第2章 魔王様は会議に挑む
第4話 聖戦会議
大陸中部にあるフィネール神聖王国の王都は今、空前の熱気に覆われていた。
日食にあわせ、魔人討伐のための大会議が行われるからだ。
各国の要職は無論のこと、名だたる勇者達も集められていた。さらに商人たちも武器や兵糧の売買のため、王都に殺到していた。
それだけではない。士官を求め、腕に覚えのある流れ者。さらに都に不慣れなものを狙う犯罪者たち。王都は雑多な者達で溢れかえっていた。
魔人討伐の会議―――伝統として聖戦会議と称される大会議は、こうした陶酔とうねりの中で始まろうとしていた。
聖戦会議は、王都の宮殿内に設けられた大会議室で行われていた。
フィネール王国の英雄達銅像がいくつも置かれ、中央が空洞の円卓も大理石で造られていた。
各国はそれぞれ四人まで、さらにオブザーバーとして数十人が出席していた。そのため会議の出席者の数は百五十人を超えていた。
それでもまだ、会議は始まっていない。南東部の諸侯が到着していなかった。
「エルフの諸卿はやはり呼ばれなかったのか、グルード十三世殿」
その中でひときわ目立つ若い男が、隣の老人に声をかける。短い金髪、野性的なまなざしとゆったりとした服装はまさに、若獅子と称するにふさわしい。
彼は大陸中央西部の三大国家の一つ、シュライズ王国の若き王、レオン三世であった。
見れば、確かに聖戦会議にはエルフは一人もいなかった。
唯一、レオン三世の後ろに控える女騎士が、緑髪のハーフエルフであるだけだ。若葉を思わせる髪はエルフ特有であったが、耳と鼻筋がさほど尖っていないため、すぐにそれとわかる。
だが、会議の出席者で他にそのような特徴を持つ者はいない。
エルフが優れた狩人と魔術の力を持ちながらも、これが今のエルフの地位であり、扱いでもあった。
「余も、思案はした。……しかし第一回を除き、エルフは会議に参加しておらぬ。さらに連邦の賛同も得られなかったゆえ、見送ったのじゃ」
そう言い終わるや、ごほごほっとせき込む。彼は蒼白髪で長い髭をたくわえた老人に過ぎなかったが、眼光は研ぎ澄まされていた。
聖戦会議の主催者でもあり、三大国家の一つ、フィネール神聖王国の王、グルード十三世である。
レオン三世はそのせきこみ、杯から水を飲む様子を見て、いささか不安を覚えた。
グルード十三世は、すでに政務の大半を後進に譲った身。とはいえこの会議を招集し、導く立場にある。恐らくは―――自分の最後の晴れ舞台とするつもりであろう。
ただ思惑はどうあれ、「聖戦」の途中で死なれては困るのだ。今回の「聖戦」は勝利して当然。問題はいかに素早く勝利するか、だとレオン三世は考えていた。
これは聖戦会議の参加者全員に共通した認識でもあった。
大砲と鉄砲は、魔人には決定打にはならなかったが、魔獣には効果大であった。
大陸中央部の魔獣群生地はこの五十年でことごとく縮小、ないしは消滅しつつあった。
そのため、この会議の招集自体はうまくいった。
過去、日食にあわせて開催されるのが聖戦会議とはいえ、魔人領に大打撃を与え、その領土を奪還したのは二,三回しかない。
どの国も興味があるのは戦後だ―――魔人領は耕作に不向きな寒冷な土地とはいえ、広大だ。正確な地図があるわけでないが、供出する戦力に比例して分配すれば、国土は倍になるだろう。
懸念すべき点は他にもう一つある。
レオン三世は、老人の近くに座る少女を見やった。
会議の出席者の中でもひと際若い、否、幼いとさえいっていい少女だ。
だが、それだけでない――彼女は美しかった。流れるように豊かな金髪と、やや垂れ目の瞳、きめ細やかな肌、均整の取れた顔立ち。
大陸中央東部の三大国家のキスレム連邦のヒルデ公女である。
名前は聞いたことがあったが、実際に会うのはこれが初めてだった。
「……申し訳ありませんですわ、レオン様。元老院議員の許可が得られませんでしたの……」
ヒルデ公女は、実に弱々しく、頭を下げる。
彼女は控えめながらも高価なアクセサリーの数々、そして機能性と美的センスを組み合わせた瀟洒なドレスに身を包んでいた。
「貴女のせいではありません、公女殿下」
レオン三世は如才なく応じた。
ヒルデ公女も、微笑みを返してくる。それだけで名画も顔負けの情景だ。
そう、ヒルデ公女はまだ少女でありながらも、すでに絶世の美貌で知られていた。
問題は、彼女があまりにも若すぎ、キスレム連邦のお飾りでしかないことだった。
無理もない。レオン三世ですら、彼女が冴えわたる花のようだと認めている。
しかし連邦最大の貴族とはいえ、当主を引き継いでまだ一年半ほどのはずだ。
さらには虫も殺せないような気質に、貴族の反乱も未だ散発しているという。
聖戦会議の成否は、連邦をどれだけ動くかだとレオン三世は踏んでいた。
連邦はさらにエルフ領とも接しており、外交権を押さえてもいた。
シュライゼ王国にはエルフに対する偏見は少ない。反対にエルフの諸部族と接するためか、連邦は明らかにエルフへの警戒と差別意識を隠さない。
日和見の連邦貴族に兵を出すよう強制し、万全を期すためエルフとも連携をとる。
それが出来れば最善だが、ヒルデ公女にはあまりに重荷であるように思えた。
(できれば、聖戦会議の総力で短期決戦を挑んでほしいものだが―――)
レオン三世には弱みがあった。
南の大国ザール帝国と事実上の戦争状態にあるのだ。
全面戦争というにはほど遠いものの、座視できるほど小さなものでもなかった。
「……わたくしでできることがあれば、なんでも仰ってくださいませ」
ヒルデ公女が目を潤ませながら言う。
意志の弱い男なら、これだけで心動かされることだろう。
「公女殿下の御力を借りることがないよう、最善を尽くしますよ」
レオン三世がそう応じた時、がやがやと、さらに一団が入室してきた。
彼らのほとんどとレオン三世は面識なかったが、グルード十三世は流石に見知っていたようだ。補佐に名前を確かめるまでもなく、一名一名紹介すると、着席を促した。
それが終わると、グルード十三世はやおら立ち上がり、大声で呼びかけた。
「さて、各々方。遠方より名誉ある諸卿が、全て到着されたようだ。まずはこの聖戦会議を主催したものとして、皆の参列に心より謝意を述べたい」
グルード十三世が頭を下げると、会場は水を打ったかのように静まり返った。
「此度の聖戦会議は―――これで成功を約束されたも同然であると、余は確信しておる。ついに、いにしえよりの因縁に決着をつける時が来たのだ。いまや我らの力は魔人を遥かに超え、余りあるものだと皆が知っておる」
そこでグルード十三世は一拍おき、手を広げ、力強く断言した。
「しかしながら、万全に万全を期すため、諸卿の知恵と御力をお借りしたい。これこそ! 父祖寄りの悲願! その成就と、永遠の勝利のために!」
言い終わるや否や、会場中から拍手が巻き起こった。
その瞬間、会議場全体が揺れた。杭がうちこまれたかのような、衝撃。
そして、円卓の中央から、紫の閃光が走った。
一瞬、全員が目を背け――――視線を戻すと。
そこには、茜色の髪の少年が立っていた。
「突然、失礼――――。この非礼はなにとぞお許し願いたい! 我は魔人を統べるもの、魔王ベル! 勝手ながら停戦を呼びかけるため、参上した!」
ベルはそう呼ばわると、不敵に笑った。
その笑みはまさに、魔王と呼ぶにふさわしいものだった。
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