第36章:瓦解

[1] 終わりの始まり

 プロホロフカで第2SS装甲軍団が死闘を繰り広げていた頃、その南北に展開する第48装甲軍団と第3装甲軍団はそれぞれ攻勢限界点へと到達しつつあった。

 7月9日、第48装甲軍団の第11装甲師団は、ヴェルホペニエの北に位置する260高地への攻撃を開始した。ソ連軍はヴェルホペニエから西翼へ撤退する際、ペナ河にかかる橋を爆破したため、「大ドイツ」装甲擲弾兵師団は即座にペナ河の西岸へ進出することが出来なくなった。勢いに乗る第11装甲師団は、オボヤン街道上にあるノヴォセロフカという村を占領した。オボヤンから街道に沿って20キロほどの地点に位置していた。

 ヴァトゥーティンはオボヤン街道の防御を強化するため、プロホロフカに展開していた第10戦車軍団を第1戦車軍の指揮下に移し、新たな防御線を展開するよう命じた。この措置により、第48装甲軍団の正面には3個戦車軍団(第6・第10・第31)と第3機械化軍団が展開する形になった。しかし、いずれもすでに稼働戦車の多くを消耗しており、ヴォロネジ正面軍は兵力的な優位を確保できない状況だった。

 7月10日、「大ドイツ」装甲擲弾兵師団はヴェルホペニエ西方の243高地に突進し、防御陣地に配置されていた第6戦車軍団の残存部隊と激しい戦車戦を繰り広げた。第六戦車軍団はこの戦闘で、179両あった稼働戦車台数が37両にまで減少した。「大ドイツ」装甲擲弾兵師団の第39装甲連隊も配備する40両の「パンター」を消耗させ、その稼働台数がわずか10両にまで落ち込んでいた。

 7月11日、第48装甲軍団司令部は消耗した「大ドイツ」装甲擲弾兵師団を前線から外す命令を下した。クノーベルスドルフは2個装甲師団(第3・第11)を合流させ、オボヤンへの総攻撃を実行させる計画を立てた。

 7月12日、ヴォロネジ正面軍は第10戦車軍団と第5親衛戦車軍団の残存部隊がペナ河西岸から反撃を開始した。「大ドイツ」装甲擲弾兵師団と第3装甲師団(ヴェストホーフェン中将)は防御戦に忙殺され、第11装甲師団は単独でオボヤンに北進するだけの兵力を持たない状態にあり、第48装甲軍団は防御へと転じざるを得なくなった。

 南部戦域における「城塞」作戦の継続は、最も東翼に展開するケンプ支隊の進撃が「最後の希望」になっていた。マンシュタインはケンプ支隊の第3装甲軍団がさらに北方へ突進して、プロホロフカで第2SS装甲軍団と合流することに期待していた。この合流に合わせて、南方軍集団の戦略予備である第24装甲軍団を前線に投入し、戦局の主導権を握ろうと考えていたのである。それ以外の戦区では攻勢が全て頓挫していたが、ヴォロネジ正面軍にとっても情勢は依然として不安定なままだった。

 7月12日の夜、ヴァトゥーティンはプロホロフカの戦車戦で、第5親衛戦車軍が壊滅的な損害を受けたという報告を受けた。航空偵察では、ドイツ軍は同日の夕方に新たな装甲部隊(第5SS装甲師団「ヴィーキング」)をハリコフからビエルゴロドを向かわせていることが判明した。スターリンは北部戦域の戦況が落ち着いたことを踏まえて、中央正面軍司令部にいたジューコフに対し、ヴォロネジ正面軍を視察するよう命じた。

 時を同じくして、ヒトラーもマンシュタインに命令を下した。マンシュタインは前線に第24装甲軍団の投入を許可する内容を期待していたが、命令の内容は以下のようなものだった。

「中央軍集団司令官クルーゲ元帥と共に、翌7月13日の正午から総統大本営で開かれる作戦会議に出席せよ」

「城塞」作戦が決定的な時期にさしかかっている時期に、指揮官を前線から引き離すような命令にマンシュタインは激昂した。しかし、ヒトラーの関心はこのとき、「城塞」作戦に向けられていなかった。

 米英連合軍は7月10日、イタリア本土に近いシチリア島上陸―「ハスキー」作戦を開始していた。米英連合軍の情報部はドイツ軍を攪乱させるため、連合軍の上陸はシチリアではなく、ギリシャに対して実行されるという偽情報を事前に流していた。

 ヒトラーはこの偽情報を信じ込み、連合軍のシチリア侵攻をギリシャ上陸に向けた「陽動作戦」と判断した。もし連合軍がギリシャに上陸した場合、ルーマニアやブルガリアなどの枢軸国は激しく動揺するだろうと危惧し、ギリシャに展開するドイツ軍の防御態勢を懸念した。枢軸国とトルコに対する「政治的配慮」から「城塞」作戦を開始したはずが、それと同じ理由によって「城塞」作戦の中止を視野に入れ始めたのである。

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