第3話 魔王様は追い込まれる

 あれこれ美辞麗句、着替え改めやら帯刀の儀式やら、いらん習わしを並べるエリーンを一蹴し、俺はさっそく世界征服を進めるべく、執務室へと向かった。

 マルバスも脇に抱えながらだ。にゃーにゃー鳴いてるだけだが。


 文明の程度は中世レベルだろうか。掃除は行き届いてるようで、不快感はなかった。

 静かすぎるためか、足音が響く。あまり人がいる雰囲気がないが。

 それと、気温はかなり低い。雨が降れば、凍えるのは避けられないほどだ。


 歩きながら、この世界全体の情報を聞き出す。

 まずは人間や魔人の現在の状況や勢力程度だが、一刻も惜しいのだ。


 まずここはエリーン達、リュシアーン祭司団の居城ということだ。

 魔人のなかでも有数の勢力であり、北の果てにあるらしい。


 そう、この世界は巨大な一つの大陸で構成されている。

 魔人が住処にしており、今俺達がいるのが大陸北部。寒冷で厳しい土地。他にエルフや魔獣達が集まっているのも北部だそうだ。

 北部以外はほとんどが人間の勢力圏になる。豊かな大陸中央部には三つの大国、約三十の小国家があり、特に三大国は魔人と争い続けている。

 南部は二つの大国とドワーフの王国、残念ながら魔人の情報網では詳しいことはわからないということだ。


 魔人の数は少ない―――人間の千分の一未満の人口だそうだ。しかし、戦力的には魔獣で補っているのと、北部が非常に荒廃、生産性が低いため、魔人達はかろうじて勢力を保持できているのだ。


 あと魔人には一つの特性があった。<解放>といって、短時間だが大幅に戦闘力が上がるのだ。

 その話を聞いた時、俺はすぐさまやってみせろと言った。

 長い魔王生活の中では、こういうのはすぐ把握した方がいいのだ。


 そうするとエリーンは立ち止まり、数回深呼吸をした。

 エリーンの中の魔力が爆発的に高まり―――吹き上げた。

 蒼いオーラとなって、迸っている。


 すげえ、エリーンのLvが50から250へと跳ね上がった!

 Lv250といえば、小型ドラゴンと同等だ。

 ……まあ、今の俺のLvは1500だが。

 しかし高次存在がグレードダウンした俺と、物質界で鍛え上げたエリーンのLvは違って当たり前だ。一定時間とはいえ、Lv250は本当にすごい。


 この<解放>があれば千分の一でも、うまく立ち回れば人間の軍と戦えるだろう。

 あと元のLvが高い程効果も大きいと言っていたな。弱点は精神を落ちつかせ、集中が必要なことぐらいだろう。


「こちらが先代魔王様の執務室になります、魔王様」


 エリーンが品の良い薄い白と、細かな宝石で彩られた扉を開けた。


 だが中を見た途端、俺は猛烈に嫌な予感がした。

 なぜなら、部屋には金銀で飾られた細長い寝椅子があるだけなのだ。


 抱えられていたマルバスはするっと寝椅子にいき、寝っ転がりだしたが。


 机は? 本棚は?

 これって、椅子に寝そべることができるだけだよな?

 とても書類仕事をするようには見えない。


 エリーンは片膝をつき、優雅に寝椅子を指し示す。

 やむなく俺は、寝椅子に腰掛ける。


「ひとつ聞きたいんだが、過去の資料はあるんだよな?」

「口頭では不足でしょうか、魔王様」

「文字媒体で欲しい。竹簡でも羊皮紙でもいい。石板、粘土板は避けて欲しい…」


 最後は小声になってしまう。適当にスキルを使って読むから、とりあえず書いてあれば問題はないんだが。

 まさか、まさかなのか!?


「―――ありません、魔王様」


 おおい、マジか。

 思わず仰け反ってしまった。


「魔法陣で俺を呼び出したのは?」

「口承で学んだものです。我らはすべてそうです」

「読み書きは? どれだけできる?」

「魔人のほとんどは出来ないはずです」


 俺が怪訝そうにしているためか、エリーンの顔が曇っていく。


「申し訳ありません、人間が文字を使っているのは知っていますが……寿命が長く、頑強な魔人は口伝ですましてしまうのです」


 頭が痛くなってきたぞ。確かに持って生まれた能力があれば、文明の発展は不要なのかもしれんが、極端すぎる。


「武器はどうしてるんだ。話によると、人間どもは色々と作ってるんじゃないのか」


 そう、反対に人間の武装度はそこそこ高い。馬ほどの鉄の筒から鉄の玉を撃ち出す武器や、携行する位の細長い筒から丸い鉄を撃ち出す武器も出てきたらしい。

 いわゆる大砲と鉄砲だろう。


「昔ながらの武器や、人間から奪ったものを使っています」


 そうするしかないよな。

 大規模生産なんぞ夢のまた夢だ。


「それと、他の魔人達はどうしてるんだ? 祝賀や挨拶があるんじゃないのか?」


 これも気になっていた。本来ならリュシアーンとかいう奴がよみがえるはずだったが、成功すれば盛大な祝いの宴をするだろう。

 当然、魔人の他の有力者が挨拶にくるはずだ。

 なのにこの城内にはエリーン達以外に大勢がいる雰囲気がない。ざわめきがないのだ。


 エリーンの目があからさまに泳ぐ。

 少しの付き合いだが、エリーンは顔に出やすい性質のようだ。


「……ここには私ども、祭司団だけです。各地の有力者には儀式の前に呼びかけをしましたが、応じたものはいませんでした」


 一息でエリーンが言い切る。不都合なことだと、自覚しているんだろう。

 そのまま「大変申し訳ありません、魔王様」と本当に申し訳なさそうにいう。

 やはり、そうなのか。この城内にはエリーン達しかいない。


「重要なことだが、どうして来なかったと思う?」


 これは本当だ。社交辞令で誤魔化されてはたまらない。

 もしかしてリュシアーンって人望ないのか。変態野郎な気はしたが。


 一息吸って、エリーンは語り始める。

「第一にリュシアーン様は我ら魔人を創造した偉大な王ですが、その御世は遥か昔1500年以上前のことになります。魔人の寿命は100年から150年。我らにとっても、あまりに古い出来事なのです。中には伝説上の人物として、崇敬を失っている者達もいます」


 なるほど、魔人にとっても過去の英雄よりも遠い存在なのか。

 あるいはその生涯が色々脚色され、真実味がなくなってるパターンか。


「第二にこの儀式は数百年に一度、日食にあわせて執り行います。過去、この儀式が成功した試しはありませんでした。我らにとって極めて重要な儀式ながら、そのために今回も失敗するだろうと考える者達もおりました」


 ふーむ、今回も成功はしてないんだが。結局リュシアーンは復活していない。

 結果としてその連中は間違ってなかったわけだ。

 というより、魔法陣が間違っているので成功するはずもないが、黙っておく。


「第三に、これは……その、リュシアーン様の性質によります。なにせ、可能な限り女性を侍らし、魔人のみならず他種族の女もおおいに嬲っていたとか……。話では、城内に夜伽の相手として連れてきた人間の女に封印されたとあります」


 人望なくて当たり前だよ、それ。

 創造主でプラス以上にマイナスの好色が酷くねえか。

 だからエリーン達の服装も露出が多く、きわどいのか。


「理由はわかった。ちなみにだが――話をしにいった奴らのうち、俺のような魔王にすぐに従いそうな奴、反逆しそうな奴はどれくらいだ?」

「……人間やエルフの領土に近い魔人は、眼前に差し迫った脅威があるといえます。彼らは魔人の約三分の一になりますが、沢山の供物を用意し儀式に最も協力的でした。リュシアーン様でなくとも、魔王様の御力をみればすぐに従うと思います。三分の一は懐疑派で、リュシアーン様が復活したからといっても従わない方々です。すぐに馳せ参じはしないでしょう。残り三分の一は、明らかに儀式に反対、もしくは非協力でした。彼らの中には……その、リュシアーン様により娘や妻を差し出すことになった名家ですとか……しかし反逆はしないでしょう」

「それはどうしてだ?」


 俺は少し試してみる。これまでの話からエリーンに学はないが、頭は使えそうだ。

 しっかりと答えられるなら、これからも副官として重用できる。


「人間達と相対する魔人達は、すぐに魔王様の傘下となるでしょう。そうなれば儀式反対派が剣をとっても、人間共の壁になっている魔人と戦うことになります。戦力としてはほぼ互角。彼らなしに、人間を防ぐことはできません。儀式反対派もそのことは理解しています。余程のことがない限り、内輪で争うことはありえません」


 よし、合格だ。


「わかった、エリーン。当面、内部で争う危険はないとみていいんだな」

「はい、ただし御味方は早急に増やしていかなければなりません」


 うんうん、その通りだ。信頼できる味方がいれば、世界征服もとんとん拍子で進む。

 それはどの世界でも共通だ。


 俺は光明が見えた気がしたが、エリーンの顔は反対にえらく神妙だ。


「人間共はこの儀式の後、必ずと言っていいほど大軍で攻め寄せてきます」


 えっ、そうなの!?

 日食にあわせた儀式だからか!?


「潜り込ませた密偵によれば、大陸中部、フィネール神聖王国の王都で大規模な会議が始まるとのこと。かつてない軍勢が集結しつつあり、すぐに態勢を整えなければ……」


 ……人間、準備良すぎでしょ。

 あれ、ゆっくりと地盤固めとかさせてもらえないの?

 なんだか目の前が暗くなってきた。


「確認なんだが―――壁となってる魔人でその軍勢は防げるんだよな?」


 エリーンの瞳が揺れる。それが望まない答えだと予感させる。

 俺も椅子を掴む手に力が入る。


「不可能です、魔王様。人間共の軍勢が結束を保ち進んでくれば、魔人は滅亡します」


 ああ、そういうことか……。

 これで得心がいった。だから最初にいきなり俺を刺そうとしたのか。


 この儀式は、まさに魔人にとって存亡を避けるための切り札だったのだ。

 成功したことがなくても、反対する奴がいても、やらざるを得なかった。


 エリーンは口にしないが、この「反対」とやらは決して生易しいものではない。

 散々に罵倒され、侮辱されただろう。

 協力的な連中でさえも、重荷だったろう。どれだけの期待と圧力があったことか。


 だからこそ、俺のような何者ともわからない奴が現れ、激高したのだ。


 そしてもう一つ、エリーンの心の中が見えた。

 彼女は単なる魔術師や神官、宗教家とは程遠い。確かにリュシアーンに対する信仰心もあるにはあるが、それ以上に現実主義的な面もある。

 冷静に敵味方を分析し、率直に言葉にするセンスがある。


 恐らく儀式の最中、真剣に祈っていたのだろう。どうか人間達を打ち倒し、自分たちを助けてくれと。


 それは夢想でもあり、偶像に縋っていたのだろう。しかし、その脅威は確実であり、解決すべき問題があった。だからこそ、儀式だけに専心することなく、人間の動きも調べていた。


 降臨したリュシアーンに現状を報告し、早急に動いてもらうために。


 いいだろう。味方となる軍勢はまだおらず、兵力は圧倒的に不利。

 敵は結集し、装備も整えている。

 人間の数が揃っているなら、勇者たちも相当数いるだろう。

 俺の今の力では、経験上、正面決戦で敗北は必至。

 相打ちにもならない。つまり滅亡は避けられない―――。


 面白い、魔王たる俺を前にしてよくも難題を積み重ねたものだ。

 だが、まだ手はある。


「人間どもの会議に乗り込むぞ」


 エリーンは一瞬何を言われたかわからず、続けて、絶句する。


 見せてやろう、魔王の手腕を。

 崖っぷちにあってさえ、逆転の目は残されている。

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