スープ
「昼食はパンとスープで簡単に済ませることにした」
よくある表現だが、まことに
リアル中世ヨーロッパのパンについては大テーマなのだが、とりあえずごく簡単にポイントだけ押さえておくと、食事用のパンは基本的に、イメージとしては現代のパンドカンパーニュのようなものだった。つまり、大きな丸い形状で、固いものだった。
パン用の酵母(いわゆるイースト)が用いられるようになったのは16世紀以降。それまでは天然酵母(前回醗酵させたパン生地の一部を焼かずに残しておき、それを混ぜて生地を捏ねる)。小麦の精白度合いは低いものが多かった(時代によっては、王侯貴族や大ブルジョワの食べるパンは精白度合いの高い小麦を使っていたという)。現代でいう全粒粉。また、ライ麦を混ぜたものも多かった(地域によっては栽培時に小麦とライ麦の種を混ぜて蒔くのが普通だった)。
全粒粉もライ麦も、ふっくら、ふんわりと膨らませるのは現代のパン酵母を使っても難しい。ましてや、本当に自然にゲットした酵母のパン種で膨らませるのだから、どっしりとしたパンになるのは当然だろう。
また、パン屋で販売されるパンは大きさにかかわらず、基本的に値段が一ドゥニエ均一だった(二分の一ドゥニエとか、二ドゥニエのものもあったが)。質の高い(精白度の高い小麦を使った)パンは小さめ、質の低い小麦(ふすまの混入率が高いものなど)は大きかった。大きなものは800グラム以上あったという。
ヨーロッパの気候は夏に乾燥し、冬は曇りや雨が多いが、基本的には日本と比べてかなり乾燥している。当然ながら、パンもすぐに固くなってしまう。焼き立ての時点でそれなりに固かったパンがさらに乾燥して固くなるわけだ。翌日にはガチガチで文字通り歯が立たない。
そういうパンをバリバリと齧る? 歯がとても丈夫ならそれもアリだが、もうちょっと穏かな方法がある。水でもスープでも何でもいいから液体に浸してふやかすのだ。
こうやってふやかしたパンそのものを中世のフランス語では
この、スープ(しつこいようだが、パンを液体でふやかしたもの)だけで食事を済ませるというのは実際ごく一般的におこなわれていた。これを
さて、パンを浸す液体だが、単純に水というのもあったし、水で薄めたワインというのもポピュラーだった。ちょっと贅沢なものになると、水で薄めたワインに砂糖や香辛料を加えて温めたりもした(現代のヴァンショーはその子孫とも言える)。あるいは肉(および野菜)を茹でた汁(
ついでだが、中世の宴会では取り皿がなく、その代わりにパンを使った、とよく言われる。大きなパンをスライスしたものの上に、大皿から取り分けた肉などを置いたわけだ。このパンを宴会の出席者たちは食べない。大抵の場合は宴会の後、貧民への施しにした。注意すべき点は、少なくとも14世紀にはそれ専用のパンが売られていたこと。数日置いてわざわざ固くしてから使うのだという。『ル・メナジエ・ド・パリ』によれば、通常は4日、婚礼の食事の場合は2日経ったものを使ったようだ。つまりは、パンというか小麦で出来た使い捨ての取り皿というわけだ。
さて、日本語で「スープ」と書いてあるとどういうものをイメージするだろう? 「ポタージュ」は? はたまた「ラグー」は?
おそらくスープという言葉だとコンソメに代表されるとろみのないさらさらとした液体の料理を思い浮かべるだろう。一方のポタージュはといえば、じゃがいもやとうもろこしを潰して漉したのを主材料にした、とろみのあるスープ、という感じだろうか。
濁りのない琥珀色に澄んだコンソメが一般化したの19世紀以降。固形ブイヨンが商品化されて広まったのは20世紀だ。だからといって、肉と野菜を煮込んだその煮汁そのものの料理はなかったわけではない。上で書いたようにブイヨンに固いパンを浸して食べることは中世からおこなわれていたのだ。この、肉と野菜を煮込んだもの、のもっともシンプルかつ原型に近いのがポトフだ。
ポタージュは「鍋で作った料理」というのがもともとの意味で、中世フランスの場合、イメージとしては肉あるいは魚がソースと一体化した料理、という感じだろう。日本語だと「煮込み」と訳すことが多いか。クミンを利かせたコミネ、茶色いものが多いブルーエ、
その中世のポタージュのうちのいくつかのもの(正確にはその発展形)が、17世紀になって「食欲をそそる美味しそうなもの」を意味する
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