壁の先には
おっぱな
ep1
長らく続いた戦乱の世は現皇帝ファビコン・エンペテレスによって統治され、つかの間の平和に満ちた世界を我々は過ごしている。
私の住む町は田舎という事もあり、戦争の影響を受けにくく、建物などは無傷なまま残っているのでこの国の首都が置かれていた場所から住処を失った住民達が町に押し寄せ、急激な人口増加に村長は困惑していた。
20帖ほどの空間に机が並べられ、生徒達は長椅子に座りながら私の授業を受けている。
町に学校は一つしかない為、首都から来た子供達を受け入れると生徒達は冬眠中の虫のように身を寄せて、どうやら窮屈な様子だ。
私はこの学校で歴史を教えている。
これは現皇帝の政策の一貫とされており、私はこの政策をとても支持している。
というのは、以前の皇帝たちは『自身が創り出す世の中が全て』という独裁的な 思想を持っており、前皇帝時代の歴史や文化を忌み嫌った。
そのため歴史の多くは改編され、不都合な真実は抹消、貴重な文献などは処分された。
その文献の中には医学や科学などの貴重な資料も含まれており、それが上手く引き継がれていればこの国は今よりももっと豊かになっていたとされている。
その状況を憂いた現皇帝は教育というものに力を入れ、「歴史を学ぶことで争いのない世界を作れる」と国民に語った。
「先生! 質問があります!」
「ん? どうした? ベクレル?」
教室の中央にいつも座っている小柄な少年は元々この町で生まれ育った。
彼は勉強熱心で「将来は王様になりたい」と何の権限も持たない私に言ってきた事もある。
まあ、農民の子であるベクレルが王様になれる可能性は万に一つほどもないのだが私はベクレルに向かって「ああ、きっとなれるさ」と覇気の無い言葉で受け答えした。
「村の東側にある『あの大きな黒い壁』の先は一体どうなっているのでしょうか?」
ベクレルの発言に私の喉は一瞬、焼けたかと思うほどに熱くなった。
それは今まで『黒い壁』についての詮索は大人や子供の間... ...。
いや、この国に住む者の間では禁忌とされていた為だ。
もちろん、このベクレルの発言に動揺したのは私だけではなく、このクラスにいる生徒達全員が石像のように固まった。
私達の反応が見えていないのか、王様になりたい農民の子は続けて_____。
「先生もあの二年前の出来事を忘れた訳ではないでしょう?」
「... ...ベクレル。やめなさい」
「先生もあの現場にいたと大人に聞きました! 先生はあの男が戻らない事に何の疑問も抱かないのですか!?」
「... ...ベクレル。みんな怖がっているよ」
「でも、先生。みんな気になってるんですよ。あの壁をすり抜けた男は何処に行ったのか? 何故、帰って来ないのか? 生きてるのか死んでいるのかって... ...」
当初はベクレルの発言を黙って聞いていた生徒達だったが、ベクレルに続くようにポツポツと「そうだよ... ...。大人達は何も教えてくれない」「私の家はあの壁に近い。もし何かあったら... ...」と不安めいた声が漏れ始めていた。
『黒い壁』と『壁をすり抜けた男』
前皇帝の時代は『黒い壁』について話す事は禁じられていた。
しかし、今は違う。
情報を共有し、国の発展の為に国民一人一人が国において知識を身に付けることは国が奨励している。
現に国王からも『黒い壁』について教師などの正しい知識を持った大人が話をする事は禁じられておらず、むしろ、授業としてやるべきことされている。
しかし、今まで禁忌とされていたこと... ...。
多くの大人達は「もし、話したことで皇帝に処罰されたら... ...」と重い腰を上げようとしなかった。
だが、子供達の探求心というのはまるで乾いた大地に水を垂らしたかのように勢いよく情報を吸い上げようとする。
ここが潮時か... ...。
壁をすり抜けた男と友人であるこの私が黒い壁について発言することは運命だったのかもしれない... ...。
私は「ふうっ」と小さく息を吐き、凛とした顔で生徒達を見て。
「では、私が知っている事を少し話そうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます