現在2

「……なんだ?」

愛人の家を五件ほど梯子してみる。久しぶりに会いに行った俺に愛人たちは優しい。皆様柔らかくて暖かくて甘い匂いのする、実にいい女たちだ、間違いない。だというのに。

「すかすかするな……」

俺の中身のどこかが、妙にすかすかしやがるんだ。

なんなのか。

いつもだったらこのすかすかとした感じを覚えるたびに、新しい綺麗な女を口説いて抱き合ってきた。

それでこの感じは失せる。

だというのに、俺は女を口説くという気にならねえ。

「博打だ博打! こういう時はぱーっとやるに限るぜ!」

俺は度数のバカ高い酒をがっと喉に流し込み、懐の金で明るくなるべく、賭博場に入ろうとした。

んだが。

「どうしたんだよ、やけに暗いなぁ?」

「あ、デンドロビュウムの旦那! ここ数日見かけなかったと思ったら。ここ、お上に目をつけられて潰されたんですよ」

「違法でもやってたか、ここ?」

「それがどうも……」

馴染みの賭博場があったあたりが、やけに物寂しく暗いから怪訝に思ってりゃあ、馴染みの顔が知ったように言ってくる。

「……違法魔法植物を、景品としていくつか出しちまったらしいんですよ。たぶん旦那でも庇えなかったと思いますぜ、だってジュリエッタが出された」

「ジュリエッタが?」

俺は聞き捨てならねえな、と繰り返す。

ジュリエッタってのは、違法魔法植物の中でもトップクラスの物だ。

その根を服用したやつは魔力が増幅するし、身体能力も強化される。さらにあらゆる能力が上がるんだが、やっぱり代償ってのがあってな。

……これがもう、酷い幻覚作用があるんだ。それも周囲のすべてが敵に見えるっていう幻覚で、こいつでもう何回も騒ぎが起きたという実例がある。

俺もこれを取り締まる側になった事があるから知っているんだが、洒落にならないしろものだ。

何でもかんでも増幅された人間が、周りがすべて敵に見えるから攻撃をして……後はわかるだろ? 地獄絵図だ。

余りにも危険すぎるっていうんで、ジュリエッタは別名最後の花と言われている。手に入れたらあらゆる意味で最後だからな。

ジュリエッタはたしか……

「王立植物園以外での栽培は禁止だろう。自生している地域は入念に結界を貼られていたって話だったと思ったぜ?」

「……それが、噂なんですがね、旦那」

声を落とした顔見知りが言う。

「新しい、自生地域が発見されたとかされないとか……」

「やれやれ、とんでもねえな」

だが。

「ジュリエッタは割とひ弱な花だ、そこまで群生地は広がらねえだろうよ」

作用と比べると、実に環境の変化に適応できない花だからな。

しかし。

「ここが潰されちまったら……どこに行くか」

新しい場所の開拓も面白いんだが、ここ以上にスリルと娯楽を味わえる場所があんましねえんだよな。

俺は顔で全部ばれてっから、向こうが警戒しちまうっていうのもあるしな。

「おい、ダイモン」

馴染みの顔に呼び掛けて聞いてみる。

「どっか俺でも楽しめるイイとこ知らねえか?」

「旦那でも楽しめる良い所ですねえ……そいつはなかなか難しい!」

楽しそうな声でダイモンが言う。

何が含みがあるのくらいは、分かるぜ。

「だって旦那みたいな強運にして悪運の強い方だったら、なまなかな場所はあっという間に出禁をくらいますよ。胴元の金をありったけ奪い取っちまいかねないでしょ」

「基本俺は負けてばっかりだろ」

「勝ち始めたら洒落にならないでしょうが。ここの……」

ダイモンが言いながら閉じた賭博場を指さして言う。

「胴元があんたが勝ちまくらないように、あんたが遊ぶ時だけまじない物を徹底的に強化してましたからね」

「おい」

俺はさすがに呆れたが、まあそうだろうと怒るのはやめておいた。

勝ちすぎるばくち打ちほど危険な野郎はいない。

賭博場を潰しかねないからな。

だから俺は負け越していたのか……まあ負けようが何だろうが、楽しいのに間違いないから気にしないが。

「胴元、結構あんたの事気にいってましたからね」

「酒だのなんだの色々都合してもらった事もあるな」

懐かしい思い出ににやりと笑った俺は、不意に頭をよぎった事に言う。

「そうだ、アネッサはどうした」

「アネッサですか。あんたがここ何日も誰の所にも現れないって言って癇癪起こしてましたから、会いに行ったらきっと喜ばれますよ」

アネッサ。ブロンドの可愛い女だ。なにしろ腰つきが魅惑的すぎる女でもある。

「んじゃ、会いに行くか」

馴染みの女たちに挨拶を、しに行くのは基本中の基本だ。

俺は賭博をあきらめて、そっちを優先する事にして夜道を歩き始めた。

ぶつかってきた不届きものは、ガンをつけてちょいとばかり泣かせてみた。

胸のすかすかした感じは、じわじわと指先を侵食していくんだが、無視した。




「どうして一番に会いに来てくれなかったの?」

甘え声を漏らすアネッサだったが、俺は笑えないでいる。

腹のあたりに感じる極大の苦痛。見ればぴちゃぴちゃと赤色が滴っている。

俺の体液だ。

「アネッサ、落ち着け、な? 可愛いアネッサ」

痛みをこらえてなだめようとしても、アネッサは両手に持った大ぶりの刃物を握り締めてほほ笑んでいる。

「私とっても寂しかったのに、他所の女の所に行っていたんですってね?」

「アネッサ、分かってるだろう? どっちも遊びだってのは」

「遊び? 冗談じゃないわ。私は本気よ、デンドロビュウム様」

「……」

「私をお姫様だと言ってくれたでしょう? 私本当にお姫様になりたいのよ」

俺は引きつった、夢見がちなのは知っていたんだが、ここまでだったとは。

「私をお姫様にしてよ、結婚してよ、それでこの国の王様になって?」

「俺なんかがそんな事できるわけないだろ、国が二日で滅びるわ」

笑い飛ばせば、脂汗が浮く。

火術で傷口を焼いておいて、ある程度出血を止めてはいるが、さっさと手当てを受けなきゃやばいのくらいはわかる。

「愛しているの、他所の女なんて見ないで」

出来ないなら、とほほ笑む辺りが恐ろしいぜ、アネッサ。

「私の物になってちょうだい」

物のあたりで生命活動を停止するのが簡単に予測出来て、俺はとっさに火術三番、幻惑炎を作り出していった。

「おまえとはこれまでだぜ、アネッサ、別れるぞ」

過ぎた妄想を抱いちまう女は、かわいいが付き合えない時がある。

脳裏をよぎる現実主義なのかそれとも、夢すら見られないのか知らないヴァイオレットが、俺に正気と根性を流し込む。

「別れる? いやよ。駄目なら……あなたを殺して私も死ぬわ!」

叫んだアネッサが幻惑炎で見えている、俺の幻覚に切りかかる。

俺は死に物狂いでそれを確認しながら、アネッサの家から飛び出した。

「デンドロビュウム様ああああああ!」

可愛らしい口から洩れたのだとは、とても思えない声が響き渡る中、俺は町中を駆け抜け、行きつけの医療院辺りに向かおうとした。

俺は毒術系統は使えない、痛みをこらえる力は持ち合わせてない。

癒術は水術系統で、火術系統を使う俺は苦手で使えねえ。

何とか医療院の入り口までたどり着いて、俺はぶっ倒れた。

ここで本当に死んじまったら、あのヴァイオレットにあきれ果てられる、とどこかで思った。




「ははははは!!!!」

俺の言葉を聞いた医者が大爆笑しやがった、何故だと思えばそいつは笑いまくった後に言いやがった。

「いやあ、臨床試験が見事に成功したからね!」

「……どう言う事だ?」

「君の傷の大半を直すために、また新しい理論を使ったんだけれど……それがちょっと問題があるやつでね」

大概の治療に協力するって契約してあるから、それはいいんだが。

「惚れた女とじゃなかったら、君もう、肉体関係できないよ」

俺は数秒黙った後に、許されるだろうとその頭をぶん殴った。

「なに変な副作用つけてんだよ……」

「え。でも良い言い訳でしょ」

「は?」

「女性関係のただれた感じ、君もう嫌気さしているみたいだから」

俺は半眼になって相手を睨んだ。

どこで聞いたんだそんな世迷いごと。

「いいわけだと思うんだけどなー男としての機能がかなり制限されたから、女性と一緒にいるのやめるっていうのは」

俺はまた、医者を本気で殴った。

思い切り殴ったせいで、医者はぐえ、と机に突っ伏しかけたが、すぐさま立ち直る。

てめえ、自分も実験体にしたんだな……と俺はうっすら悟った。

「診断書も書いておくから! それにこれなら、もう縁談とか無視できるよ!」

俺は溜息を吐いて、ちょくちょくやってくる楽しい時間を阻む、エンダンという名前の悪夢から逃げ出せんなら、いい事にするかと思い直した。





「……真剣に?」

俺の話を聞いたノーリスが、ドン引きまっしぐらみたいな声で言いやがったから、俺は頷いた。

「おーおーまじまじ。どこの女抱きしめても勃たねえんだわこれが」

ちらっと下半身を見て、俺はへらへらと笑って見せた。

俺が笑わないでどうすんだよ、事態がすげえ深刻な感じになっちまうだろうが。

「そのかわりらしーけど、毒に対する抵抗能力は狼男レベルまで上がったらしいぜ」

狼男は吸血鬼に並ぶ再生能力と毒に対する抵抗能力がある魔族だ。

それと同じレベルだって事は、もはや化け物ってわけだが俺には都合がいい。

「どうして再生能力はそこまで行かないんだ……」

「しらね」

俺はひょいとワイングラスを片手に、甘ったるい味のするワインを舐めて笑う。

「ノーリス、女に別れを切り出す手段を俺の代わりに考えろ」

「ご自分で考えなさい!」

思い切り怒鳴った従兄に、俺は苦笑いをした。



愛人関係は大概どうにか、切れたわけだ。

俺に降りかかった事を話せば、大爆笑か心底心配するか、激怒の三択である。

激怒のあたりでは大体うまく逃げたんだが、ちょっと問題が発生した。

それが今だ。

まさか魔女級の力を持った愛人……ソフィアが激怒するタイプで、術式を三系統使って俺を殺しにかかるなんて思わなかったんだ。

よっぽど俺との肉体関係を気にいっていたらしい。

それとも何か?

惚れた女相手にしか勃たないというくだりで、自分に惚れてないという事で激怒か? 

好きでも惚れたの愛だのは微妙に違うってのが分からないらしいな。

三系統、それも四種原理の三つを使ったぶちぎれっぷりは周囲を巻き込み、結構すごい事になっている。

その中で俺は虫の息だ。

こうやってぐだぐだ言ってるけどな、アネッサを超える命の危機だ。

「わたしのことなんて愛していなかったのね!」

キレ気味に叫んでいるソフィアだが……愛か。

愛された事ねえから知らねえんだわ、愛とか。

ソフィアが俺に止めの一撃を加えようとした当たりで、俺は火術百八番、肉焔をようやく発動する事に成功した。

体のすべてを焔に変えて、逃亡する荒業だ。

俺以外に使える人間はいない、と言われているらしい化け物級の技。

ただしこれを使った後に、理性がトンで術中の事を何も思い出せないという玉に瑕の技だが、生き延びるためにはやった方がましだと、俺は使った。

自分の指が炎として燃え上がるのを最後に、俺の意識はまたとんだ。



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