Ⅴ 魔術師たちの自由のために

0 その日の記録

グラン(*)三百九十四年 十一月第三週の二日

天気:晴れ 一時くもり

体調:良好

周辺の様子:朝から夜まで村全体が落ちつかない様子であった。有事ゆえ、しかたのないことだろうが、子どもたちは不安がっていた。


 朝、漁師たちが海に出ようとした時分。沖合に船影せんえいあり。船はそのまま村側に向かってきて、浜に乗り上げ停止した。

 船は漁船のようだったが、それにしてはかなり大きかった。私は船に詳しくはないが、明らかに見慣れぬ部品や設備が散見された。船には人が乗っていた。その数二十一人。年齢はさまざまで、顔つきを見る限り、生粋きっすいのヴァイシェル系シェルバ人であるらしい。

 私は、軍人代表として彼らに事情を聞くことになった。しかし、ここで困った。私とて軍人のはしくれ、シェルバ語は少したしなんでいたが、彼らの足もとにも及ばなかった。つまり何を言っているのかわからなかった。そもそも、発音が違いすぎる。

 どうにか、隣村のシェルバ人の男性をひっぱってきて事なきを得た。が、頭の痛くなる事実が発覚した。彼らは、故郷で起きた抗争から逃れてきたらしい。団長とおぼしき男は、少なくとも数年は帰れないと嘆いていた。

 これは、私の手に余る問題だ。応援にきた馴染みの奴に、王都への書簡を託しておいた。とりあえず、本部に判断をあおぐしかあるまい。魔術師が、かなりの数いたので、『白翼』が出張ってくる可能性もある。

 ひとまず二十一人は、村で保護することになった。……まだ、十五にもならぬ子どもがいたな。私の息子と同じくらいか。

 移民を受け入れるとなると、さまざまな問題を乗り越えねばならないだろう。ただの移民ならまだしも、彼らはいわば亡命者、難民である。どう扱うべきか……議会は紛糾するに違いない。保守派のじじいどもがいるからな。

 私も、軍人としては外の人間を軽々しく受け入れるのには賛同しかねる。

 しかし、個人としては、彼らには幸せになってもらいたいと思う。

 

 さあ、難しいことを考えるのは終わりにして、今日はもう寝よう。

 本部が少しでもましな判断をしてくれることを、祈るばかりだ。



(とある漁村の派遣軍人の日記から一部抜粋・グランドル暦二百四十四年公開)


(造語解説)

*グラン……グランドル暦の略。頭文字一文字で表されることもある。平成をHと略すのと似たような感覚。

ちなみに、大陸外から来た人々の多くは、私的な記録にグランと故郷の暦を並べて書いているらしい。

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