現在3
「もはや従兄上の肉体の再生能力が異常値極まりなくて、このノーリスは笑っていいのか泣いていいのかわかりません!」
魔術液から浮き上がり、そこから抜け出そうとすれば小言が降ってくる。
うるせえな、と思いながらも病院の上着を羽織れば、ノーリスの小言は止まない。
「大体従兄上は、もっと女性との縁の切り方をうまくするべきなんですよ! なんなんです、あんな事になるような縁の切り方っていったいどうやったんですか……」
「しらねえよ。不能になったから不能になったって素直に言ったら逆切れされちまっただけだよ」
俺はぶうぶうとふてた声を上げつつ、しかし水分くらいは欲しいでしょうと言いながら水を差し出す、割とよくできた従弟の頭を撫でておく。
「頭なんか撫でて誤魔化さないでいただきたい! もう今回ばかりは生きる死ぬの境界線の中でも極まって境界線だったと、医者の方が言っていましたよ」
「だろーなー。んで。何か問題でも発生してやがったのか。俺が出るほどの荒事が起きたわけじゃねえだろ」
「はあ……まあそうですがね……あなたへの縁談をことごとく潰さなければならないこちらの身にもなっていただきたいのですが」
「事実言えばいいだろ、人体実験しすぎて不能になったって」
「従兄上……どうしてそんなに、身も蓋もない事を軽々と喋れるのですか? 俺は謎が多すぎてついていけませんよ」
「男だっていくつか秘密があった方が、ミステリアスで女受けがいいんだぜ」
言いつつ俺は、水を飲む。うわ、水がすげえ甘く感じるぜ。
「で、俺は何日寝とぼけてたか知ってるか」
「もう、十三日ほどですね。これ以上魔術液の中に浸しておいても、効果が無かったら魔術液から引き上げると医者の方が言っていましたよ」
「あいつも容赦ねえな? まあそれで契約結んでっから、気にするこたぁないけどな」
俺の言葉の数々にノーリスがうめく。
こいつ坊ちゃんだからな、俺の生き方は幾つか、理解しがたいんだろう。
しょうがない。俺はそういう生き方しかできねえんだから。
そこでふっと思った、ちびはどうしただろう。
あいつ、俺がいなくなると寂しそうだからな。
「……あ、ノーリス、俺の縁切った愛人たちどうしているかの調べ、ついてるか」
「ええ、医療院まで襲撃されたら大変ですからね」
「どうだ?」
「皆さま、新しい男性を作ったり平穏に暮らしていますよ。あなたをそうした女性だけは、拘束して牢獄に入っていますがね」
「許してやれよ」
「王族にけがをさせて、野放しにさせる事は出来ませんからね?」
「んな事言ったって、あいつそんな悪くねえからな」
「従兄上! あなたはだから甘いのだと……まったく」
ノーリスが溜息を吐いてからこう告げる。
「あなたの御父上は、あなたにこれからあなたの生活態度をみっちり矯正する予定だそうですよ」
「ガキの頃にあきらめきったもんだとばっかり思ってたぜ」
「今回の事から、あなたのまわりに監視を置かなければならないと判断したようですよ」
「今更だな。俺がガキの頃にもうちっと気遣ってりゃ、性根も多少は矯正されただろうよ」
けたけたと笑っていれば、ノーリスが頭を抱えてそして。
「隊長、生き延びたって本当ですか、これで掛け金の半分がこっちに回りますね!」
と陽気な声で、ランゴバルトが入ってきた。ほくほく顔なのは、おそらくこいつが俺の生存に給料の八割をかけたからに違いない。
そういう所も、かわいい部下だ。俺が死ぬなんて絶対に考えやしないのだから。
「おー。ランゴバルト、俺はちゃんと生きてるぜ」
だから掛け金の一割よこせ、と強請れば、ランゴバルトは笑ってこう言った。
「うちの隊の奴らは、きっちりしっかり、あなたが退院したらあなたに、皆で集めたお金で一番いい酒を飲ませると言ってましたからね、生活態度改めて殺されかけるあたり、実にあなたらしいと思っていますが!」
「うっせ。あー、さっさと退院して、てめえらの財布すっからかんにする酒を飲んでやる!」
「酒の量はちょびっとばかり制限しますがねー」
「てめ、ランゴバルト!」
「あなたの酒の飲み方はいつでも、体に悪いと常々思っていたのですよ! たっぷり飲むし、酔っぱらって焔吐きだすし」
「俺そんな酔いつぶれ方してたのか」
「しーてーまーしーた!」
ランゴバルト、お前それの補佐とかしてたんだろうな。
迷惑かけちまったな。
……給料にちょっとばかり、俺の財布からイロつけて出しておこう。
なんて俺は、何か月か前だったら思ってもみなかった事、を思った。
「最近、酒の失敗を聞いてませんね」
「酒の量調整してっからな」
「そう言えば、愛人関係でも修羅場は見ていないような」
「不能になって全部切ったからな」
「それと賭博で素寒貧で付けを取り立てに来る人がいませんね」
「俺が入っていい賭博場まだ見つからねえんだよ」
俺は訓練中の休憩で、俺を薄気味悪い物を見る顔で見ている集団に、何も深く考えずに答え返した。
こいつらは俺の所業をいくつも知っている奴らだ。
そのため、非常に、俺との付き合いが長い奴らでもある。
俺の行動が一変したように思うんだろうよ。だがな。
ちびと居た時に、ちびに飯の作り方を教えていた時の高揚感と、酒の高揚感で言ったら、ちびに教えている方がハイになるんだわ。
だからある程度で終わる。深酒にならねえ。
限度を超えて飲む、べろんべろんになるあれにならねえ。
修羅場は、愛人全部切ったから修羅場になる要素がない。
まあ、何人か、俺の不能の話を聞いて大爆笑したやつらは、俺と定期的に会ってお喋りに花を咲かせたがるがな。
俺は話のつまみらしい。旨いつまみだろうな。何せこの素晴らしい顔面だから。
賭博はな、する場所が無かったらできないわけであり、俺はほとんどの場所で出禁だったから、馴染みの場所がつぶれた今、行く場所がない。
やれるものがないわけだ。
「そして、この旨い差し入れ」
「やる事ねえから、暇つぶしだ」
「うますぎですよね、この臓物の煮込み」
「今度骨まで食える煮込み持ってきてやる」
「やったー!!」
俺は休憩中に、奪うように俺の作った飯を食っている奴らに軽くそういう。
俺の趣味が、いつの間にか料理に傾いている。
幾つもレシピを調べているが、これもちびに食わせようと思っているから身が入るのだ。
「なんか、生まれ直した様ですよね」
「あ? 環境に適応してんだよ」
「どこでも生き残れる人ですからね」
「褒めろ、もっと褒めろ!」
「黒いかさかさした害虫とおなじしぶとさですよね」
「褒めてねえだろそれ!」
そんな部下たちとのやり取りも楽しい。
タバコはやめられねえんだが、これは貴族の超高級品の扱いだからな。
止める気にもならないんだが、ふっと、ちびはこの匂いを嫌うだろうか、好くだろうかと考える瞬間がある。
俺はちびにかなり、毒されつつある。
まあ、俺しか頼るものがないちびっていうのは、どうしても気にかかっちまうものだ。
あいつ俺がいなかったら早死にする気が済んだよな。
……またあいつの顔を見るためには、死にかけるしかねえのか。
それももったいねえんだが。
ちびのヴァイオレットを見たいと思う欲求もそこそこ芽生えている、俺だった。
ちなみに、俺を監視している奴らは良く分からないらしい。
というのも、俺の噂と実情に大きな差が発生しているからだ。
俺の噂は、飲む打つ買うの三拍子の、なかなかな男だ。
更に金が無くなれば金持ちの、従兄弟にたかりに行くという部分もあった。
持っているものが持っていない奴に渡して何が悪いの、と思う部分はいまだにあるが、俺の懐に金がまだ有り余っているからたからない。
わけだったのが、ほとんどないからだ。
ちびとの生活の中で、俺のそう言った欲求はかなり削られたらしい。
事実、それらを欲しいとあまり思わない。
酒は別だがな。
酒の喉を焼く燃える感じは、なかなかやめられねえものだが。
後タバコ、これもヤニが恋しくてやめられねえ。
んだが、ほかの事は落ち着きまくったからな。
見張っている奴らからすれば、これ見張る必要ある男なの、と思うに違いない。
「そうだ、それと隊長、いい女でもできましたか?」
「はあ?」
休憩中だというのに、完全に気が抜けた莫迦が言い出し始めやがる。
「時々、すげえ、色っぽい、女が放っておかない甘い顔してますから」
「どんなツラだよ」
「そう言う時、隊長の目の中に、焦がれてやまない女の影が映るってランゴバルト副官が言ってました」
「あいつも首を絞めてから殴り飛ばすパターン好きそうだな……」
言いつつ、俺の脳裏にヴァイオレットがよみがえる。
その色が、俺を見返して、瞬く。
時々、ふにゃりと緩むその瞬間が、俺は胸を掻きむしりたいほど……
「そうそう、その顔! いや、思い出してそういうツラするんだったら、どれだけいい女なんでしょうね!」
俺はそこではっとした。
ちびを思ってそんな顔をするだと。
ん、ああ。
俺はにやりと笑って答えてやる。
「ああ、見た目はあれだが、中身もあれだが、けっこう入れ込んでる女はいるぜ」
「いよいよ隊長も年貢も納め時っすか!」
「やべえ、ご祝儀用意してません!」
部下たちがぎゃあぎゃあ騒ぎだすあたり、で俺は笑ってやった。
「紹介出来りゃいいんだがな、難しい女だ」
何せ数百年の遠い未来に生まれた女だからな。
何てやり取りをしていた数日後。
訓練の休憩中に、俺は物理と意識が飛び。
「おかえりなさい」
ちびの寝ぼけたヴァイオレットと視線を交わした。
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