第7話 少年のオーガ――①



 大陸の慣習では成人と見なされる十六のよわい

 それに相応しい成熟者かどうかはさておき、少年ナムがニイオを引き連れ、騒々しい慌ただしさとともに地下倉庫へ駆け込んできた。


 テーブルを囲むカルデオ達へ向けられる少年達の焦燥感。

 酒場の主を父親に持つナムの腰には仕事用の前垂れが巻かれており、ニイオがその腰の帯をぎゅっと掴んでいた。


「カルデオさんっ。奴らが親父の店にっ。皇国に反抗したよそ者の二人組みを探してるとかで、店の中を荒らしまくっているんだっ。ニイオに聞いたら、そのよそ者がここにいるってそれで。とにかく、店が大変なんだっ」


 ナムの興奮の矛先は一度隅のリアン達へ方向を変えた後、また正面のカルデオへ戻る。


「そうか。ジムの酒場に皇国兵が……分かった」


 どっしりとした威厳を感じる態度でナムの言葉を受けたカルデオ。

 軽く伏せた顔が起き上がれば、後ろで控える仲間へ指示が飛ぶ。


 始終寡黙だった帽子を被る男性には同行を。並ぶ女性には、


「酒場の騒ぎは私が行って鎮める。エリサラは他の仲間達が早まった行動を起こさないよう、そのことを伝えてくれ」


「了解したわ」


 細身の影がナムやニイオをすり抜け階段を上った。


「ダリーはここでナムとニイオ、そして彼らを頼む」


「おう」


 野太い声が返れば、鋭い視線がリアンを刺す。

 相手が苦い笑いを浮かべてかわした大男の威嚇するような行為。

 それを見やるカルデオもまた、強張る面持ちでリアン達と向き合う。


「リアンにシャルテ。ダリーはエルヴァニア王国軍の元兵士だ。それも武勲を持つ優秀な兵士だった男だ。彼がここに残る意味は理解してくれるね」


 荒事に慣れた仲間の意図を察したのだろう。

 ナム達が持ち込んで来た事態に乗じて、現状に抗うようなことを試みても無駄である。そう解釈できるカルデオからの忠告であるが。


「のう、皇国兵はワシらを目的としておるようじゃし、ワシらが問題が起きておる場所へおもむくというのはどうだ。ただし、このままでは困りものではあるがの」


 後ろ手にハマる枷を相手に見せるようにして、シャルテが上体をひねる。

 その相手を買って出たのは、無精髭の大男。

 

「皇国兵の注意を引いて酒場から追い払うことくらいは請け負う。嬢ちゃんはそう言いてえんだろうが、それができたら苦労はしねえな。事が終わったらまたここへ戻ってくるってんなら話は別だがよ。お前らはそんなに間抜けか?」


「俺だったら戻ってこないな」


「ワシもじゃな」


「だろ」


 リアン、シャルテ、ダリーは互いの意地汚い笑みを見せ合う。

 そうした隅の様子を尻目に、カルデオが地下倉庫を後にしようとする時だった。その背中が少年ナムから呼び止められる。


「やっぱり俺も行くよ。親父が心配だし自分の店のことだし。いいよね、カルデオさんっ」


「……ナムも来なさい」


「待って、僕もっ。僕も皇国兵と戦う」


 年の離れた友人と父親の後を追うようにしてニイオが言う。


 息子の申し出に振り返えるカルデオは腰を落とし向き合った。

 そして言葉が述べられずとも、親子の間では返答は伝わったのだろう。

 穏やかとは言えないまでも、あからさまに険しい眼差しでもないカルデオの見つめる先では、俯き顔を逸らすニイオがいた。


「父さんは戦いに行くんじゃない。話し合いに行くんだ。ニイオはここでダリーと一緒に居なさい。分かったね」


「カルデオさんは、ニイオが大切だから連れて行かないんだからな」


 カルデオの大きな手がニイオの頭の上に乗れば、ナムの声も乗ってくる。


「……わかった」


 渋々といった、か細い声。

 頬をいっぱいに膨らませたニイオに見送られ、カルデオ達は外へと出て行く。

 少しだけ広さを取り戻す地下倉庫には、大男のダリー、少年ニイオ、鉄のかせに繋がれるリアンとシャルテが残ることとなった。


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