第16話 広場の処刑――①


        ◇ ◇ ◇


 トゥの宿が久方ぶりの新しい客を迎えてから一夜明けた遅い朝。

 潮の香りを運ぶ風が吹き、眩しい日光に照らされるここは、


――飛行船乗り場。


 ゲートとなる小高い建造物も設ける発着場は広く、フラットなそこには、数隻の飛行船が描かれる円に収まるようにして着陸状態にあった。


 飛行船は上部に楕円状の大きな膨らみをこしらえる。

 形容すれば鉄の箱のような下部は搭乗部となり、一隻の船は出入り口をぱかりと開けていた。

 皇国兵が付き添う中、船内へ作業員と思しき者が貨物を運ぶ。


 足音が甲高く鳴るような硬質の路面を、統率された動きでかつりかつりと皇国兵。

 魔導銃ライフルを携え絶え間なく巡回する兵士らの姿を見るに、ここは皇国の厳重な監視下にあるようだ。


――そしてこの光景を、ゲートのそばで身を潜めうかがう者がいた。


 渋い顔者同士のリアンとシャルテである。

 彼らにとっては余程の苦虫を噛むものだったらしい。

 他には舌を巻くことしかできなかったようで、一先ずと言葉を重ねたのを最後に、二人はそそくさ飛行船乗り場から退散した。


「とりあえず偵察が目的で、それは果たせたんだからランチといきたい」


「ほんに能天気者じゃの。渡航予定が暗礁に乗り上げかけておるというのに」


「大空に大岩が隠れているなんて初耳だけど、俺は自分の胃袋具合だけには詳しい」


 腹を擦りながらにリアンは言う。

 更に、隣のシャルテからの吐息を賛同と見なすようだ。

 そうこうして、グックにある目抜き通りの一つへ差し掛かる頃合いとなった時である。


 果物の品定めに忙しいリアンとシャルテの付近で、慌てた様子で駆ける若者がいた。

 何かを伝え回るその後には、ざわつく人々が生まれる。

 賑わいとは異質の騒ぎに、並ぶ店先には買い物客達をほったらかしに表へと飛び出す店主もいた。

 一方へ向かう人通り。

 その中には、好奇心の色が濃い声色で「何かあったみたいだ」との一言がぽつんとあった。


「おい、これ。待たぬか、リアンっ」


 シャルテの制止をすでに残した言葉同様置き去りにするかの如く、人通りに分け入るリアンの背中は、みるみる周りの者を追い抜いてゆく。


「ワシらの立場を弁えておるのか。未だ皇国兵がしつこくワシらを探し回っておるという話もあるのに。野次馬などやっている段ではないのじゃぞ」


 しゃり、と果実をかじる音とともに、紫掛かる長い銀髪が左右に揺れた。

 やれやれと嘆息を吐き終われば、シャルテも足を運ぶようであった。





 騒然とする住民達が押し掛け輪となるそこは、普段とは明らかな違いを見せる広場であった。

 鉄板で覆い強固にした馬車が並び、陣取るように組まれたバリケード。

 それに伴い、皇国兵が周囲の者達を威嚇するようにして配置されている。

 広場中央には、浮かぶ台座の柱から大男が吊るされており、壇上に上がる皇国兵がそこへムチを振るう。

 周りからの悲痛な声に混ざり、打たれるムチの音と大男ダリーの押し殺すような短い呻きが漏れていた。


「ぐっ――」


 服は所々裂け、体中をアザだらけにするダリー。

 丈夫な身体に育つ鬼人キトといえど、その顔には脂汗と血糊ちのりが絶えない。

 太い両腕を拘束する重々しい枷。そこから鎖によって吊り上げられるダリーに膝を折ることは叶わない。


「この者は、同胞たる我ら皇国の兵士に危害を加えようとした野蛮な輩だ。現政権に仇なす者として制裁をくだすべき罪人である」


 ムチのしなりが止み、兵士から幾度目かの高らかな口上が始まる。

 そして、バリケードの外側。

 泣きじゃくる少年ニイオが押し入ろうとすれば、険しい表情の仲間から抑えつけられていた。

 付き添うナムの手は、ニイオの腕をしっかりと掴む。


「ニイオ、我慢するんだ。これ以上騒ぎを大きくしたらダメだ。何のためにダリーさんが頑張っているんだよ……。俺だってどうにかしたいんだよ」


「ダリーおじさんっごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 子供の枯れる声での叫び。

 そこへ細身の女が一人、その身を重ねた。

 台座の柱で吊るされるダリーと同じく、『革命の民』に所属するエリサラであった。

 エリサラはニイオとナムを、皇国兵の注意から遠ざけるようにして人集りの中へ潜り込ませる。


「ナム。ニイオを連れて店に戻って。あなたも辛いでしょうけれど、皇国も馬鹿じゃないわ。ダリーならきっと大丈夫……彼がここまま殺されてしまうようなんてことないから」


「……分かりました。エリサラさんも他のみんなも……気をつけて」


「待って、ナム。待ってっ」


 騒ぎの渦中から離れようとするナムに対しニイオが抵抗する。

 

「僕のせいなんだよっ。僕がお父さんのことで皇国の奴らと戦ったから、こんなことになったんだっ。僕のせいでダリーおじさんがあんな、あんなひどい目にっ」


「泣きわめくなよっ。なんてバカなことをしたんだって、俺だってニイオと同じくらいニイオを許せないさ。木剣なんか作らなきゃ良かったと思っているさ! いきなりあんな物一つで……皇国兵達をどうにかできるわけないだろ、相手は軍人なんだぞっ、それくらい分かれよっ。ダリーさんがあいつらぶっ倒して、俺達を逃してくれてなきゃ、お前も俺も無事でいられたか分からないんだからなっ」


 せきを切ったようにして吐かれた言葉はナム自身を泣き顔にさせ、ニイオのものをよりくしゃくしゃにさせた。


「……だから、ワガママ言うなよ。エリサラさんの言うように、うちの店で待っていよう……な」


「ニイオ、あなたのお父さんのことも、私達が必ず救い出してみせる。あなたの父親カルデオはこれからもグックに必要な人なんだから。カルデオが戻ってきた時、あなたの元気な姿を見れなかったら、きっと悲しむわ。もちろんダリーも。ナムと一緒に待ってなさい」


 エリサラの手が、そっとニイオの頬とナムの肩へ添えられた。

 そこには少年達の頷きが加わる。


 それから更に、どこかで見た青年の影も加わった。


「なるほど、そんな事になってたわけだ」


 人混みの中とはいえ、彼の登場は三人にとって突然のものだったのだろう。

 身構えるエリサラの目は丸く、ナムの口は大きく開き、ニイオは涙と鼻水を拭う仕草を止めた。


「あなた、どうしてここに!?」


「お、お前、うちの倉庫で盗み食いしてた――」


「リアンのお兄ちゃん?」


 当然のようにして輪に加わったリアン。

 その手を少年ニイオの頭に優しく乗せるのだった。



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