第22話 囚われる者――①



 びゅうびゅうと風が口笛を吹くそこでは、しきりに忙しく、上下運動や回転運動する部品の数々がある。

 それらを突き出し取り付け、鋼板ブリキで覆う機関部分からは、キューンと人によっては耳障りな音がさざめく。

 機体が奏でる風切音と、機体の後ろすべてを占める魔導機構による不協和音。

 その騒がしさに慣れた様子の彼女らといえば、それぞれで自分の目を奪うものを発見していた。


 機関部分に余分なく隣接された座席の若い娘は、身を乗り出し計器を凝視する。

 ガタガタ小刻みに揺れる座席であっても、くりっとしたまなこを瞬かせずゴーグル越しに視点を合わせている。


 次いで、列で並ぶ前の座席であり操縦席の女史は、束ねるブロンドの髪を吹き込む風に委ねながら、外界へ羨望せんぼうの眼差しを向けていた。

 白銀の翼を広げ、肩を並べて飛ぶ美しい鳥達――。


「本当に君たちは空を素敵に、そして気ままに飛ぶのね……羨ましく思うわ」


 明るい大空を望めば、ふわりと浮かぶ雲をいつもより身近に感じるそこで、レイニードの『小型旋空艇ジャイロボート』は飛行する。


 空の動物達が怪訝に眺める『小型旋空艇』――その機体の大きさは地上の馬に近い。

 しかしながら先細りして胴を膨らまし、後部にヒレのような尾翼を持つその丸っこいフォルムは、海中に相応しいもの。


 さながら空を泳ぐ魚といったところだろうか。


 ゆえに、波よけならぬ風よけの風防を備えるが、日よけや雨よけとなる物がないばかりか、座席の半分の高さに満たない形ばかりのそれであった。けれどもだからこそ、見晴らしが良い景色が意図せず目に飛び込んでくる。


 機体の眼下では、広大なアスーニ大陸の片鱗を拝めた。


 ラス皇国領土方面では堂々たる山脈が遠方で連なる。煌めく海峡の向こうには、自然の豊かさとその優美から水の都と名高いエルヴァニア王国の土地がある。


 青空からは容易に見通せる対岸のエルヴァニア。

 もしこの景観を、エルヴァニア王都を目指すリアンやシャルテが味わえたとするのならば、彼らも目と鼻の先との所感を抱いていたに違いない。

 さらには、グックで暮らす者達からすると感慨を抱く、目と鼻の先だったことであろう。

 海峡はその昔、船を飲み込む海流があるため対岸への横断が不可能であったばかりか、南下し迂回を経て渡る海上航路は丸一日の時間を要し、時に難破する船もあったのだから。


 飛行船は渡航の距離と時間を短縮させた。


 その飛行船の技術こそが、グックが有す最たるものであり、試行錯誤の過程でジャイロボートなどが開発されている。

 ゆえにそれらが、性能面で飛行船に勝ることはない。

 したがって、レイニードと女史に付き添う娘が乗る『小型旋空艇』は耐久性なども含め、運搬や長距離移動には適さない空の乗り物となる。


「レイニード様っ。計器が、魔力計器の針が先程より大分低くなったような気がするのですがっ」


「相変わらず心配性な子ね。平気よっ。ジャイロボートは魔力の燃費効率が悪いからそのくらいで正常のはずだわっ」


 周囲の物音に負けじと後部座席から声が張り上げられれば、操縦席のレイニードも自分の肩越しに後ろへと返す。


「私もそれは承知しています……が、なんだか以前と比べて……壊れていたりしないでしょうかっ」


「古い機体ですから、壊れたりもするでしょうね。でも収容所はもう、すぐそこよっ。ここで不調をきたしたとしても問題ないわっ」


「ですが、レイニード様が王宮へ戻られる時は、どうするのですか!?」


「壊れていたらの話でしょ。それから今は自治議事館よ。それよりもアニー、喋っていると舌を噛むわよっ、今は自分の舌の心配をなさい」


 小型旋空艇ジャイロボートの高度が下がる。

 塔のようにしてそびえる建造物の屋上へ影が落ちてすぐ、機体が墜落に似た着陸を果たす。


「一体どうしてかしら。小さい頃から乗っているけど、これだけはいつまでも上手くいかないのよね……」


 がつん、と突き抜けるような振動に襲われた結果にレイニードは疑問を残し、大きな目を一段と大きくしたアニーは固まる体がほぐれるまで座席にその身を残す。







 グックの郊外にあたる工業区画。

 主に飛行船に関する物を製造、開発する施設の集合地域である。

 造船技術を工程別に分け管理するグックには数区画の工業地域が存在し、際立って高い建造物あるここがその一つの区画にあたる。


 石膏せっこうを塗る建物が多いグックでは珍しく金属素材が使われた重厚な建物。

 別区画にある『魔力炉』も同じ質感の壁を持つが、外観から構造と階層がまったく異なるのが一目瞭然であった。


 元は『魔力炉』建造などの都市開発のために建設用意された仮住まいの建築物。

 今は収容所と呼ばれるここには、高層の各階にいくつもの部屋がある。

 皇国の手によって多くの者が囚われるそこは、多くの住民や労働者を迎える用途を変えずに、現在は魔導障壁を備える立派な牢屋として機能していた。


 そのような収容所の上層階。

 煌々した明るさは清楚な印象を与え、物静かさは厳粛な雰囲気を漂わせた。

 そこに、普段は誰も使わない屋上の離着陸場から訪問したレイニード女史の姿がある。

 緩やかな歩みで、かつりかつりと硬い床を鳴らしてしばらく……。


――止まる足。


 羽織るローブが脱がれると、同行する娘が速やかに受け取った。


 女史の白を基調に蒼をあしらう衣装はグック高官のもの。

 付き添う娘のそれと比べれば、より品位を感じる装飾が施されていた。


 そして、評議会議員レイニードの目的が、光沢を放つ一面の向こうにあったことが分かる。

 淡い色を貼りつつも硝子のように透き通った遮蔽物しゃへいぶつ、『魔導障壁』。

 レイニードは神妙な面持ちで、障壁によって区切られた一室へとその眼差しを送った。

 牢屋の役割を担う簡素な部屋では、備え付けのベットに男がどっしりと構え腰を掛けてる。


「カルデオ……体の具合はどう?」

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