ep2

 □


 世界では内乱が起き、大小問わず毎日のように争いや略奪が起きている。

 飢えでガリガリにやせ細った子供や腐乱した死体は腐るほど見て来て、何の感情も抱かなくなっていた。


「おい! レイワード! 何をボケッとしてんだ!」


 私の前を歩いていた一つ歳が上のナインスが死に面をしていた私を心配してか愛情を裏返したような言葉をぶつける。


「ああ。スマン」


 本来であれば「ボケッとなんかしてねえよ」と反抗的な態度で対応しなければいけない場面だったが疲弊しきった私はそのような体力は持ち合わせていなかった。


「ったくよ! 髪の長い女みたいな男じゃ張り合いってもんがねえぜ!」


「ははは。スマンな。この長い髪は私のいた村では男の象徴だったんだ」


「... ...そうか。余計な事言ってすまない」


 ナインスは確かに言葉通り、申し訳なさそうに私から目を背けた。


「いや、いいさ。まるでこの長い髪を形見のように生やしている私は確かに女々しい。ナインスの発言も一理ある」


 ナインスの背中を見ると段々と小さくなっていく。

 もう少し苛めてやっても良かったのだが、まあ、これ以上はさすがに可哀想かと思い、私は話を変え。


「なあ、ナインス。この壁の調査を皇帝より命を受けてどれくらい経った?」


 ナインスは前を向いたまま。


「4年。俺ももう21になっちまった」


 ナインスは大人の象徴でもある口髭に手を当てる。

 私ももう20。背も伸びて、筋肉もついた。

 

「でもよ! 調査って言ってもなーんにも分かっちゃいねえ! 壁にナイフを当てても傷一つ付かなければ、壁に穴のようなものが空いてるわけでもねえ。どこにいっても黒い壁! 俺は散歩する為に兵隊になったのかよ!」


 ナインスは日々溜まっているストレスを吐き出した。

 まあ、ナインスの気持ちが分からなくもない。調査とは名ばかりで私達はひたすら壁に沿って歩いているだけ。

 何の調査結果も得られていない私達を皇帝も忘れてしまっているのではないだろうか?

 皇帝からは「成果が得られるまで国に帰って来るな」とまで言われてしまっている為、手土産もなしに戻れば処刑さえもあり得る。

 

「くそったれ!」


 ナインスは何度言ったであろうセリフを吐きながら言葉の矛先を黒い壁にぶつけるように右の拳で黒い壁を殴る。

 そんなことをしても何にもならないだろう。と思いながら私はナインスの事を傍観していた。


「... ...おい。揺れてる」


「... ...? 地震か? 私は感じないぞ」


「いや、そうじゃねえ。壁が揺れてんだ」


「壁が?」


 壁が揺れるなんて今まで聞いた事も見たこともない。

 調査成果も得られないでいる為、ナインスがついにおかしくなったのだと彼を悲観した。


「... ...ふう。ナインス、疲れているんだろう? もう、三日も歩き続けている。少し休むと_____」


「いいから触ってみろ!」

 

 トン... ...。トン... ...。トン... ...。


「_____!?」


 小刻みに壁を小突くような振動。

 ナインスの顔を見るとまるで宝石箱を開ける冒険者のような笑顔を見せ口元を緩ませている。


 壁の調査に出て4年が過ぎた。

 「たかが壁が揺れただけのこと」そう言われればそうかもしれない。

 ただ、この壁は強い風が吹いても矢を放ってもビクともしなかった。

 それが心臓を動かすかのように小刻みに振動している。

 私とナインスは今までの苦労を労うように抱き合ってお互いを讃え合う。


「やったぞ! これで国に帰れるぞ! ナインス!」


「... ...いや。こんなんじゃダメだ!」


 浮かれていた私の言葉に同調はせず、ナインスは私の目を見てそう言った。

 ナインスは続けて_____。


「何故、壁が揺れているのか。これを突き止めなければ意味がないだろう」


 反論する言葉が見付からない。

 確かに壁が揺れているという事象を聞かされても「それがどうした?」と言われるだけ。

 中途半端な情報を収集し、国に帰還したら、国中の笑い者になってしまう。

 国に戻りたいという一心で大事な事を忘れており、ナインスの言葉を聞いて耳が赤くなるほどに恥ずかしくなった。


「... ...あ、ああ。そうだよな。しかし、何故、いきなり揺れ始めたんだ?」


「そんなもん、俺が知るか! とりあえず、先に進んで見よう。何か分かるかもしれない」


 今までは到着地が見えない道をひたすらに歩いていても疲れしか残らなかった。

 「このまま、一生、壁に沿って歩くだけで人生が終わるかもしれない」と冗談で言っていたのだが、それはいつしか笑えない冗談になっていた。

 それほど、長く当てのない旅をしてきた。

 しかし、そんな旅とはもうおさらば。

 何処かにこの揺れの元凶があるはず。

 そして、それを解明し、私達は国に帰る。

 そう思うと今まで鋼のように重かった足が軽く、まるで背中に羽が付いているのではないかと思うほどに前へ前へと進む。


  □


 ドン... ...。ドン... ...。ドン... ...。


「おい! 聞こえるか!」


「ああ! 聞こえる! 何かの物音だ!」


 目的としている対象物は一体何だろうか?

 敵対勢力の新型兵器か? それとも、神のような抽象的な存在?

 近づくに連れて色々な考えが脳裏をよぎるが私達は不安な要素など臆する事なく進んで行った。



 □



 ドン! ドン! ドン!


 周囲が次第に暗くなる中、ナインスは今まで止まる事がなかった歩みを止め、地面にジッと目を向け声を震わせる。


「どうした?」


 ナインスの視線の方向に目を向けると何やら直径3mほどの大きな穴。その中から私達がここに向かうキッカケでもある音が周囲に鳴り響いていた。


 ドン! ドン! ドン!


「お... ...。おい! ナインス! 何かマズイんじゃないか」


「マズイ!? 今更何を恐れているんだよ!」


 今更になって尻込みした姿勢を見せると、ナインスは私の両肩をガッチリと掴み、語気を強めて。


「俺はもうこんな生活とおさらばしたいんだ! 何が出てこようが知った事か! お前も兵士の端くれなら覚悟を決めろ!」


「で、でも... ...」


 ドン! ドン... ...。


 ナインスと言い争いをしていると先程までに時雨のように鳴り響いていた音が突如として止んだ。

 そして、私とナインスは顔を見合わせる。

 微かに吹く風の音、遠くにいる鳥の声、服越しからでも伝わるナインスの熱、暗い穴の中から何かが這ってくるような音。

 恐怖という感情はこんなにも五感を鋭利に尖らせるのか。

 穴の中から何が出て来るのか... ...。

 神か? 兵器か? それとも悪魔か?

 頭の中では冷静な判断が出来ずにいた。


「うっ... ...。ダメだ... ...」


 私はナインスに言い残すように言葉を吐き、視界が暗転してしまった。

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