第8話 少年のオーガ――②



「ねえ、ダリーおじさん。どうしてリアンとシャルテは手錠をしてるの?」


 卓上にランプを乗せるテーブルへ、相手を見上げながらに投げ掛けられたニイオの素朴な問い。

 帆布に包まる長物の口紐を解いていた無骨な手が止まる。


「なんだあ……あれだ、俺がここに来た時にゃ、そんな感じだったから知らねーなあ」


 歯切れが悪い声に、ニイオは質問する相手を後ろへ変えるようだ。


「ねえ、リアンのお兄ちゃん。なんで?」


「あー、なんでだ、シャルテ」


 少年の疑問のバトンは、同じく床に腰掛ける隣の者へと渡される。


「まったく男共は、図体ばかりがでかいだけで機転が利かぬのお。ニイオの坊やや、ワシらがこうして鉄の枷をハメているのは報いじゃ」


「むくい?」


「罰と言ったほうが良かったかの。少々、ここにあった食料を盗み食いしてしもうてな。その仕置きじゃ」


「シャルテとリアンは、お仕置きされているの?」


 ニイオがどぎまぎしながら、ダリーやシャルテ達を交互に見る。


「ニイオや。そう不安そうな顔を向けるでない。悪い事をすればその行いを反省せねばならぬものじゃろ」


「うん……」


「ワシらは望んでやっておることゆえ、むしろ悔い改める機会を与えてもろうたと思っておる」


「食い改める。つまり違うものを食べるためってことだな」


「ええい、いらぬ戯言を挟むでない。ややこしくなるじゃろうが」


 ニイオの眼前では、銀の頭がジャケット革の上着の肩を叩いていた。


「途中でよくわかんなくなったけど、シャルテやリアンがツラくないならいいや。あ、それとね。シャルテのお姉ちゃんってすごく可愛いのに、なんでおばあちゃんみたいな話し方するの?」


 追加されたその問いに、シャルテの小さな口が真ん丸に開く。


「聞いたかリアンよ。さすがは素直な子供の見る目は違うの」


「ああ、だな」


「ワシがすこぶる可憐じゃと」

「年増だとすぐ見抜かれたな」


「気をつけろよニイオ。尖る耳先からみて嬢ちゃんは魔人マトのようだからな。もしかすると、俺よりご年配かも知れねえかもな。年の割に幼く見えるって話はよく耳にするからよお、かっかっかっ」


 シャルテの頭が再びリアンを攻撃する最中、奥からダリーの大きな声が割って入ってきた。


「ま、女の年を聞くような野暮をするつもりはねえから安心しな。ただよ、魔法陣なんてもんを見ちまうようなら遠慮はできねえから、そのつもりでいてくれよ。魔術師かも知れねえ嬢ちゃん」


 ニイオの肩越しからの警告と受け取れるダリーのそれは、『魔人』ならではの特性に起因したものであろう。

 魔人は『人』に比べると、小柄であり長寿でもありなど少なからず差異は認められる。

 しかしその中でも、特質すべきは魔力を扱う素養の高さだ。


 世界の理の力の一つである魔力。

 その力を魔術と呼ばれる形式で行使するには、魔力そのものへ対する適正と知恵や技術が必要になる。

 シャルテのような魔人はそれらにひいでており、大陸随一と認知される特性からダリーがシャルテに魔術師を結びつけようとしてもなんら不思議ではない。


 ただし、近状では事情もやや異なる。

 『魔力炉』を必要とするものの、魔導銃のような武器を始め魔術を介さない魔導技術の登場により、魔力を扱うことが万人のものとなった。

 そしてそれは魔術の衰退へと繋がったようで、ダリーがシャルテを魔術師と断定しないあたり如実に表れている。

 

「……と念を押して言ってはみたものの、今時魔術なんて古風なもん使う奴もいねえし、こいつを持ってたところをみると杞憂きゆうだろうな。んでよ、それはそれとして。おい、ニイオ。こっちへ来てみろ。お前が喜ぶもんがあるぞ」


 帆布が脱ぎ捨てられた卓上。

 その傍らでダリーが掲げるのは、程よい長さに緩やかな弧を描く一本の黒き品物。


「あ! 『カタナ』だ」


「触るのは無しだ。眺めるだけだ。いいな」


 飛びつくように駆け寄ってくるにニイオに、手にする物を更に高く持ち上げダリーは言う。

 ニイオは、うんうん、うんうんと繰り返し頭を縦に振りながら、早く早くと言わんばかりに目を輝かせる。

 急く少年が望むものは、黒き鞘へ収まる中身なのだろう。

 ダリーが柄の部分へ手を掛け、すう――と刀身が引き抜かれれば、ニイオの瞳の輝きは周りの明かりを打ち消すかのように強くなる。


「うわ、すごい……本物だあ」


「刃こぼれ一つしちゃいねえ。俺は武器職人じゃねえが、こりゃ業物とみたね」


 刃を水平に渡す刀身は、片方をつぶる目より見定められる。

 綺麗な鋼色には波打つ模様が薄っすらと浮かぶ。


「魔導銃全盛の時代に近接武器とは、えらく変わった趣味だな。しかもカタナとは。かっかっかっ、まさか嬢ちゃんもニイオと同じ暁騎士オーガ信奉者ってんじゃねえだろうな」


「ワシは『錬成術師』と名乗るどこぞのうつけのお陰で作られた魔導銃が嫌いでな。それだけじゃ。その長物ながものは、たまたま暁騎士が好むカタナというだけで、護身用はむろん杖代わりに良くての」


 シャルテの喋りが終われば、チン、と鳴った硬い音とともにカタナの刀身が元の鞘へ綺麗に収まった。


「ええ、ダリーおじさんもっとおっ、もっと見せてえよお」


 ニイオがダリーの腰を掴みぐいぐい揺するが、子供の駄々くらいでは大男の重い体は微動だにしない。

 いつものことなのか。早々に無駄だと悟った様子のニイオが倉庫の角へ潜り込む。

 そうして何やらもぞもぞっと動いた後に、ダリーには見向きもせずシャルテとリアンの方へとまっしぐらである。


「ねえねえ、見て見て。僕もナムが作ってくれたカタナを持ってるんだ!」


 腰に掛ける金具を通してぶら下がる武器を、これ見よがしに見せつけるニイオ。


「ほほう、これはまた可愛いカタナじゃな」


 シャルテの物からすると鞘の長さは丁度半分となる。

 その中身が、しゅるしゅると抜かれていった。

 木目のある刃。


「へえ、木の刀身かあ」


「うん。本物はアブないからダメだって……」


 リアンに顔を曇らせ返したニイオ。

 だがそれも一時のことのようで、表情がぱっと明るいものへと変わる。


「でも、僕がもう少し大きくなったら、ナムが本物を作ってくれるって約束してくれたんだ」


「じゃあそれも、世界で二つとないニイオだけのカタナということになるな」


「うんうん。そうなる! 僕だけのカタナ」


 余程リアンの言葉が嬉しかったのか。

 ぶんぶんと木の刃を振り回す姿からは、溢れんばかりの喜びが伝わってくる。


「ねえねえ、リアンとシャルテは知ってる? オーガの教えにはね、強くなるために毎日ケイコをするといいっていうのがあってね」


「いかなる高みへ登る者とて、日々の鍛錬こそが最善への近道である。であったかの」


「そう! シャルテのそれ。タンレン。だから僕、毎日こうやってタンレンをやっているんだ」


 えいっ、やあっ、の掛け声とともに木刀が縦に振り下ろされ横に薙ぐ。

 突然始まった、小さな剣士による大味な剣術の舞踊。


「ニイオは偉いの。どこぞの怠け者に爪の垢でも飲ませてやりたいものじゃ」


「足腰の鍛錬ならここに来る時、済ませておいた」


 シャルテの呟きにリアンがそう呟き返す頃になれば、肩で息をするニイオの全力舞踊も一段落したようだ。

 そうして、普段は見上げる必要があるそれも床に座る相手には必要もなく、ニイオの瞳はただただ真っ直ぐ向くだけでリアンとシャルテを捉えた。


「僕ね、オトナになったらオーガになるんだ」


 に、と少年の笑顔が咲く。

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