第10話 シャルテが脱げば、リアンが出張る脱出劇 ――①
「ふお、ふおお。どうやら胸の谷間に虫が潜り込んようだ。どうしたものか。両手を背に回すワシにはどうもできん。ふお、ふおお。もぞもぞもと気持ち悪い。困った、困った」
シャルテが奇怪な声とともに、もじもじと身をよじり出した。
座りながらに慎ましやかな胸が強調させる。
煌々と灯るランプの明かりの揺らぎの中にあったその姿は、奥のダリーからは注視を。傍らのニイオからは事の成り行きを見守る素振りをもらい受けた。
「谷間なんて、アスーニ平野くらいないだろ」
「お前に話しているのではない」
冷然たるリアンが一喝されたあとは、シャルテの懇願するような眼差しがニイオへと向いた。
「僕、虫平気だよ? とってあげようか」
色彩艶やかな織物が重なる襟元が突き出される。
そこから服の中へ潜り込んだらしい虫を求めて、小さな手が潜行しようとするが。
「ニイオや。なんだったら遠慮もせんと、ぐいっと、もう少しワシの胸元をはだけさせてくれても構わんのじゃぞ」
「うん、わかった。そうする。すぐ捕まえるから待っててね」
広がる襟元に合わせて、隠れていた華奢な鎖骨と白い胸元が露わになってゆく。
「あれ、これなんだろ。ねえ、シャルテお姉ちゃん。ここにある……胸の真ん中の、ちょうちょ……なあに……」
僅かに膨らみを帯び始めた白い肌の辺りに描かれた蒼い蝶の模様。
実物と大差ない小さな絵柄のそれも、よくよく細部まで観察すれば魔術に用いる記号や文字をちりばめた図形だということが分かるが、いずれにせよ、ニイオにそれを理解する余裕も知識もなかっただろう。
起こす頭がかくんと
シャルテに体を預けるニイオは、すやすやと寝息をたてた。
「子供は眠気に耐性がないとはいえ、効き過ぎるくらい効いたの……。すまぬな、ニイオの坊やや」
銀の頭が俯くと同時に、二人の男が動く。
一人はダリー。
荒くする鼻息で異変に気づいたことを教えてくれる大柄な男が、低い天井を更に低くするようにして寄って来る。
一人はリアン。
胡座を掻く床へ背面から転がってすぐ、バっと跳ねて一気に立ち上がった。
その両手は自由を取り戻しており、右手は持っていた鉄の枷を端へと投げ捨て、左手は持っていた細く短い鉄の棒を仕舞うように腰のベルトを
――地下倉庫の中、乾いた笑みを浮かべ相対する男ら。
立場は監視する側とそれに従わない意思を見せた側で相反するのだから、当然彼らの笑みの裏では緊迫感が広がっていった。
じわりと互いの間合いを詰めてゆく――緊張の立合いはそのように展開されると思えたのであったが。
「ダリーごめん。先に謝っておくよ」
言葉とともに、リアンがその身を素早く横に振った。
地面が一つ蹴られれば、更に速さが加速。
瞬時に上背のある相手の懐へ潜り込み、掌底の突き上げを繰り出す。
真っ直ぐに伸びた腕の先では、顎を突き抜かれたダリーがガフっと声を漏らし天井を仰いだ。
――そして……分厚い手に捕まる。
ダリーがリアンの腕をぎゅうと掴む。
よいしょとその顔が定位置へ戻れば、丸太のような太い腕でぶんっと掴む物を壁へ向け投げ捨てた。
リアンは硬い棚にがんと背を打ち付け、尻から床へと着地。
そこへ降ってくる傾く棚からの落下物。
「おっと、よっと、うおっと」
右手と左手、更には両足で受け止められた物品達。
陶器の器も混ざるそれらをそっと置いて、立ち上がるリアンはジャケットの襟を正す。
一方のダリーは、出入り口を背に通せんぼの構え。
「ダリーあんた、『
「いきなりどうした兄ちゃん」
「いやさ、さっきの気絶させるつもりで殴ったんだけど。デカくて頑丈な奴は、大体そうだよなと思ってさ」
「そこそこ堪えたさ。鬼人だろうと普通の野郎ならあれで終わりだろうよ」
顎をさすりながらにダリー。
己が特別だと含ませた物言い。だが、リアンの人の意識を絶つ技の練度を称えたようにも聞こえる。
「まったくよお。下手に抵抗されると加減できねんだ。大人しくしてりゃあ、痛い目に遭わずにすんだのになっ」
ぐわっと前へ巨躯を押し出したダリーは、上から下へ狩るようにして豪腕をふるう。
リアンはそれを華麗な体捌きで
ぶおん、ぶおんとダリーの攻撃が空を切る中、後退するリアンの背中が壁に触れた。
「と――」
両腕のブロックで対応したリアン。
だが、ダリーの薙ぐような攻撃を受け止めれはしたものの、またしても腕ごと掴み取られ投げられた。
更に今回は、壁ではなく天井へ舞い上がる。
それゆえ、背中を打ちつけたリアンはそのまま重力に引かれ床へと落ちてゆくのだが――。
「苦しいのは我慢してくれ」
天井から落ちながらも、ダリーの首へその脚部を巻きつけた。
体は逆さまに、リアンがダリーの首からぶら下がる格好となる。
「ぐふ……この野郎、俺をこのまま……絞め落とす、つもりか」
苦しむ声はたどたどしく。
ダリーはリアンを剥ぎ取ろうと
それはつまり、重い巨躯が屈みこむようにして膝を折った結果だった。
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