【 Ogreval――21~】

第21話 対峙――②




 魔導の霧が核たる『蝶』を失い、魔術の破綻をきたす。

 予期しない損失は本来緩やかに還元するはずだったその工程を狂わせ、歪な収束へと向かわせた。


 それが唸る風を引き起こし、奇しくも外と隔たる霧の壁となっている。

 ただし、気流のうねりは収まりつつあり、『霧』の質量も減少傾向にある――ようだが、リアンの攻撃は周囲の状態に反し、力強い疾風を生んでいた。

 人の動きによるそれは、四肢を巧みに使い繰り出される闘技のはやて


 掌底による衝撃は、たとえ硬い音を立てる鎧の上からでも伝わる。

 強烈な蹴りの威力は、たとえ防がれようとも相手を後退させる。

 それだけではなく、瞬時に身を入れ替える連続攻撃は相手からの反撃を戸惑わせた。


 側面から胴へ、刈り取るように脚部へ――。


 格闘はリアンの圧倒な攻めで押している。

 だが、ゾルグの一振りがそれを振り出しに戻す。

 形容し難い音が虚空を裂けば、リアンはその光る拳ガントレッドを防ぐのではなくかわして避け、時に仰け反るようにして退く。


 ゆえに――今また間合いが切られた。


 後方へ身体をねじりつつ、空中と着地点を使った勢いを加速させる回転にて、リアンは相手から離れる。

 一方のゾルグは、追撃の機会に優雅な足取りで鎧の軋みを鳴らすなど、余裕綽々しゃくしゃくたる態度を示すのみと優位性の表れがあった。


「ふんっ。なかなかに面白いぜ」


「俺はちっとも面白くないさ」


 口調は軽いが、表情は不機嫌そのもの。

 そして吐かれた不満通り、リアンに至ってはかんばしくない現状である。

 手数の多さの割に、ゾルグへのダメージが少ない。

 防具の効果だけでなく鬼人の丈夫さからなるその現実は、リアンに相手を倒す手段がない事実を突きつけた。


 鬼人キトが打撃耐性に特化しているのであれば、鬼人であったダリーを相手にした時のような絞め落とす攻撃が有効であろう。

 けれどもリアンはそれを、皇国将軍ゾルグ相手では使えない。

 『アカツキ』を使うゾルグからすれば、身体に絡み取り付いてくるリアンは、拳が届きかつ動かない恰好の的になるからだ。


「お前は俺様の拳ではなく、アカツキを見切れるようだな」


 自分を起点にゆっくりと円を描き回る相手。

 応答があるなど、端から頭になかったのか。

 ゾルグは気にするまでもなく、素知らぬ顔に対しニヤけた笑みを送り続ける。


「人だろうと物だろうとよお、消滅させるアカツキはその光を大きくも小さくもできる。お前は俺様のアカツキが瞬間的に肥大した時にもかかわらず、紙一重で避けるよなあ? 閃光を見てから反応するなんて芸当は、アカツキの流れを見切れてなきゃ……ただの人間には無理だぜ」


「……俺は運がいいんだろうさ」


 リアンが素早く跳ねて後ろへ下がり、渋々と告げた。

 ここにゾルグの、戦闘にける純粋な能力の高さを垣間見る。


 一瞬の出来事であったが、攻防の要である初手の駆け引きがあった。

 リアンの踏み出しのタイミングを外すようにして、ゾルグは己の巨躯を予備動作もなく押し出したのだ。


「ふっ、黙りを決め込むと思ってたが。何度かお前、俺様がアカツキの拳で防ぐのを見ても、躊躇ちゅうちょなくそこに打撃を叩き込んでくれたじゃあねーか。それはお前が知っているからこそ……アカツキが常に消滅の光を発していないってことをよ。ええ? そうだろう」


「何が言いたい」


 気取られたと言わんばかりの苛立つ調子の語気。


「勘違するな。お前が白状しねーから、俺様が言ってやってるんだぜ。お前もよおお、暁騎士オーガなんだろってよっ」


「――俺は!?」


 胸元で構える手刀へと視線を落とす仕草――直後、微かだが大気が震えた。

 ゾルグから放たれた波状で吹き抜けた圧力。


 リアンが対峙する先では、暁色の光が煙のようにしてゆらゆら昇る。

 強さを増して、ガントレットが炎のような赤い明かりを灯す。

 その灯火からゾルグを縁取るように、伝うように、『光煙こうえん』とでも呼ぶべき様相のアカツキが纏われていった。


「なら、ならよおおおっ。貴様のアカツキと俺様のアカツキっ、どちらが上かっ、ここではっきりさせようじゃーねえええかっ」


 突如としていきり立つゾルグ。

 激しい呼吸には、光の煙が混ざる。


「さあああ、武具を構えろっ、そこにアカツキを宿してみせろ!!!」


 狂気とさえ感じる重圧に、リアンが押される。

 しかしそれで、リアンが押し潰さることも足が竦むこともなかった。

 威圧で返すこともなく、迫るゾルグをその場に留めた真っ直ぐに向き合う姿勢と眼差しがあるだけであった。


「俺は……オーガじゃない。見てわかるだろ。武具を持たない俺の戦いに、アカツキはなかったはずだ」


 抑揚の無さが普段のリアンよりも真摯な言葉とした。

 ヒリヒリとして焼け付くような圧迫が続く。

 息苦しくなるようなそれは、長いようで短いものだったろうか。


「ふ――、シラけるガキだぜ」


 ゾルグの右肩が上がる。

 合図を示すかの如く掲げられたガントレッドの手に、アカツキの灯火はない。


 そうして、リアンがやっと気づく。

 『霧』の残骸となる霧の壁が、身を隠せる程のではなくなっていたこと。更にそこから自分を狙う銃口の数々を。

 リアンを取り囲む皇国兵達が、僅かに霧状を保つ壁からその射撃精度上げるためじわりじわりと迫り、次々に現れてくる。


「……弱ったな。かなり、どうしようも――」


 ゾルグの上げた右手が振り下ろされれば、皇国兵達による一斉射撃が始まった。

 バシュンと複数の青い光線から撃たれたリアンは、呟きでさえ最後まで言えず呆気なく倒れた。


「ゾルグ将軍! 反乱者の鎮圧を無事終えました。あの者の処遇はいかが致しましょう」


 胸を張る皇国兵。

 ゾルグは一筋の流れた汗を拭い報告を受けた。


「シラけるガキだったが、刀剣の女への餌に……なりそうでもあるか、そうでもないか……」


 ゾルグは顎をさすりながらに、地面でだらりと転がるリアンを一瞥いちべつした。


「一先ず収容所に送れ。ただし、馬鹿正直に収監者リストなんて物は作るな。レイニードの余計な詮索は面倒だ」


「はっ! では、反乱分子一掃作戦の件も踏まえ、レイニード評議会代表を介さず命令を遂行します」


「おうおう、そう言えばそれもあったな。まったく部下が無能だと常に有能な俺様は忙しいぜ。今回もその無能っぷりを監視しているだけでこれだからな、俺様の有能さが身にしみて分かるぜ……、どうだ、見事なほどに俺様は有能だろ、ええ?」


 ゾルグの巨躯は、やや屈み込みようにして兵士の顔をのぞく。


「そ、その通りであります!」


「ふっ、お前はなかなかに見どころのある部下だ、長生きするぜ。……長生き、見どころか。なら……むしろ頃合いか。――おいっ、お前。これから俺様のところへ、いいや、しばらくしたら、レイニードを来させろ」


 ラス皇国東方侵略部隊指揮官である将軍ゾルグのマントがひるがえる。


 敬礼で見送る兵士達の目には、不敵な笑みを浮かべたゾルグであったろう。

 肩で息をするゾルグの背中は、去りゆくマントとしか映らなかっただろう。


 ゾルグは疲労と苦痛を食い縛るような形相で歩む。

 どうやら鉄の馬車を警護する兵士らが、その姿を見て恐れおののくことになりそうだ。

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