ⅹ 能力開発の生んだ心

フラベンの屋上は、屋上テラスとして開放されており、自販機が複数台置いてあるだけに留まっている、中のフロアからは想像できないほどの殺風景で居心地の良い空間が広がり、夜になった外気とそよ風が、ひんやりと体を冷やす。

 僕は、船木伸一が待つ柵の方へと歩く。先ほど買った、温かい飲み物を二人分、ポケットに入れて手を温めながら、夜に光る街の輝きを、遠目で眺めながら。


「おう。悪いな、来てもらって」

「いや、大丈夫だよ。はい、温かいよ」


 僕は船木伸一にその飲み物を手渡す。船木伸一は、「サンキュ」といい、それを受け取り、開けて一口。僕も自分の分を取り出し、一口。そうして、しばらくは一緒に景色を眺める。そして、船木伸一から、本題を話し始めた。


「玲奈と一緒にいてどうだった? 楽しめたか?」

「うん。楽しかったよ。なんとか、彼女も楽しんでくれたみたいだった」

「そうか。狭間に迷惑かけてないならよかったぜ」

「そちらはどうだったかな?」

「いや……大変だった。宇津木って、あんな感じなんだなって思ったよ。少なくとも、俺とは波長が全く合わなかったな」

「やっぱり、迷惑かけちゃったんだね。ごめん」

「狭間が謝ることはないさ。……多分、“能力開発”から生まれたんだろうと思ってるからな」

「そう、だね。やっぱり、君たちも……」


 川嶋玲奈が抱えていた想い。それは、恐らく能力開発を受けた後から派生した心だろう。僕はそう思っていた。何故なら、僕たちがそうだから。そして、それは、船木伸一にも当てはまるはず。


「玲奈から聞いただろう。玲奈は、そういうことを愛情と受け取るのさ。そのせいで、健力者の異性から不気味がられて、暴力よりも傷つくことを、高校3年間でたくさん味わった」

「……ネグレクト」

「ああ。ネグレクトを筆頭に、あること無いことを言いまわされ、そのせいで、女子からも良くは思われなくなった。だから、あいつは男性恐怖症になったのさ。自分そのものを否定する存在を、好きになる奴はそうはいねぇ」


 自分の心を無下にされ、自身を咎める嘘を、周りの人たちに言われる。川島玲奈は、それだけで相当に心に傷を負ったことだろう。自分にとっての愛情が、周りにとって異質であると強引に教えられ、馬鹿にされる。冗談では済まされない行為を、川嶋玲奈は高校生から味わったのだ。


「玲奈は、高校入学時に能力開発手術を受けて3年間、その能力開発が生んだ心に苦しめられて過ごしてきた。あいつにとって、その3年間は、自分自身が何なのか、そのアイデンティティと向き合う、長くつらい時間帯だったろうな」

「そんな彼女と、大学で会ったのが船木君だったんだね」


 彼は、少し悲しみを含んだ笑顔で答える。


「ああ、そうだぜ。あいつとは、1年のライフデザインの班が一緒で、そこが初めてだったよ。――今なら分かるだろうが、俺も、高校入学時に能力開発手術を受けたのさ。まあ、俺も人にああいうことをする奴だったから、色々あってな。境遇が似ている高校の話しから意気投合したのさ」

「そこから、始まったんだね」

「……玲奈と俺はこれ以上ないほどに相性がよかった。行為をする必要もないくらいに。だから、このことが、周りから見たらdvと受け取られるということは頭から抜け落ちていたぜ。全く、後天的に生まれた心は厄介だな。お互いにさ」


 恐らく、有夏から聞いたのだろう。僕たちの異質な愛情についても理解しているような言葉を言う船木伸一。


「本当にそうだよね。――でも、その後天性の心によって、僕たちは出会うことが出来たんだよ」

「確かに。能力開発研究所の皆には感謝だな。能力と一緒に、健力者から理解されない性癖をくれて、出会いのきっかけをくれたんだしな」

 

 皮肉なのか、本心なのか。どちらともとれるような言葉を放つ船木伸一。津南太一の時もそうだが、第三者からは理解されない心を、僕たち能力者は抱えている。今回の一件で、僕はそのことに確信を持つことが出来た。やはり、能力開発手術を受けると、能力だけでなく、他にも影響が出るのだろう。それは、直接的に命に関わらないため、能力者に説明をしない。健力者時代の感性と能力者の感性がぶつかり合い、無意味な葛藤をし、苦しむくらいなら、知らない方が幸せで生活できるだろうと判断しているのだろうか。どちらにしても、僕たち能力者は、健力者とは分かり合えない部分を抱えながら、この世界で生きているということだ。


「だがまあ、俺たちはまだマシなほうだと思うぜ。だって、宇津木のあれは、マジで健力者からしたら、行き過ぎた領域だろ。俺たちが特急なら、あいつはリニア新幹線さ」

「えっと、その例えはいまいちピンとこないけど、確かに彼女はすごいよ。気まぐれだし、僕の家にいるときは、いつ臓器を盗られるか分からないんだ」


 有夏が抱える愛情。それは、臓器だ。好きになった臓器を持つ人を愛し、その人の臓器を取り出して愛でることが、彼女にとっての最大級の愛情表現なのだ。そして、僕はその恍惚に溶ける表情を持つ有夏自身を愛している。


「あのさ。ちょっと踏み込んだこと言って良いか?」

「どうぞ」

「宇津木が愛しているのは臓器ってことは、その臓器をもつ人の “人格”とかは、愛しているわけじゃないってことになるのか?」


 そう。有夏のことを聞けば、誰でも持つ疑問だ。彼女はあくまでその人が持つ臓器を愛する。そこに、「優しいから」とか、「かっこいいから」という人格が関わるような理由など含まれない。だから、僕はこの問に対しては、いつもこう答えることにしているのだ。


「そうだね。少なくとも、有夏は、僕でなく、僕の臓器たちを愛しているよ」


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054884833851

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