第5話 聖戦会議Ⅱ

 聖戦会議の面々は、完全に呆けていた。

 まさに、鳩が豆鉄砲を食らったかのような雰囲気。

 しかし、それも数瞬であった。


「だ、だれだこいつは!?」

「どこに潜んでいた―――!」

「魔王だと、あり得ん!!」


 諸侯はそれぞれに叫び、俺を指さす。

 あるものは怒号を、疑問を、否定を口にする。


 無論、それだけではない。腕に覚えのあるものは、すでに身体が動き出している。

 飛び掛かってくるつもりであろう。


 俺はばっと腕を突き出し、魔力を放つ。室内に一陣の風が吹く。

 とはいえ何か、攻撃するつもりではない。ただの牽制だ。


「我は戦いに来たのではない。……よく考えよ。ここでいきなり戦いを始めれば、話し合いどころではない」


 俺は役者のように、高らかに謳い上げる。


 諸侯のほとんどが、ぎょっとするのがわかる。

 俺の予想通り―――国々の支配者層は、単なる為政者だ。戦闘ができるわけではない。

 さっと見渡す限り、会議の参加者のほとんどはLv5から10だ。

 これは剣や騎乗ができるか、せいぜいが一般的兵士の強さに過ぎない。


 だが、極めて少人数だが明らかな「勇者」が混じっている。

 Lvは100から150程度か。人間の限界は相当程度超えている。

 魔の者に対する相性を考慮すれば、俺とて手こずるだろう。


 しかし――――二人だけ、別格がいた。

 短い金髪の若い男、その後ろに立つ緑髪の女騎士だ。

 男が片手で制してるため動きはないが、Lvは段違いである。

 概算で……約500! 分析も満足にできないほど、勇者としての適性も高い。

 これはドラゴンとほぼ同等だ。一対一でも、今の俺と同じくらいの強さだろう。


 もう一人は、その男からほど近い席に座る、美しい少女だ。

 他の参加者からすれば、娘か孫娘といっても良い程若い。

 だが俺は外見ではなく本質を見る。彼女のレベルも相当の次元にある。

 およそLv300か。巨人も難なく倒せるくらいだろう。エリーンが全力を出しても、とても敵う相手ではない。


 幸いなのは、この二人に飛び掛かってくる様子がないことだ。

 しかも会議中のため、ろくな武器も持参していない。他の連中の巻き添えを考えればいきなり戦いになることはない、と踏んでいた通りだ。


「諸卿よ、落ち着くのじゃ。確かにこの者が言う通り―――軽々に剣を取り合えば、惨劇となろう。無礼には目をつぶるとして、まずは話を聞くほかあるまい」


 苦渋をにじませ、白髪の老人が周りを見渡す。


 俺は心の中で安堵した。決して顔には出せないが、一番の難関がここだった。

 いきなり乱闘になれば、相応に道連れにはできるものの、死ぬことになる。

 特に、あの二人の「勇者」が向かってくれば、こちらも迎撃せざるを得なかった。


 だが、それほど人間達が向こう見ずでないのも計算の内だ。

 今、この街には人が多すぎる。加えてこの会議の参加者だけでなく、恐らく階下にも実務や雑務のために各国の官僚が集っているはずだ。

 さらには、そもそも人間側が圧倒的に優勢なのだ。勝利が揺るがない時、蛮勇や無謀は嫌われる。


 白髪の老人は視線をこちらに戻し、はっきりと告げる。


「しかし、まずは問いたださなければならぬことがある。そなたが本当に「魔王」なのか?

 その証明がなければ、何の意味もないことじゃ」


 これも予想の範疇だ。

 俺は懐から、淡く桃色に輝く石を取り出した。

 石には魔法文字が刻まれており、心臓の脈のように光が波打っていた。

 エリーンから借りてきた、リュシアーン祭司団の秘宝の一つだ。

 曰く、祭司団の重大任務を遂行するものには、この石が貸し与えられる。

 出席者のうち学者然とした何人かが、目を見開くのがわかる。

 この石は魔人の英雄や将軍が所持するものだ。人間もこれまでの戦争の中で、魔人から奪ってきた。当然、勝利の証として人間達にも飾られているに違いない。


「これで不服というなら、他の証はない。それとも我がここに<転移>してきたこと、それ自体が証にはならないか?」


 転移は恐らく、この世界では超高等魔法のはずだ。

 俺もLv1500ではとても成功させることはできない―――エリーン達が用意した召喚の陣がなかったなら。あれを転用することで、やっとうまくできたのだ。

 しかも召喚の儀式のために、様々な資材があった。それらが余っていたのも僥倖だった。


 白髪の老人は、最初に緑髪の女騎士を見、そして他の勇者達を見た。

 それは俺が「勇者」と目した連中だ。ただ一人、老人は席に座る少女だけは見なかったが。


「ユミール殿、この者をなんと見る?」


 老人ははっきりと緑髪の女騎士に声をかけて、問うた。

 やはり、彼女がこの中では皆に認められる強者か。

 ユミールはしかし、即答せず口ごもっていた。


「構わん、所見を申せ」


 ユミールの主であろう、金髪の若者が促す。


「ならば―――申し上げます。その者が魔性の者であることは、その気配でわかります」


 ユミールは静かにゆっくりと口を開く。

 勇者、強者というには不釣り合いなほど、彼女の声音は澄んでいた。


「普通の魔人でさえも、戦士十人が命を賭けなければ、討ち取ることはできません。

 しかし、その者の力は定かにはわかりません。……恐らく、私よりも格上です」


 意外な発言だった。俺はおおよそ互角だと思ったのだが。

 もしかして、Lvに比して分析が苦手なのだろうか。ありうるかも知れない、スキルは他人から学ぶのが基本だ。世界によって、よく使われるスキルには差がある。

 いずれにしろ、その発言はよほど衝撃的だったのだろう。

 会議室が一気に静かになる。凍りついたかのようだ。


 その中で、ユミールの主たる者だけが、面白そうに声を上げる。


「今まで数十人の魔人を切り伏せ、幾多の魔獣を屠ったユミールに、そう

 まで言わせるとはな。 いよいよもって、本物の魔王か!」

「レオン様、左様に面白がっては――――」


 レオンと呼ばれた王は、いよいよ笑いだしそうになる。


「これが笑わずにいられるか! 魔人を滅ぼす算段をしていたら、その魔王が乗り込んでくるとは。 グルード十三世殿、余もこの者に興味が出てきた!」


 よし、ここまでの流れは悪くない。


「まず我は、貴公らと争うつもりはない―――それが第一。それとこれまでの戦争の償いをしてもよいと、我は思っている」


 参加者の目が、俺に注がれるのがわかる。


「それは降伏と違うのか?」


 レオンは、からかいとも本気とも取れぬ調子だ。

 成程、流石にこの会議の出席者だけはある。


「悪いが、武装解除までするつもりはない」

「それでは話にならぬのじゃ。よもや呼びかけで、矛を収めろと言うつもりか」


 グルード十三世が厳しく言い放つ。


「もちろん、停戦は結果に過ぎん。当然、土産は用意してある」


 聞かせてもらおう、言ってみろ。

 諸侯が口々に言い立てる。


「まず魔人領においていくつかの鉱石、地下資源の採掘権。これを貴公らに譲る用意がある。どのみち、銃のない我らでは有効活用できないのでな」


 だが、これには諸侯の反応はない。

 当たり前だ、戦争に勝てば自分達のものになるものだ。魔人を滅ぼしてから、ゆっくりと探せばいいだけなのだから。


「もう一つある。魔獣を調教し、貴殿らにも用いられるようにしよう。痩せこけた地でも巨大になり、精力的に働く家畜だ」


 すっと、何人かの諸侯の目が細くなる。

 その中にレオン三世がいることを、俺は見逃さなかった。

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