルテの魔術障壁にぶつかることで、騒々しさとともにやって来たジャイロボートは制御不能の滑走を停止した。


「シャルテがここに居て良かった」


 リアンは開口一番そう言って、機体から軽快に飛び降りた。

 それを見たシャルテが、言葉の趣旨を咀嚼そしゃくするようだった。

 相手の澄み切った瞳がそうさせたのだろう。

 シャルテの神妙な面持ちからすると、リアンのそれはジャイロボートの不時着陸とは……また違う話のようである。


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