第6話 聖戦会議Ⅲ

 魔獣は、この世界においては魔人と同じくリュシアーンが生み出した存在だ。

 魔の力をその身に秘めている超常の獣である。そのため毛皮、骨、肉や内臓はどこをとっても魔力を持ち、適切に加工すれば優れた武具、装飾品、薬や猛毒にもなる。

 もちろん魔獣は一匹でさえ、並みの人間十人以上の力があるので、そう簡単にはいかない。

 魔人以外に決して懐くことはないし、捕らえることもできない。

 利用価値はあるものの、結局扱い辛さゆえ、貴族用の高級品にしかならなかった。


 しかし―――もし魔獣を他の家畜同様に飼うことが出来れば、その価値は計り知れない。

 なにせ、不毛の大地でさえ魔力があれば繁殖と飼育ができる。

 その力は軍馬の数倍、モノによっては空さえも飛べるのだ。


 国によっては、定期的に魔獣を狩り、その加工品を輸出している。

 諸侯の何人かにとっては、それは生命線でもあった。


 俺は、畳みかけるように続けた。


「無論、魔獣によって扱いやすさには差がある。力が強く、気性が荒いものは我らにとっても御しやすいとは言えないのだ。だが、例えばブラコーンやゾルドの飼育は簡単だ。数年のうちに、貴公らの領内で牧場が作れよう」


 ブラコーンは巨大な馬だ。高さは人間の倍近くにもなるが。その蹄の一撃だけでも、鎧はひしゃげ、致命傷となる。

 とはいえ、魔獣の中では余程近寄らない限り、積極的に攻撃することはない。


 ゾルドはワニに近い爬虫類型の魔獣である。特性は影に潜むということと、やはりその顎の噛みつきが、鎧や盾を貫通するということだ。

 しかし、うかつに影に踏み入らなければ、これも攻撃されることは少ない。


 二つの種に共通する点は、まだある。それは外皮や鱗が良質の武具になること。そして俺を召喚した儀式で使った香料にもなるように、内臓に豊富な魔力が含まれているのだ。


 さらに多くの諸侯が、驚きと興味を示してきた。

 それぞれが後ろの人間と話し合ったりして、その価値を弾き出していく。


「確かにその提案は価値がある―――それは、認めよう。しかし、本当にそれほど難しくないのなら、なぜ貴公らがそれをせぬのじゃ?」

 グルード十三世は痛いところを抜け目なく指摘してきた。

 実のところは、魔獣の繁殖は魔人にとっても重労働だ。そんなに増やすのが簡単なら、とっくに大陸は魔獣で埋め尽くされているだろう。


「その疑問はもっともだが、そもそも魔獣の繁殖は祭司団の秘儀なのだ。そう簡単に末端の魔人が知りえることではない。もう一つは、魔人一人が御せる魔獣の数は案外に少ない。羊飼いのように、一家族で数千頭を飼うというわけにはいかない」


 もはやハッタリを織り交ぜての虚言だが、やむを得ない。なんとしても一時凌ぎでもしなければならないのだから。


 グルード十三世はあごひげに手をやり、思案している風であった。

 しかしそれは、にわかには信じられぬという態度のように、俺には思えた。


 だがその時、グルード十三世は激しくせき込んだ。諸侯の目が、一斉に彼に向けられる。

 グルード十三世は水を手に取り、諸侯に手を振る。心配するなという仕草だ。


「グルード十三世殿、それではこれではどうかな? まず我らが用意した地に、牧場を作る。一年間で結果を出せねば、虚偽とみなすというのは」


 レオン三世が語りかける。


「言うまでもないが、成果は聖戦会議の諸侯で公平に分配する。そして一年間は敵対的な軍事行動は控えるとする―――そして」


 そこでレオン三世は言葉を切り、俺に挑戦的な眼差しを向ける。


「魔王ベルよ。形式的には聖戦会議に降伏という形をとってもらうぞ。でなければ民草は到底納得せぬだろうし、聖戦会議に不参加の国々からの非難も免れん」


 レオン三世のその言葉に、諸侯は「おおっ」と声を上げる。

 ぐっ、そう来たか。なるべくなら対等に終わらせたかったが。

 だが、とてもそう言い張れる雰囲気ではない。


「重ねて言うが、適切な時期が来るまで武装解除をすることはない。それでもいいのか?」

「公にしなければ問題あるまい。まぁ、まさか軍備を増強するなどは論外だがな…。グルード十三世殿も、この者の提案は一蹴するのは惜しかろう」


 後半の台詞は、レオン三世からグルード十三世に向けられたものだったが、意味深な言い方だった。


「確かに、そうであるのう……試してみたくはあるのじゃ」


 俺は気づいた。そして深くまでグルード十三世の身体を<分析>する。

 注意力が削がれてしまうので、戦闘力の乏しい相手に普段ではここまではしないのだが。

 ゆっくりとではあるが、この老人、グルード十三世の体内を見ていく。

 そして俺は得心した。成程、呼吸器がかなり悪い。だから、先程もせきこんでいたのか。

 これだと寿命はあと2年ほどであろう。

 魔獣の内臓の中には、薬効になるものも多い。それを期待しているのか?

 レオン三世の言葉は、あえてそれを引き出すためか。


「なら―――どうであろうか? 落としどころとしては、悪くあるまい」


 レオン三世は、諸侯を見まわして問う。

 諸侯の反応は様々だ。頭を振るもの、明らかな賛意を示すもの。

 だが真っ向からレオン三世に反対するものはいない。


「ヒルデ公女も、それで宜しいかのう。連邦の方々には寝耳に水であろうとは思うのじゃが」


 呼吸を整えたグルード三世の声は幾分か枯れていた。それでも意志の強さを感じさせる声で、隣の公女と呼ばれた美少女に声をかける。


 緊張した面持ちの公女は、唇を引き締め、答えた。


「……私には、よくわかりません……。皆様の良き方に従います」


 それは勇者らしからぬ答えであったが、俺にはありがたいものだった。

 これで大勢は決したか。恐らくこの三人がキーパーソンであったのだろう。


「なら、一応の同意が見られたとするのじゃ。……奇妙な展開ではあったが。一カ月の後に再度詳細を詰め、正式な一時停戦とするが、良いか? 条件は魔人の条件付きながらも降伏とすること。魔獣に関する技術の適切な移転をすること」


 グルード十三世の言葉に、口を挟むものはいない。


「この条件を満たせぬ時は此度の乱入も含めて、鉄槌が下るじゃろう。魔王ベルよ」


 最後は警告めいた脅しだった。かなりの不満はあるが俺にも覆す材料がない。

 一カ月の間になんとか打開策を講じる必要があるな…。

 最悪の場合は、その場で戦争が始まるわけだ。


「会談の場は、「白壁」の樫の砦とするのじゃ。最も堅牢で、十分な人数が迎えられるゆえのう」


「白壁」は人間が造った、人間の領土と魔人領とを分ける防衛線の総称だ。実際には延々と壁が続いているわけではないらしいが。

 つまり、こちらをさほど信用しているわけではないということだ。


「わかった、それでいい」


 これ以上の話を引き出すのは、不可能だ。俺はそう判断せざるを得なかった。

 だが時間稼ぎとしては十分だし、とりあえず結束を防ぐ意味はあった。即時の戦争開始を避けられただけでも良しとしなければならなかった。


「……そして、最後に頼みがある」

「なんじゃ。……言うがいい」


 俺は意を決した。これは最後の最後でなければならない。

 この一言は、勇気がいる。成功させるには、話しかける先を間違えないことだった。


「転送魔法は行きだけなのだ。つまり帰りは送ってもらわねばならん。馬を一頭でも貸してもらいたい」


 俺はレオン三世の方に視線を向け、言った。

 情けないのはわかっているが、復路まで用意する余裕はなかったのだ。


 レオン三世は馬に蹴られたかのような顔になり―――大笑いしたのだった。

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魔王様は世界征服に忙しい! りょうと かえ @ryougae

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