[4] 意思決定
5月3日、ヒトラーは「城塞」作戦について具体的に話し合うため、ミュンヘンに東部戦線の最高幹部を招集した。会議には中央軍集団司令官クルーゲ元帥、南方軍集団司令官マンシュタイン元帥、第9軍司令官モーデル上級大将、陸軍参謀総長ツァイツラー大将、装甲兵総監グデーリアン上級大将、空軍参謀総長イェショネク上級大将、軍需相シュペーアが出席した。
この会議の冒頭、ヒトラーは「城塞」作戦の開始日を6月中旬以降まで遅らせる意向を示した。6月中旬になれば、充分な数のⅥ号重戦車「ティーガー」や突撃砲、新型Ⅴ号中戦車「パンター」と重駆逐戦車「フェルディナント」を装甲部隊に編入させることができ、台数における劣勢を戦車の質によって補えるという考えを示した。
ヒトラーの意見に対し、ドイツ軍の将軍たちの意見は二つに分かれていた。
マンシュタインは東部戦線における攻勢の実施が不可避であるならば、実行の延期はむしろ我が軍の不利に働き、5月中旬に仕掛けるべきだと主張した。
「敵の戦車生産数は、少なくとも月産1500両に達していると考えられます。時間の経過を無為に眺めるほどに、ソ連軍の防御態勢は強化され、突破の成功は困難になります」
クルーゲとイェショネクも攻勢は早い時期に行うべきとの認識を持っており、マンシュタインの意見に賛成した。
モーデル、グデーリアン、シュペーアはクルスクに対する攻勢そのものを実行すべきではないと主張した。モーデルは先日の説明と同様、航空偵察で得られた情報に基づき、ソ連軍が突出部に堅固な防御陣地を作り上げており、「このような『罠』に自ら突撃していくことは、自殺行為に等しいものです」と述べた。
グデーリアンとシュペーアは異なった見地から、クルスク攻勢に反対した。グデーリアンは莫大な戦車の損失が予想されるクルスクへの攻勢は戦略的にほとんど意味がなく、行うべきではないとした上で、「西部戦線で近い将来に実施されるであろう米英連合軍の大反攻作戦に備えて、戦車兵力の温存を図るべきです」と述べた。戦車の生産計画を担当するシュペーアも、グデーリアンと同じ意見だった。
この時、ヒトラーはこれまでにもしばしば見られたように決断を下しかねていたが、結局のところ新型兵器の実戦配備を待つという自説を捨てることが出来なかった。
ドイツ国内の工場で進められている「ティーガー」や「パンター」などの新型兵器の開発はいまださまざまな技術的な課題点を抱えていることをグデーリアンから報告されたが、戦車の生産台数は増加していた。シュペーアは、戦車の生産量が1071両になるという見通しを示した。ヒトラーはこの数日後には「城塞」作戦の攻勢開始日を、6月10日まで延期するという決定を下した。
5月10日、グデーリアンは「パンター」の生産状況について報告するため、ベルリンの総統大本営を訪れた。その席でグデーリアンは再び、ヒトラーにクルスクへの攻撃計画を破棄するよう説得しようとした。
「総統はなぜ、これ程までに東部戦線での新たな攻勢に執着なさるのですか?」
ヒトラーが答える代わりに、国防軍総司令部総長カイテル元帥が怒鳴り返した。
「我々は政治的な理由から、攻撃を実行しなくてはならないのだ!」
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