プリン

 リアル中世ヨーロッパだと「ああ、それ、もうフツーにあるから」と言われてしまうかも知れない。


 もちろん現代日本で一般的なカスタードプリンとは異なるのだが、と呼ぶべきものがあったのは事実だ。そうなるとプリンで大儲けはちょっと難しいような気もする。もっとも、美少女キャラたちは喜ぶ筈だ。好きな男の手料理は嬉しいに決まってる。


 プリンはフランス語で crème caramelクレーム カラメル 別名 flanフラン と言う。中世の料理書ではこのフランのレシピが収められている。


 フランは6世紀まで遡ることができる、とても古い料理だ。ヴァリエーションも多い。現代のカスタードプリンはフランの一種という扱いになる。


 ひとまず、近現代のカスタードプリンの作り方を確認しておこう。少し長いが、20世紀初頭のエスコフィエ『料理の手引き』から引用する。本格的なフランス料理のとされる本だ。


「クレーム・ムーレ ヴァニラ風味

 牛乳1リットルを沸かし、砂糖200gを加えて溶かす。ヴァニラ1本を入れ、20分間香りを煮出す。全卵4個と卵黄8個を器に入れてほぐしておき、そこに沸かした牛乳を少しずつ加えていく。泡立て器で混ぜる。目の細かい網で漉し、数分間休ませる。表面に出来た泡をすっかり取り除いて から、バターを塗った型またはクレーム・ムーレ用の容器に注ぎ入れる。中温のオーヴンに入れ、湯煎にかけて火を通す。容器には蓋をしておくこと。また、火を通している間、湯を絶対に沸騰させないこと。沸騰させてしまうと、中に残った空気が高温になって膨らみ、無数の小さな気泡となる。冷めた後でこれは沢山の穴になり、見た目がとても悪くなってしまう。要するに、クレームはポシェつまり96℃の湯煎で火を通すのがポイント。

 クレームに火が通ったらすぐに湯煎から出して、そのまま冷ます。容器に入れたまま供するのであれば、卵は牛乳1リットルあたり全卵1個と卵黄8個で充分だ。冷ましたら型の外側の水気を丁寧に拭いて、折ったナフキンの上に盛り付ける。型から外して供する場合は、皿の上にそっと逆さにして置いてやり、数分間後に型を持ち上げて外す。(中略)


 クレーム・カラメル

 ブロンド色のカラメルを作り、型の周囲と底に塗る。クレーム・ムーレ ヴァニラ風味の液を流し込む。上で述べたやり方でポシェして型から外す」


 材料はリストになっていないし、手順も箇条書きじゃない。なんとも読みにくいだろうと思う。でも、古い料理書なんてどれもこんなものだ。


 ついでだから、明治20年(1887年)刊、クララ・ホイトニー著『手軽西洋料理』のカスタード・プデングも引用しておこう。


たまご五ツ乳四合砂糖さたう一匙をもちゆるなり初に卵黄きみ蛋白しろみ各々をのをのまはし砂糖をせ次第にちゝせてちひさき茶碗ちやわんに入れあさき(ブリツキ)なべ茶碗ちやわんまはりの半腹程なかばほどまてそゝovenオーヴン にて淡色よきいろくべし」


 序文によると、著者はアメリカ人。訳者は櫻井女学校教師皿城キン。


 きっちり調査したわけではないが、文献レベルではカスタードプリンが日本に紹介された最初期のもののひとつであることは間違いないだろう。


 さて、エスコフィエとホイトニー、細部の違いはあるけれど、現代日本におけるプリンの作り方と大差ないことがわかる。


 そう。プリンについては、日本の食文化によく見られるがなされなかったのだ。魔改造の試みはいろいろあったのだろうが、これぞというのは未だに出ていないように思う。


 中世フランスのフランは、現代日本人からすると驚愕すべきものかも知れない。中世フランスの代表的料理書、タイユヴァンのレシピを見てみよう。


「豪華なフラン

 生クリームを用意する。卵黄をよく溶きほぐし、生クリームに加える。これを大きめのダリオル型(円筒形の型)に注ぎ、ミックススパイスの粉末か生姜の粉末を溶かし入れる。次に、握りこぶしくらいの大きなうなぎを湯通しし、よくローストする。これをぶつ切りにし、3、4切れずつフランに立てるように入れる。砂糖を上からたっぷりとかける。火が通ったら冷ます」


 どのようにして火を通すのか具体的に記されていないが、窯(オーヴン)で焼くと考えていいだろう。中国料理や日本料理のように蒸すというのはほぼあり得ない。中世フランスに蒸し器はなかったから。


 現代日本人としては「うなぎの洋風茶碗蒸し? しかも砂糖たっぷり? マジ引くわー」なんて反応もありそうだ。


 でも、日本の蒲焼のたれも甘いじゃん。砂糖との相性は悪くないと思う。


 そうそう、書かれていないが、うなぎの皮は剥いていると思う。うなぎの皮は丈夫だから、皮つきでぶつ切りだと食べにくくてしょうがない筈。そもそも魚の皮は可食部と認識されなかったわけで、それは現代フランスでもおなじだ。


 近現代フランス料理でデザート以外に砂糖を使うことは滅多にないが、中世料理は砂糖をたっぷり使うことが多かった。砂糖と香辛料をよく使うのが中世料理の特徴のひとつと言ってもいい。肉料理、魚料理の味つけに砂糖を使うという点では日本もおなじだから、無茶苦茶なことではなかろう。


 ところで、ブランマンジェという菓子がある。砂糖を加えた牛乳かアーモンドミルクをゼラチンで固めたものだ。これも中世まで遡れるものなのだが、鶏肉や魚をすり潰して混ぜ込むのが普通だった。フランもブランマンジェも時代を下り、肉や魚を入れない、いわゆるデザート菓子として定着するに至ったわけだ。


 それを「進歩」と捉えていいものだろうか? たしかに「純化」という見方もできなくはないだろうが、個人的にはたんなる「変化」と考えている。


 だから、現代のカスタードプリンは中世の王侯貴族や大ブルジョワにとって「物足りない」あるいは「貧相」なものだと思わずにはいられない。庶民なら「えー、なにも入ってないのー?」などと言いながらも喜んでくれるだろうか。

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