第32話 皇国のオーガ



 赤い光線と青い光線がビユンビユンと行き交う。

 中層フロアは魔導銃による撃ち合いが繰り広げられた。

 シャルテが光線の流れ弾を展開した魔術の防壁によって散らす頃、その視界の外では皇国の包囲網を突き抜けるダリー達一行があった。


「アカツキに巻き込まれたくなかったら、魔導障壁に張り付き戦っておれ」


 精製装置の障壁を背にするシャルテが、周りの者達へ短い言葉を掛けた。

 その後は、既に【アカツキ】をその諸手に宿す対面のゾルグへ、ぶつくさ言って歩を進める。


「……ワシは傍観者であらねばならぬし、偽り者の主とはこんな場所で出遭うつもりもなかったがのお」


「さあ、オーガの女あああ。背中のカタナを取れ。そして、俺様と戦えええ」


 ゾルグのガントレッドの赤い灯火が全身へと伝ってゆく。

 リアンとの対峙時に見せた光の煙。

 吐く息など到底届かぬ間合いにもかかわらず、ゾルグの威圧はシャルテの銀髪をよそがせた。


「アカツキといい、情緒不安定な奴と感じておるが……そのアカツキで魔導障壁ごと精製装置を削り取ってくれれば、良い笑い話になるんじゃがのお……こっちへ寄らんところを見るにそれくらいの知恵は働く相手かのお」


「なかなかに挑発的な態度じゃあ、ねえか。しかし、すべてが違うな。俺様の興奮は俺様のアカツキを疼かせるオーガのお前にある。だがよお、冷静沈着な俺様だからこそ、魔力炉の核を囮にした反乱分子一掃作戦は成功するんだぜ」


「ワシの独り言じゃったのに、案外耳ざとい奴であったな。ならばついでに、俺様以外の何様でもない主に語っておくか……」


「いい加減くだらねーなあ。御託を並べようともよお、反乱者は皆殺しで一掃される。お前は俺様のアカツキで消滅する。これは俺様の決定事項なんだぜ」


「不遜も大概じゃの」


 ゾルグの巨躯がにじり寄れば、シャルテの飄々ひょうひょうとした会話術も薄れ、紛れていた臨戦体制が徐々に顕れてゆく。


「【倫果リンカ】は物質に宿す事でその有り様を高めておる。偽り者ゆえ知らぬのも当然であろうがしかし、抑えが利かぬ、そのような全身を這う不安定なアカツキなど、その身を蝕む毒にしかならぬものじゃ」


 ゆらりと距離と縮めてくるゾルグ。そこへ突き出された魔法陣が取り巻く右手。


「そしてお主は、勘違いも甚だしい奴でもあったの。ワシは暁騎士オーガのような酔狂者ではない。高貴な品位と豊かな知性を兼ね備える――大魔術師じゃっ」


 声を張れば、シャルテが先に動く。

 魔法陣を介して右手から放たれた火炎弾は三つ――。


 直進する炎の球、弧を描く炎の球、その二種を併せ持つ炎の球。どれもがゾルグを一斉に襲う。


「ふんっ」


 連携動作の薙ぎ。

 ガントレッドで灯る赤い閃光に飲み込まれるようにして、すべての炎の球が消滅した。

 ゾルグの獲物を追う目が移動する。

 火炎弾の発射地点から半周――円の動きで回り込んでいたシャルテが胸元に両手を合わせていた。

 足元には魔法陣がくるくると回転しており、そこから見上げる上空には、無数の炎の槍がめらめらと浮かぶ。


――矛先はゾルグ。


 シャルテは両手を突き出す所作。

 上部で拳をクロスさせ身構えたゾルグへ、炎の帯を引き槍が注がれる。

 熱気と火炎が巻き上がったそこには、巨躯が平然と佇む。


 両手の宿る閃光によって炎の攻撃が防がれた光景。


 万物に干渉でき、その存在を消滅の事象として残すアカツキ。

 攻めにその力を使えばどんな盾だろうと砕き、守りに転じればどんな槍さえも通さず。

 それを、ゾルグがやってのけた事をシャルテも熟知していたのだろう――。


「ほんに、アカツキは厄介じゃて」


 ボヤきはゾルグの後ろから、火炎弾とともに呟かれる。

 シャルテの姿を見失う大きな背中に、三発の炎の球が命中する。

 アカツキで遮られることもない、死角からの攻撃は、はためくマントを燃やし尽くし、相手を立ち昇る火炎で覆った――が。


「くぬうう。どこかの馬鹿な錬成術師がっ、魔力耐性のある合成金属なんぞを造りおるからこうなるっ」


 シャルテは言葉を投げ捨てた。

 少なからず相手が火傷なりの手傷を負う絵を描いており、その期待が裏切られたからだろう。

 眼前では、ゾルグが首を回し悠然と佇む。

 羽織るマントこそ失っているものの、豪奢な鎧がシャルテの攻撃を緩和したと思われる。


「魔術、魔術、魔術と、いつまでカビ臭ええもんばかり使う気だああ、ええ? 刀剣の女よお。お前も俺様のようにオーガの力を使いやがれええ」


「言ったであろう。ワシはオーガなど――」


 口を閉じたのが先か、それとも小さな体が跳ね退くのが先か。

 くん、と腰を沈ませたゾルグが、その拳の光を高め形容し難い音を膨れ上がらせた刹那、その場からシャルテが飛び込んだ。

 金網状のレーンや広間の壁をえぐる暁色の閃光が真横へと走る。


「まさか、偽り者のくせに暁騎士のわざを使うじゃと!?」


 ごろごろとフロアを転がったシャルテは、驚き顔で瞬間まで身を置いていた場所を見た。

 そして――覆った影に、はっとなる。

 膝をつくシャルテが見上げた先では、ゾルグが赤い拳ガントレッドを振り上げていた。


「俺様のアカツキはアカツキで防げたはずだよなあ。だが、お前はそうしなかったよな。ええ? お前は俺様を謀るためにカタナを所持しオーガを装った。俺様を失望させた罪は重い。万死に値する大罪には即刻死刑をくれてやるっ」


 ブウンと拳が唸れば、カッと眩い閃光が広がる。

 シャルテが放つ魔術の白い光は、アカツキの灯火すら飲み込んだ。

 二人の視界を奪いその影すら消し去った。


 それから瞬く間もなく、光の中から小柄な身体が勢い良く飛び出す。

 それは吹き飛ばされるように――であった。

 一通り転がり終えた後、シャルテがフロアでうずくまる。


「く――っ、遠慮もなしに、蹴り上げよってからに――」


 げほげほと唾液を交えながら咳き込み、脇腹を抱え込み呻く。

 恨めしそうな目で起こす顔は苦痛に歪む。


 気づけばフロアの中央部分からだいぶ遠ざかったシャルテ。

 目元を手で覆い頭を振るゾルグの後ろに、精製装置の柱がある。


「なかなかに手間取らせてくれるじゃねーか」


 目くらましの閃光から視力を取り戻したゾルグ。

 自分が蹴り飛ばした相手の位置に気づけば、そこへ吐きかけた。

 そして、気づかぬままに……、悠々とその巨躯で床にいつくばる獲物を狩りにゆく。


 シャルテへの追い打ちを図るゾルグは、二つのことに気づけていない――。


 一つは、下層のフロアで爆発が起きていたこと。

 一つは、背後でひらひらと舞う、黒い羽根に七色の模様を持つ蝶のこと。

 爆発はダリー達が配管の破壊の際に発生したものであり、ゾルグの頭上へと移動した黒い蝶は、シャルテが目くらましの閃光に紛れ込ませていた魔術による紙細工の蝶である。


「ゾルグとやら……牙をむく偽り者は暁騎士が対処する習わし。よってワシはどう足掻いても貴様の相手などできぬ。この大魔術師たるシャールウ・シャルティアテラが、臆したのではない。そのことを留意せよ、偽りのオーガよ」


「ただの飾り物だったあ、刀剣使いの名なんてよおお、記憶にも残こさねえよっ」


 ゾルグが吠え、そのアカツキの拳をシャルテに向けた時、黒い蝶が弾ける。

 瞬時に発生した魔導障壁。

 七色の光沢を放つ障壁は円柱状に展開――ゾルグをその魔力の厚い壁で囲む。


魔力位相変障牢マギナ・ロック――アカツキは万物に干渉できるが、一度にすべての事象を消滅させることは……できぬ。それは……ありとあらゆる変位を施した魔力を織り込んだ魔術障壁じゃ。ちょっとやそっとのことでは壊せぬ、アカツキを用いても骨のいる一品――」


 シャルテの額にはうっすら汗がにじむ。

 その最中、ゾルグの拳が障壁を殴打する。

 アカツキの拳は難なく内側の障壁を破壊するが、『魔力位相変障牢』が完全に消失することはない。

 半透明の中で編まれる格子状の紋様を変化させ、新たな壁を外側に形成する。

 内側では突くように、薙ぐようにと、変わらずアカツキの拳による破壊が試みられたがしかし、障壁はその壁を維持した。


「シラけたことしてくれるじゃああ、ねえかあ、ええ?」


「ちいとばかし包魔力ニルバを消耗し過ぎるが……、ワシが編み出した対暁騎士用の特注牢獄じゃて……。少しはそこで、のんびりしておれ」


 そう告げたシャルテの言葉は、捨て台詞となる。

 床に這うシャルテが、掻っさらわれるようにして抱え上がられていた。


 仲間の援護射撃を受けつつ、ダリーが肩にニイオを担ぎ、小脇にシャルテを抱え走る。

 ダリーの怒号とシャルテの呻き声が合わさる中、『革命の民』の部隊は上方への退避行動へと移った。

 皇国兵の包囲網に掛かる選択肢がない状況でありつつも、上層フロアから施設内部へ駆け込むことで広間での危機を辛くも脱したようであった。


 ただし、魔力炉中枢へ事前に『魔導障壁』による防護策を敷いていた皇国のその策に翻弄されたダリー達の部隊は、当初の目的である精製装置の破壊を断念せざるを得なかった。


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