第17話 広場の処刑――②
「よ、ニイオ。ナム、代金は置いて来たからいいだろ。あとそっちは、エリサラで良かったか」
「こんな時なのに……。どういうつもりで、私達の前へのこのこ現れたのかしら。リアン。あなたが
「なんだか誰かを思い出す言われようだな……」
些かボサくれる黒髪の頭がポリポリと掻かれる。
「俺の口が相変わらず堅いままだってことは伝えて……それより、なんでダリーを助けようとしない。ダリーはあんたら『革命の民』の仲間だろ?」
「こんな場所で、その呼び名を口にしないでっ」
騒ぐ群衆の一部として溶け込んでいる――その周りをエリサラが警戒する。
釣られて、ニイオとナムも気を引き締めるようだ。
「……私や他の仲間達も出来ることならそうしたい。でもそれはダリーが望むものではないし、彼が今もこうして耐え続けていることが……無駄になる」
広場の中心へ注がれた眼差しが、その後、慌てるようにして対面のリアンへと戻る。
「皇国側にも思惑があるわ。この街へ来て、日が浅そうなあなたには分からないでしょうけれど、見せしめでダリーを殺したりなんかできない。もしそうなれば、今の緊張状態からすると大規模な暴動の引き金になるのは目に見えている。皇国が収容所へみんなを収監するのは自国の労働者確保の他に、そうなることを抑制する為よ。
「あー、皇国兵からのあのいたぶりは、民衆に恐怖を植え付けることを目的としているだけで命まで奪うものではない」
「ええ、そうよ」
「だからダリーを助けようと思うなら、皇国兵にその目的以上の行動を起こさせない静観が正しい」
「正しさ……そうだけれど、少し違うわ。それが出来る中での最良なの。ダリーも理解している。その役目が終われば収容所へ送られることも。あなたならこれが何を意味するのか知るところでしょ。ここで私達に何かあることのほうが、ダリーから未来を失わせてしまう」
歯痒さゆえなのか。エリサラの口角が憤りを顕にするように強張る。
「あんた達『革命の民』の理屈は大体分かったよ――と、ごめん」
睨みに、リアンが自分の口を一度閉じた。
「あんた達の理屈は分かった。だから、俺は俺の理屈でダリーのおっさんを助けようと決めた」
しばしの
ニイオからは期待に満ちた眼差し、ナムからは訝しむ顔。
そして、エリサラからは刹那の驚きがあり――、
「……どういうつもりか知らないけど、止めて」
冷ややかに聞こえる声音だった。
「言ったでしょ、ここでの騒ぎは」
「至って迷惑なんだけれどさ、どうやら俺はあんた達とは別口のお尋ね者らしい。皇国は喜ぶんじゃないか、ただの見せしめの男そっちのけで」
相手の言葉を切って述べたリアンは、最後に白い歯を見せた。
「それは……ダリーが解放されてからの話になるわ。たとえあなたでも無理よ。周囲の皇国兵の数を見てご覧なさい。アクションを起こした瞬間、魔導銃で蜂の巣にされる」
「リアンのお兄ちゃん……」
エリサラの考察に強く反応したのは、少年ニイオであった。
すでに涙は乾いていたはずの顔が再び曇る。
す、と浮かべたリアンの笑みは、頭を撫でた相手へ贈ったものだろう。
しかしながら彼の意識の矛先は、どうやら別の方を向いていたようだ。
「いいだろ、シャルテ」
背後に問えば、リアンは振り返る。
「ダリーがああなっているのはニイオを助けたためで、そうなったのはニイオの親父さん、カルデオが皇国兵なんかに捕まってしまったから。それで、そのきっかけは俺達だったりする」
「お前は物事すべての因果を背負うつもりか」
腕を組み、シャルテは言う。
「そうじゃない。俺は誰よりも、大切な人が困っているのをただ眺めることしかできない辛さと悔しさを知っている。だから今の俺がいる。ニイオ達の苦しみを一番理解できる。だから」
「だから――、その慈悲が正しき理由となるのか」
「慈悲なんかじゃない」
「違うものか。お前が幼少の頃より一緒のワシじゃぞ。その境遇から抱かれた気持ちは慈悲であろう」
「シャルテ。応えることは……報いなんだよ」
いつかの瞳の色があった。
リアンが時折見せるそれは、奥底から真っ直ぐに見つめるゆえの色彩。
空のような、あるいは海のような奥深さを秘める瞳が何を映そうとしているのか。
リアンが歩む人生、その半分を同じ時の流れの中で過ごしているシャルテには、きっとよく知るところだろうと思われるが。
「報い……、とな。ぬう。屁理屈ばかり達者になりおってからに」
「ダリーをあそこから逃がすだけいいんだっ。ここで皇国兵を倒そうというんじゃない」
「それでも賢き者は戦いを選ぶ。避けられる戦いへ己から首を突っ込むのは阿呆のすることじゃ」
「ああっ、教えは十分わかっているさっ。でもこれは――」
「そう憤慨するな。ワシも重々承知したうえで言っておる」
なだめる言い草と懐から何かを取り出す仕草。
シャルテの手の平には蝶を模した白い折り紙が乗る。
白い蝶はリアンへと渡された。
「ワシの力でここ一帯を火炎地獄にすることも可能じゃが、愚の骨頂であろうな。何より疲れる」
「ダリーが黒焦げになるな。あー、それでこの蝶は」
「羽ばたき始めたら、上空へ放て。幾分策と呼べる小細工じゃ。お前はどうせ、正面突破の無謀しか思いついておらぬじゃろ」
「俺は作戦を思いついてないわけじゃない。これから思いつくところだった。けど、シャルテのを採用することにしよう」
「偉くなったものじゃの。ただし、リアン。ワシはその為に、この場を離れることになる」
「その類の蝶か。なら、宿で落ち合おう」
「うむ。よいか、あのダリーとかいう鬼人を繋いでいる鎖を外したら、お前も脱兎の如く逃げるのじゃぞ。くれぐれも変な気は起こすな。お前は相手からの煽りに涼しい顔ができぬタチじゃからの。その点も注意が必要じゃ」
「わかってるさ」
「あとお前は少々、一つの物事へ集中すると周りが見えなくなる節がある。常に意識を」
「それもわかっていることにしとくよ」
「それと、じゃ」
「なあ、シャルテ。少しは俺を信じてくれよ」
両手の平で空を仰ぐおどけた態度のリアンであったが、その表情にはくたびれたようにして結ぶへの字口がある。
「これが最後じゃ。【証】はワシが見ておらんところだろうと関係ないものじゃからな。肝に銘じておけ」
念を押すような口調は変らずも、幾分誇張するように目を細めたシャルテ。
それを受けて、リアンは自分の手の甲をしげしげ眺めた。
「そうならないようにするさ」
「では。誰でも良い。ここから海峡への近道をワシに教えろ」
折り重ねる服を整え、背にある長物を背負い直すシャルテ。
有無も言わせないその鋭い眼光からすると、傍らの者に白羽の矢が立つようである。
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