第6話 革命の民
地下倉庫は
その複数の明かりがもっとも強い場所で、テーブルを囲む者達がいる。
――ランプに揺らめく立ち姿は四つ。
極端に老いた者の姿はなく、女性も混ざる彼らのその年齢はまちまちのようであるが、総じて青年リアンよりも歳を重ねた大人の集まりであろう。
またその簡素であり一般的な服装からグックの住民達だと思われた。
そして彼らは時に、
――自らを『革命の民』として称する。
そのような彼らが話し合いを行う室内の隅。
少しだけ暗がりになるそこで、リアンは
隣では、背負っていた長物を取り上げられたシャルテが、ぺたんと腰を据える。
大人しく床にて座する二人は、後ろ手にごてごてとした鉄の枷をハメられた拘束状態にあった。
「なあ、シャールウ・シャルティアテラ。話し合った結果が今のこれなんだが」
「視野を広く持て。お陰であの者達からグックの現状と内情を聞き出せたではないか」
「お陰で手錠までされて、軟禁状態に
「盗賊小僧上がりのお前なら、このくらいの枷いつでも外せように。何度目じゃ、いつまでもくどいのお」
小声で言い合う二人がこのような有り様となったのは、かれこれ半時ほど前になるだろうか。
経緯としては、偏に見つけられただけの話。
当初は上手く身を隠せていたようであった。
だが残念ながら、『革命の民』の一人が酒樽の中身を注ぎに来たところで御用となってしまう。
見知らぬよそ者が、中の物品を漁られた形跡のある秘密の地下倉庫にいては致し方がない末路――ではあるのだが、リアンは皇国兵士を一蹴できる実力を持ち、シャルテも魔術なる非凡な力を扱える。
ならば、たとえ数で劣っても彼らの捕物など難なく切り抜けられたことだろう。
けれども、そのような結果には至らず。
身の潔白は延々述べていたが、二人は無抵抗で縄につく。
実力行使に及ばなかった理由ははっきりとしない。
しかしどうやら二人は、彼らを障害であろうと善良な者達でもある相手と判断し、荒々しい解決を望まなかった。それは確かなようだ。
「それで、カルデオ。そこの若い彼と小さなお嬢さんは、どうするつもり」
中央のテーブルから大きくこぼれた女性の声。
当事者である隅の二人にも聞かせようとしたのだろう。
彼女が口にするところの、若い彼と小さなお嬢さんは言い合いを中断し、素直に聞き耳を立てたようだ。
二人が見上げる向こう側では、細身の女性へ、がっしりとした風体の男性が顎をなでる仕草を見せつけている。
「彼らには悪いが……やはり、作戦決行のその日までは、このまま監禁するしかないだろう」
低い声が物騒なことを述べれば、地下室の隅へと声の主たるカルデオの眼差しが注がれる。
彼の
犯罪者収容所解放計画の密談――『革命の民』の作戦会議の場に居合わさなければ、計画を耳にすることもなく、鉄枷まで使われ拘束されることもなかった青年と少女。
そして、幸か不幸か。件の青年と少女にとって、カルデオ達『革命の民』との出会いは街の実情に触れる機会となる。
彼らの話からだと、百の人員から成る組織『革命の民』。
エルヴァニア政権からのグック独立を掲げる組織の活動は、数年前から行われていた。
その内容は、数十年前まではしっかりと存在していたグックの社会を、エルヴァニアの民としてではなくグックの民として後世へ残す、民族主義の思想を広める運動であったようだ。
この運動には賛同者も多く、本国エルヴァニアからの自治権を得るまでに民衆の声を集める。
しかし現大陸の情勢から、エルヴァニアからの離脱に不安を抱く独立反対派の声も大きく、それは独立に湧き立つ熱意への抑止となった。
飛行船に付随して、魔力銃にも欠かせない『
グックは独立に向けた自治政府を樹立するも、国家として踏み切れない状態にあった。
――そのような中、グックに更なる混迷をもたらす痛ましい事件が起こる。
ひと月前になるだろうか。
独立反対派の代表格であり、自治政府の要人であるコーリオ議員が爆破によって殺害されたのだ。
犯行声明から『革命の民』による犯行とされた事件に、濡れ衣だと怒りの色を見せ、思想は違えど叔父でもあるコーリオの死に悲しみの色を見せたカルデオ。
その彼の見解によれば、この出来事をきっかけに独立派反対派の武力抗争や内部争いが激化しただけではなく、内政干渉も甚だしくラス皇国の軍隊が内乱鎮圧のためグックの街及び自治政府へ介入してきたらしい。
今となっては、軍事による救済の名の下に蔓延る皇国軍によって、民衆が
更に内通者の情報通りなら、この収容所送りとなった者達が近々、労働者として皇国本国へ搬送される。
ゆえに、カルデオ達『革命の民』は決起した。
同じ街で暮らす民を救う為、収容所を解放する算段を着々と進めていた、その最中であった――――。
「のう。カルデオとやら。そう神経質にならんでもよいのではないか。こういってはなんだが、ワシは最近物忘れがヒドくての。それにこっちの
「あー、俺の頭は特段緩くはないけど、口は堅い。それはもう二枚貝のように固い。あんたら海の街の人だからわかるだろ。安心してくれ」
二人の訴えに、見上げる先の者達が納得する様子はない。
カルデオの背後からは、妙齢の女性がその細身を現す。
「命を奪うようなことはしないから。それに今みたいに大人しくしてくれたなら、これ以上手荒なことはしない。約束するわ」
「ふーむ。約束とは交わすものじゃと思うが」
「かっ。口が達者な嬢ちゃんだな。ま、もっともな言い分だけどな」
シャルテにそう言い、端から笑みを携えのそりと寄って来るのは、この集まりの中で一番どっしりとした風貌を持つ大男。
その恰幅の良い仲間の歩みを、カルデオの手が制した。
「うちの息子が関わったことでもあるし、どうにかできるものならこんな仕打ちは避けたい。しかし、我々の奇襲作戦に失敗は許されない。万が一の情報漏えいがあってはならないのだよ。納得出来ないだろうが、三日程ここに閉じ込めさせてもらう」
「嬢ちゃん達に落ち度はなかった。ただ運がなかったって話さ」
かっかっかっ、と笑う大男の皮肉に、シャルテとリアンはどちらが不運だったのか、互いにそれをなすりつけ合うようだった。
「それはそれとして、カルデオ。ニイオにはしっかりお灸を据えておけよ。志は『革命の民』の一員として認めてやってはいるが、普段からここへは立ち入るなと言っている」
「ああ、すまない。私が甘かったようだ。ダリーの言う通り、息子にはきつく言い聞かせておくよ」
「あー、お二人さん。ちょっといいか。その、ニイオを叱らないでやってくれ」
軽い調子の声が、男らの会話を割って呼び掛ける。
それはリアンのものであるのだが、その声の調子に似合わない眼差しが伴っていた。
「俺はこうして笑えない結果を迎えてるけどさ、あの子のほうは困っていた俺達を助けた結果なんだ。だったらあんたらがやるべきことは、ニイオを誇らしい笑顔にさせてやることだろ」
鉄の枷に繋がれる様は
しかし堂々と胸を張るリアンのその様は、言葉が示す少年の行動の正しさを晴れ晴れしく周りへと伝えるには十分なもののようであった。
また、隣のシャルテの目を優しく細めさせたそれでもあった。
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