第15話 皇国将軍ゾルグ





 執務室の絨毯の上。並ぶ二人の皇国兵士が民間人の装いの男を突き出す。

 その男カルデオは、背後に魔導銃で威圧する皇国兵士――、正面に皇国指揮官ゾルグ――、その奥に評議会代表のレイニードとお付きの女性高官――と、それらの者達に囲まれる。


「こんな所まで連れ出し……一体私になんの用だ、皇国将軍ゾルグ」


 発言から自分が置かれている状況に疑問符を拭えないでいるカルデオのようであったが、そこに動揺は見られず、普段通りの堂々とした態度でゾルグを見据えていた。


「お前に、要件はねーな」


 そう言って退けたゾルグは角張った肩を更に張り、強い眼光でカルデオの後ろで控える兵士を睨む。


「おい、確か俺様の聞いた話じゃ、カタナと思しき刀剣を持っていたのはみやびな女で、連れは地味な若い男だったはずだ。この中年野郎はなんだ」


「はっ。この者はくだんの不審者を捜索中、その捜索を妨害した者であります」


 一歩前へ踏み出した男性兵士が、びしりと直立したままに告げる。


「それでこいつは、刀剣の女と関わりがあるのか、ええ?」


「残念ながらこの者から件の二人組の足取りはつかめておりません。しかし私の指揮の元、全力で捜査を進めております。不審者を捉えるのも時間の問題――っ」


 途切れた兵士の言葉、いいやその原因を作ったゾルグが歩み出た瞬間だった。

 払うような横殴り。巨躯から放たれたバックブローがカルデオを襲った。


「カルデオっ」


 レイニードの悲痛を帯びた叫びの中、人一人が部屋の隅まで吹っ飛び転がれば、青ざめた兵士の眼前には鬼の形相のゾルグが立つ。


「俺様の命令は例の二人組をここへ連れて来い、だったはずだよな? それがこの有り様だ。つまりお前は上官の俺様の命令に背いた逆賊兵士になるな、ええ?」


「ゾ、ゾルグ将軍! お待ちをっ、待ってください。必ず、本日中に必ず捉えて、将軍っ、ゾルグ将軍っ、どうか、どうかっ」


 じりじりと迫るゾルグに圧倒的な怯えで後退りをする兵士。側の兵士も然りである。


「軍法に基づき、無能な兵士のお前には処刑を言い渡す」


 形容し難いものの、微かな発生の音が”在った”。

 それに伴い両拳を包むようにして灯した。赤に近い揺らめく光。

 ゾルグの『アカツキ』を宿す拳が、大きく振り上げられる。

 そして、そこに向けられたるは息も荒い兵士からの銃口。


「いいぜ、撃ちたきゃやりな」


「うあああ」


 恐怖の色が濃い兵士の男。構える魔導銃の引き金が、半狂乱といった様子で引かれた。

 至近距離で立て続けに放たれた数発の魔力弾。

 刹那の閃光であった。

 弾道の後に残る赤き光の帯の残像。

 素早く繰り出されたゾルグの両拳はその宿るアカツキで、速射された魔力弾を一つ残らず消滅させた。


「ふんっ」


 ごう、と執務室の中に短い風の唸りが起きた。

 ゾルグの下から突き上げ押し出すような一撃。

 前方へ大きく帯を広げるそこには上半身を丸々失った兵士の哀れな姿がある。

 残る下半身はどさりと倒れ、絨毯の色を濃く染めた。

 ゾルグの視線が、嗚咽おえつする高官と気丈であろうとするレイニードを一瞥。そうして、棒立ちの配下の兵士へと注がれる。


「今後はお前が捜索部隊の指揮を執れ」


「……はっ。了解しました」


 一拍ののち、背筋を伸ばした兵士は同僚のむくろを素通りし、隅で倒れる男を掴み引き起こす。

 連行されるカルデオの表情は痛々しくその額には脂汗が滲む。

 そしてカルデオは出口へ向かう最中、何度も振り返り一方を見つめた。


「レイっ。今のまま、こんな非道な連中の手を借りた独立になんの意味があるっ。まだ間に合う。皇国とは手を切れ。君が望む未来と私が望む未来は一緒だったはずだっ。そうだろレイ、レイニードっ」


 閉まる扉によって、カルデオの強い声は途絶える。

 それを黙って見送ったレイニード。


「よく理解しているつもりよ……。貴方も言ってたじゃない。革命には痛みが伴う。きっと……あともう少ししたら、貴方も私を許してくれると思うわ」


 呟きはとても小さく、恐らく傍らでうずくまる高官、そして不敵な笑みを浮かべるゾルグにも届くことはなかっただろう。


「ふっ、知り合いだったか」


「ええ、グックを愛してやまない彼こそが私の同志よ」


「その同志を収容所へ送るとは、お前も意地が悪いな、ええ? レイニード」


 がさつな笑い声を携え退室しようとするゾルグの後ろでは、レイニードが

目をつむり奥歯を噛み締めるような口角の硬さを見せていた。

 そのレイニードから遠退くいかつい背中が、出口を前にして止まる。

 

「皇国はこれからの戦争に、空からの軍事力が必要になると判断している。だからグックの飛行機関の技術が欲しい。単純な話だ。そしてそのためには、ここの技術者とそいつらが使うここの施設を抑えることになる、が。命令とは言え、まどろっこしいのが嫌いな俺様にはこれが難しい。なんたって俺様が得意なのは、片っ端から敵をブチ殺す殲滅作戦だ」


 そこまで喋ると、ゾルグはゆるりと振り返った。

 そして――、

 

「レイニード。あまり勘違いはするなよ。お前は今回軍司令部が立案した面倒な戦略の要因でしかない。民想いの良き評議会代表でありたいなら、俺様の機嫌を損ねないよう努めろ」


 抑揚のない脅しを残し、この場を去る。

 ただ黙って静かに受け止めたレイニードは、未だ嗚咽が収まらない高官の肩へそっと手を添えた。

 眉をひそめる険しい顔。

 ゾルグのような野蛮な者からの命を奪う――それも相手をいとわないとも読める脅しを聞けば、誰もがそうもなるだろう。

 しかしレイニードの感情には恐怖以外のものがうごめいていたようにも思える。

 憤り、後悔、覚悟。

 揺れ動く瞳の強弱の光が、複雑な心情を伝えるかのようであった。



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