串焼き
中世ヨーロッパ風異世界モノでは、広場の屋台(露店)で串焼きを買って歩きながら食べる、というシーンをよく見かける。
物語的に、それが串焼きである必然性がどれ程あるのかと感じさせられる作品もないわけではないが、異世界モノに頻出のシーンだから、テンプレとまではいかずとも、ある種のパターンと見なしていいのかも知れない。
こういうシーンで作者および読者が共有している串焼きのイメージはどういうものだろう? 焼き鳥、それともシシカバブ? あるいはアメリカンなBBQのイメージか?
リアル中世ヨーロッパでも、適当な大きさに切った肉などを串刺しにしてグリルするのは存在した。その串、あるいは串焼きにしたものをフランス語では
現存している中世の料理書は高級料理のものばかりだから、ブロシェットは調理プロセスの一部として登場するくらいだ。露店で串焼きを売っていたとしても、串が刺さったままテイクアウトできるとは考えにくい。なにしろ金属製の串は高価なのだから。
ところで、巨大な串焼きもあった。仔羊一頭まるごととか。当然ながら串も大きい。フランス語では
大きな火床(暖炉みたいなものが厨房にある)の前に、串の両端を台で支えるようにして素材を据える。真下には脂を受けるトレイのようなものを置く。串の片一方の端はハンドル状になっているので、それを回しながらじっくりと、強火の遠火で焼きあげる。ローストは中世フランスにおいて宴会料理の華だ。
こういうローストを作る職人は
そんなわけで、屋台(露店)で串焼きを売っているおじさんは、リアル中世だとロティスールということになる。ソース、たれの類はなし。よくて塩味。金属製の串は貴重だから、客は串から外したのを受けとることになる。プラスチック製のフードパックどころか紙袋さえなかった時代だから、客のほうが器持参だ。でもそんなのはヨーロッパ中世にかぎらず、日本だって数十年前までは鍋を持参で豆腐を買いに行ったものだ。そんなわけだから、買い食いを愉しむどころじゃない。もっとも、串焼きは買ったその場でかぶりついて串だけ店のおやじに返せばいいのだが、もしラノベでそんなディテールを追究したらテンポがどうしようもなく悪くなってしまうだろう。
ところで、中世フランス料理のもうひとつの華がパイ包み料理だ。日本語で「パイ」とすると語弊があるか……、正確に言うと、小麦粉を捏ねたり練ったりした生地を使い、釜(オーヴン)で焼いた料理だ。肉、魚のパイ包み焼き、タルトや焼き菓子など。こういう料理の職人は
ロティスール、ソーシエ、パティシエは業種だった。彼らが協力してひとつの店をやるようなことはなく、それぞれ個別に店、厨房を運営していた。いや、協力するどころではない。同業者組合をつくって、ロティスールとパティシエはそれぞれの利権を確保し、ときには反目しあっていた。
というのも、勅令によってそれぞれの業種の業務内容、販売品目が定められていたからだ。パティシエの組合は1440年設立で、肉、魚のパイ包み料理を独占的に作る権利を得た。ロティスールの組合は1509年に肉屋の組合から独立するような経緯で設立された。
ひと口に中世といっても長い時代にわたる。こうした業種、業態とその利権争いの変遷は激しく、なかなかに複雑だから、細かく説明しはじめたらキリがない。とりあえず、料理にかかわる業種はいくつかに分化していて、それぞれの仕事内容には立ち入れなかったと理解しておけばいいだろう。あと、料理は基本、テイクアウト。
リアル中世フランスにタイムスリップして、直火焼きチャーシュのせのつけ麺を看板商品に設定した店なんか開こうものなら、きっと大騒ぎになるだろう。直火焼きチャーシュはロティスールの領分、麺は小麦粉を練ったものだからパティシエ、たれはソースだからソーシエの利権を侵害するわけだ。現代知識チートでモブキャラたちの尊敬をあつめるつもりが、権利侵害だと責めたてられることになる。「これだから中世はっ!」と毒づくのにはいいかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます