第23話 囚われる者――②
「……痛みは残っているが、心配には及ばないよ」
組んでいた手を離し、肩を回して見せたカルデオ。
自治議事館で受けた皇国将軍ゾルグからの仕打ちに対してのものだろう。
浮かない声音そのままに、大事には至ってない事を伝える仕草のようである。
「それより……評議会代表でもある君がこんな場所にいる事のほうに、私は心配でならない」
「私が行うべき政務は、きちんと片付けて来ているわよ」
「レイ、私はゾルグ将軍や皇国兵からの心配をしている」
「それなら、問題ないと思う。ここに来れたのもゾルグ将軍の動向を珍しく把握できているから。私に構う暇もないくらいには部下の視察に忙しいようで、自治議事館の兵士達も駆り立てられるようにしていなくなったわ」
「収容所がその視察の対象になる可能性は」
「それは分からない。でももしそうだったら、こちらも抜き打ちの視察とでもするわ。不自然ではないでしょ。なんたって私は、ここを管理するグックの評議会代表なのですから」
愛想などもない淡々とした言い草だったが、レイニードのそれは向き合う相手の険しい顔から、くすりとした笑みを引き出す。
「こうして二人で話す機会自体が随分と久しぶりな気もするが。君は相変わらずのようだね」
「さて……どう相変わらずなのかしら。まさかあなたの口から、貴婦人を
「君はいつまでも美しい人だと私は思っている。だから、お世辞を言わないだけだよ」
今度は、にかりとした笑みがあった。
一方のレイニードは、口を覆う手の裏で頬を緩ませていた。
「……レイ、覚えているかい。私達が幼い頃、王宮の書庫へ通い詰めていた時期があったことを」
「もちろん覚えているわよ。あそこは今でも文化保護もあって立ち入り禁止なのに、あなたが
「君も一緒になって彼らの物語を追った」
「そう私も夢中だった。思慮深く、そして正善である彼らに興味が尽きなかった。だから、あの頃は世界を救った英雄を熱心に追い求めていた。お陰で書庫の衛兵にお父様のお名前を使ってまで、何度も忍び込むはめになった。でも――」
「ある日突然、君のお父上が書庫の私達の前へ現れた」
「ええ、それはもう怖いお顔でね」
レイニードは微笑みながらに、両手を胸元に抱え身震いを見せた。
『魔導障壁』の向こうでは、懐かしむようにカルデオのまぶたがゆっくりと降ろされる。
光と音を通す隔たりは遮る物としての役割は十分に果たしつつも、レイニードがブロンドの少女に、カルデオが幼馴染の少年に戻ることを許すようだ。
「あの時、震え上がることで手一杯だった私と違い、レイはお父上へこう告げた――書物での学びに勤しむ私達をお父様はお叱りになるおつもりでしょうか、と。正式な許可もなく、まして子供が遊び場にして良い場所ではないと分かりきっていたはずなのに。私は君の気丈さに驚かされたものだったよ」
「それでも、結局お父様からは、グック王家の威光を盾に私欲を通した恥ずかしい行いだと
「君のお父上が正しい。王たる地位がなくとも、グックの者は君のような王家の血筋の者を敬う、その気持ちを忘れたりしない」
はっきりとした物言いであったものの高圧的なものではなかった。それどころか優しさを感じる口調であった。
けれどもカルデオの発言が、思い出話に花が咲くそのひと時を散らした。
少しだけ
日なたに包まれていたような雰囲気から一変、嵐にでも備える気構えが伝わる表情で、レイニードは再び相手と顔を突き合わせた。
「……あなたの口から直接確認したかった。そして、今回も評議会代表の立場を利用している。あの時は一生懸命反省したのに、本当に相変わらずな私」
「レイ……君は立派な人になった。そして、血筋以上に指導者として相応しい人になった。変わらないようで違うことも私は理解している。……だからこそ、そうまでして私を訪ねて来たことに、君の苦しみを感じてしまう」
カルデオは腰掛けるベッドからおもむろに立ち上がれば、鼻先をつけるほどまで障壁に歩み寄る。
応えるようにレイニードも前へと踏み出す。
「あなたは争い事が苦手な人。それでも戦うと決めた人。そして、私にはどこまでも優しい人」
「飛行技術によってグックが自立し、次の世代の子らが誇れる国の未来――独立運動は私が選んだ道だ。君が描くグックの未来が賛同し得るものだったからだよ。
「そこには、あなたの叔父でもあるコーリオ議員の犠牲があった……」
「レイ。私達がやろうとしているのは革命だ。そこに痛みが伴わないなんて思ってはいけない」
「私は――あなたが言う、革命には痛みが伴う意味もよく理解している。あなたと一緒で覚悟もある。それでも望まない痛みを招くことは避けたいのっ」
「だったらなおさら皇国とは手を切るべきだろうっ。その痛みを彼らがグックにもたらしたっ。皇国は必ずグックの未来に影を落とす存在になるっ。このままだとグックの明日さえ奪われてしまうぞっ」
「そうならないように、私はゾルグと折り合いをつけているのよっ。皇国が欲しているのはグックの飛行船技術と設備。だからそれを盾に交渉ができるっ。だからグックの悲惨な未来を回避できるっ」
「レイっ、君は皇国をゾルグを甘く見ているっ」
身振りも加わえ飛び交った大声が、ここで止む。
レイニードとカルデオは互いの興奮を冷ますようにして、目を逸らし沈黙を保つ。
そうして、奥のベットへ引き返そうとしたカルデオが振り返りレイニードの名を口にした。
「……荒立ててすまなかった。私は君のことが心配なんだ」
「ええ、よく理解しているわ。私の方こそ、ごめんなさい。今すぐここからあなたを出してあげられない名ばかりの代表なのに」
落ち着き払ったとは言い難いものの、二人が平静を取り戻したつかの間だった。そこに、やや急くようにして割って入る人影。
「失礼しますっ。レイニード様、カルデオ様。下の方から何やら話し声が近づいて来ています。皇国兵がこちらへやって来るようです」
くりっとした瞳をいかんなく発揮し、娘が辺りをきょろきょろと見回す。
侍女の知らせに、緊張を走らせたレイニードではあったが、それからの振る舞いに慌ただしさなど微塵もない。
『魔導障壁』の向こう側へ、ただただ眼差しを向けるだけに留まっていた。
「カルデオ。私もここにいる人達を皇国なんかに連れて行かせるつもりなんて絶対にない。でも作戦は、皇国との明確な対立を残すものよ……。その争いは、きっと多くの血が流れるものよ……」
「君が言っていたように、私は争いが嫌いだ。それでも選んだ。私達革命の民は皇国と戦うことを選んだ。レイ。私は正しい人間でありたい」
カルデオの視界からは、束ねるブロンドの髪を肩に掛けるレイニードの横顔。
背筋を伸ばすレイニードは、煌々とした通路の先を見据えていた。
「……私はその正しさに迷いがある。でも、またあなたと話しをしたい」
それだけ言い残し、去りゆく後ろ姿がある。
「ああ、私もだよ。幼馴染として、友人として、そして同志として。私はいつまでも君の側にいる」
重々しい静けさの中、かつりかつりと足音が響く。
収容所にあっては、凛とした音色に聞こえたレイニードそれであるも、どうやら聞く者の耳によっては異なるようだ。
付き添う娘の案じる素振りがそう伝えてくる。
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