第5話 逃走の果て ――③
地下室にあった物品で簡素な昼食を済ませた二人は、室内を物色しつつ今後の動向について話し合っていた。
棚の下部にて覆い被さる厚手の布をめくるシャルテは額にシワを寄せており、テーブル傍のリアンは干し肉をかじりながらにあれこれ見て回る。
「ふーむ。悩ましいの……。今は
「シャルテ。教えにはこうある。流れに抗うことだけが未来を切り開く術ではない。時にその流れに委ねるのも大切である」
シャルテの背中の呟きに、リアンが得意げに応えた。
くるりと銀の頭が翻る。
「委ねるも然り、故に見定めることが大切である。この文言が抜けておるぞ」
「俺の見定めだと、干し肉がないよりあったほうが嬉しいし、シャルテも葡萄酒はないよりあったほうがいいだろ」
「ワシを酒飲みに仕立てるでない。ま、それはそれとして、お前の楽天さはある意味見習うべきところでもあるな」
頬を膨らませた後のシャルテの額からは、逡巡を表すシワがなくなる。
しかしながら幾ばくもなく、穏やかだった彼女の表情が凛と引き締まる。
「リアンよ。まるで食料を隠すような地下室といい、街頭で出くわした皇国兵といい、おそらくグックは健全な状態ではないであろうな。お前も皇国の勢力下にある街々を見てきたから分かるじゃろ」
「どこも皇国兵が力を誇示するように出歩いていた。皇国軍人以外の人々は住まいや食料を皇国から摂取され苦しみ疲弊していた。ラス皇国は人々の自由を奪う国だ」
その声音からは陽気さがかげる。
「そうじゃ。恐怖政治を行う皇国は民衆の悪である。そして、
「――増すばかり。だから、もうグックも皇国の支配下に落ちていると?」
「どうであろうな……。思い込みは眼を曇らすよって注意が必要ではあるが、この街も大方それに近い状況下にはあるのではないか。リアンこれを見よ。仮にここが酒場の倉庫だったとして、似つかわしくない物が並んでおる」
シャルテがリアンを棚の下へ促す。
既に覆う布を剥がされていた場所には、黒光りする
「戦火が著しいこのご時世、武器の一つや二つ隠し持っていてもさほど意に留めることではないが、数が多過ぎると思わぬか。もはや組織的に所持しているような量じゃ」
「これだけの武器があれば、皇国兵とも一戦交えられるな」
「それに、ニイオの坊やが言っておった。ここは僕達の秘密基地だ、”敵”には見つからない、とな」
「じゃあここは、ただの地下倉庫じゃなくて皇国反乱の基地。皇国兵と戦おうとするグックの人達の拠点の一つ……」
「さあな。しかし、武器を手に皇国へ牙を剥く者達がいるとするなら、最悪ワシらの目的である飛行船にも影響があるやも知れん。騒乱状態であればすんなり乗船できるとは思えんし、ワシのあずかり知らぬところで、もう既にエルヴァニアと皇国が表立って対立しておるなら尚更じゃ」
「外は海峡に飛び込んでもいいくらい晴天だったんだけどなあ。雲行きがとことん怪しい」
「まったくじゃて。ワシらの到着を首を長くして待つエルヴァニア王には、あと少し気を揉んでもうらうことになるやも知れんの」
腕を組みシャルテがボヤいた時である。天井を仰ぎ見ていたリアンが、その口元に人差し指を立てた。
静まる地下室では、上部からのくぐもった物音が聞こえる。
まずは次第に大きくなった人が歩く音。次に物が動き置かれる音。
「ニイオの、子供の足音にしては重い。それに複数だ」
「良く当たるワシの勘じゃと、面倒がやって来た気がするの……」
「鼻の利く皇国兵が、ここを探し当てた可能性とかは」
「無きにしも非ず、じゃな」
「ひとまず、そこの酒樽の裏にでも隠れて、様子をうかがうってのはどうだ」
積まれていた酒樽の物影へ二つの人影がさっと忍び込めば、魔術で創り出していた光の球がふっと消滅する。
――暗闇の中、リアンとシャルテはじっと息を殺し潜む。
入り口が開かれると、ぞくぞくと足音が降りてくるのであった。
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