【 Ogreval――11~】
第11話 シャルテが脱げば、リアンが出張る脱出劇 ――②
――カチャリ。
軽快な解錠の音が鳴る。
シャルテは
そうして、近くでずんぐりと寝そべるダリーを枕に見立て、眠るニイオをそっと預けた。
「大魔術師も、この針金には頭が上がらないだろ」
乱れた襟元を直すシャルテへ、リアンが一本の細い金具を得意気にかざす。続いてあくびが一つ。
「ワシの魔術は、例えば指先に高温度の炎を生み出し鉄を溶かすことも可能じゃ。しかしその場合、ワシの柔肌が火傷して大変なことになったじゃろうな。魔術では傷を癒やすことなどできぬからの。これしきのことで無理をする必要もなかろう」
負け惜しみと受け取ったのだろう。
リアンは手にする針金を、気分も良くベルトの隠しポケットへ戻すようだった。
「それよりも、大層眠たそうな
「気のせいだろ。けど、気のせいついでに聞くけどさ、なんでこんなとこに魔術模様を描いたんだよ」
ジャケットの胸板が、立てた親指でトントンと突かれる。
「眠りを促進させる”蒼い蝶”は視覚を通して働くゆえ、相手の視線を釘付けにするところに描いておったほうが効果的。即ち、ここしかないであろう」
シャルテは胸元を目立たせるように両肘を抱く。
「しかしながらそうはいっても、誰もがニイオのように素直に眠りに落ちるとは限らんし効果も一時程じゃ。撃退と呼べるほどの魔術でもない。そもそもこれの用途は、悪漢に襲われた時を想定してのものであるしの……」
テーブルに預けていたカタナを回収。
帆布に
「では、行くとするか」
「なあ、シャルテ」
外の出口へと先ゆく相方を呼び止めたリアンの表情は硬い。
そして、ポリポリと掻かかれる短い黒髪。
「確認したはずじゃぞ……ゾルグとかいうおまけが加わったが、ワシらの目的はあくまでもエルヴァニアへ向かうこと」
「わかっている。この旅はエルヴァニア王の力になることを目的にしている。けどそれは俺達が皇国を倒すための力になるってことだ。だったら、皇国相手に戦おうとしている彼らに手を貸しても問題ないだろ」
語気をやや強め、両の手の平を天井へ仰ぎ見せるリアン。
その眼差しは傍らで眠る少年へと向けられていた。
「ニイオにかつての少年時代を重ねたか」
「きっと
「彼らの力になるはず。お前はそう言うだろうが、暁騎士なら、安直に関わるべき事柄ではないと判断するであろうな」
リアンの台詞を奪い、ぴしゃりとシャルテは言う。
「むろんお前もワシも暁騎士ではないゆえ、この場合のあやつらの考えなど知る由もないが、長く生きるワシのほうはお前より多くの暁騎士を見てきておる」
「ああ、知っている」
ぶっきらぼうながらも、リアンのそれはシャルテの言葉の事実を認めるものである。
「よいかリアン。彼らの敵が皇国であったとしても、それは
「政権が皇国に乗っ取られているんだ。彼らが反乱者と見なされるのは仕方がない。でもそこに自分達の街を皇国から守ろうとする正しさはある。皇国は世界の悪だとシャルテも言ってただろ」
「ワシもその正義を否定するつもりはない。そのうえで言っておるのじゃ」
「ニイオ達の問題だから首を突っ込むな。そう言いたいんだろ」
「そのように取るもよし。これはお前が自身の心に問うべきことじゃからの。ただお前は、一度痛い目を見ておるだろうに」
「どのことだよ。いいや、なんのことだよ」
「修練の最中大怪我を負ったお前は付近の者に命を助けられた。お前は恩義もあり、その者達を襲う敵対者と戦った。結果どうなった?」
「状況が違うだろ……あれとこれとじゃ……」
リアンは口ごもる。
「元々その土地にあった民族間の争いに、お前という”相当に余計な力が介入してしまった”お陰で、均衡が崩れた争いは双方の民族が存続できなくなる末路となった。すべてがお前によって招かれたものじゃとは言わんよ。暁騎士の言葉を借りるなら、その民族同士が長きに渡って作り上げた因果の一部となってしもうた。ただそれだけじゃからの」
「だからグックのことも……まずはよく見定めろと」
「であるな。それがワシも知る暁騎士の教えじゃ」
二人の間に沈黙が訪れた。
鼻を鳴らすシャルテがそれを先に壊すようで。
「それに知っておったか。どうやらワシらのほうが厄介事のようじゃった」
「俺はとっくに知っていたさ」
「なら、早々に立ち去るべきがニイオ達、彼らのためじゃろうて」
この会話を最後に、シャルテはくるりと回りすたこら外へと向かった。
地下倉庫へ残されたリアンはジャケットの懐をもぞもぞ漁る。
そこから取り出された硬貨が数枚、テーブルの上に置かれた。
「ニイオ……後でナムにでも渡しておいてくれ」
リアンは曇る顔をそのままに、この場を去るのだった。
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