ep6

「ありがとう」


 耳元で女性の声がし、目を覚ますと周囲には星空が絨毯のように敷き詰められ、地に足が着いたような感覚がない事に強烈な違和感を抱く。

 まるで宙に浮いているかのようだ。


「ありがとう。ロベルトをここに連れてきてくれて」


 そうだ! 私はロベルトと一緒に壁の中に... ...。

 今の状況に至るまでの過程を思い出すと、目の前で激しい閃光がし、両腕で顔を覆う。

 数秒して目を開けると目の前には金髪で白いドレスを着た女性の姿が... ...。

 そして、彼女の目は不自然に大きく、眼球には白い部分がなく、まるで瞳の代わりに黒い宝石のようなものが付いているように見えた。


「あの。ロベルトは無事ですか?」


 あなたは誰なのか?

 この場所は何処なのか?

 私はここから出られるのか?

 等と他にも色々と聞く事はあったのだが一番最初に出た言葉それであった。


 彼女は口元を緩ませながら。


「ええ。無事よ」と一言。


 私は安堵感からその場に座り込んだ。

 そして、彼女に質問を投げかける。


「あなたはレイラ? そして、ここは壁の中?」


「二つとも正解」


「私はここから出られるの?」


「いいえ」


 それを聞いて特に嫌な感情は抱かなかった。

 何故ならここはなんだか居心地が良かったからだ。


「レイラ。あまり意地悪しないであげてくれ。それは私の息子なんだ」


 聞き覚えがある声がしたと思うと突然、私の目の前に私の父親と母親の姿が現れ。


「と・父さん... ...! 母さん!」


「大きくなったな。レイワード」

「本当に... ...」


 何も考えず、母の胸元に飛び込み、声を上げて泣いた。

 父と母は八年前に村が襲撃された際に死んだ。

 村のみんなも一緒に。

 また、こうして会う事が出来るなんて... ...。


「水を差すようで悪いけど、あなた、早く戻らないと本当に戻れなくなってしまうわ」


「いい! ここにいる! 父や母と一緒に居させてくれ!」


 泣きながらただ一緒にいるだけの尊い願いを懇願するが、母は私の肩をそっと離して私に笑顔を見せて、父と共に光の粒となり消えてしまった。


「さっきのは私からのお礼」


「お礼? あなたは死んだ人を甦らせる事が可能なんですか? あの... ...。神様ですか?」


「そんな神々しい者でも死んだ人を甦らせるなんておこがましい事、私は出来ないわ。私はただの無機物でこの壁の一部でしかない」


「... ...」


「私の回答が不満?」


「... ...ええ。意味が分かりませんでした」


「深く考え過ぎよ。私はレイラでこの壁の一部。あなたのお父さんもお母さんも私と同じ。そうね。ここは『大きな墓標のようなもの』って言った方が理解が早そうかしら?」


「... ...墓」


「さあ、本当にそろそろお別れね。ロベルトを連れてきてくれて本当にありがとう。また、会いましょう」


 レイラが再び私に笑顔を見せると私の体は何かに引っ張られるようにレイラから遠ざかっていく。

 

「ちょっと! ま・待って!」


 目の前の景色は外側から内側にかけてどんどんと収縮していく。

 レイラの人影は小さくなっていき、レイラの隣には大きな影が現れ、遠ざかる私を二人で見守ってくれているように思えた。



 ________トプン。


 

 耳の中に水が入り込むような違和感を覚えた直後、目を開けると眩しい光。

 乾ききった土の匂い。生温い春の風。 

 どうやら、私は壁の中から戻ってきたらしい。


 よろめきながら立ち上げると周囲にいた兵士達は後退り。

 まあ、目の間でロベルトと共に壁に飲み込まれたんだ。驚くのは無理もない。


「お・おい! お前ら! 早く逃げた方がいいぜ! こいつは壁を通り抜ける事が出来る! お前らを壁の中に閉じ込める事だって出来るんだぜ!」


 ここでナインスの嘘が炸裂。

 まあ、たまにはナインスの嘘にのってやるのも一興か。


「ああ! そうだ! お前ら全員冷たい壁の中で一生過ごしたいか!?」


 それを聞いて、さらに後退りする兵士達。

 これで殺されずに済む。

 私は難を逃れたと思い、肩を撫でおろしたのだが。


「そんなの嘘に決まっている!」


 と先程、ナインスが殴って気絶していたはずの貴族の男が最悪のタイミングで目を覚ました。


「で・ですが、あいつは本当に大男と一緒に壁の中に... ...」


「うるさい! そんな事あるわけないだろう! 早くあいつらを殺せ! 逃げた大男も捕まえて処刑だ!」


 先程の出来事を見ていなかった貴族の男は私達や兵士の話は虚言だと言わんばかり。

 兵士達は迷いながらも再び私達にサーベルを向けると。


『レ・レイワード。か・壁に手を当てて』


 頭の中で突如、ロベルトの声がし、私は言われるがままに壁に手を当てる。


「早くころ... ...せ... ...?」


 貴族の男は私達を殺害する為、兵士達に指示を出そうとした直後に固まる。


「ど・どうされました?」


 不審に思った兵士の一人が貴族の男に尋ねると。


「... ...風だ」


「風? 先程から吹いてはいますが... ...」


「違う! 私の顔の正面に今... ...」


 その時、貴族の男が被っていた帽子が風で飛ばされる。

 しかし、その帽子の行く先を目で追うものは誰一人なく、周りにいた全員がある一点を見つめていた。

 そして、兵士の一人が。


「______壁に穴が開いている」と。


 周囲の兵士達が啞然とする中、この状況を打破する為にとっておきのセリフを舞台上に立つ役者のように高らかに叫ぶ。


「壁に穴を開けた!」


 驚きからか周囲の人間は固まっている。

 兵士達の戦意を削ぐために私は続けて。


「この強固な壁に穴を開ける事が出来る! その気になれば鎧もろともお前らの腹にこれよりもデカイ穴を開ける事くらい容易だ!」


 この壁の固さはこの国の人間であれば皆、知っている。

 剣や弓すらも通さないこの壁に素手で穴を開けるなど人間に出来る訳がない。


「ば・化物だ!!!!」


 貴族の男が兵士達を放って逃げる。

 集団というのは実に脆い。

 一人が恐怖心に駆られればそれは伝染する。

 一人が逃げ出すとそいつに釣られてもう一人。さらにもう一人。

 最後の4~5人はほぼ同時に逃げた。

 

「助かった... ...」


 ナインスは張っていた糸が切れるかのようにその場に崩れ落ちる。

 助かった。

 私がそう理解したのはナインスが崩れ落ちる瞬間を見た少し後だった。

 目の前には横たわる友の姿、上を見れば太陽が、そして、私の手には直径15㎝ほどの黒い石が握られていた。

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