ⅺ 異端な日常へ

 ある日の午後。曇り空に覆われ、凍える風が吹きつける午後。3限の講義が終わり、僕は有夏と合流して、近くの学食へと遅めのお昼を食べに向かう。広大な構内を移動するため、中には専用の道と構内自転車や、棟から棟へと瞬間移動移動する部屋があるが、それらを使わずに移動する学生たちは、次の講義の時間までに着くため、早歩きで移動している。それは毎日の早歩きマラソンで、運動不足気味になりがちな学生たちの間では意外に好評らしい。そのため、至る所に自販機があり、水分補給が気軽にとれるようになっている。


「全く。毎日歩いて移動する学生たちに尊敬の念を送りたいわ」

「そうだね。棟同士が離れていたら、結構移動が大変だもんね」

「駅伝にでも出れば総合優勝間違いなしなのにね」

「実はね、ここの大学もかつてはチームを持っていたらしいよ」

「あら、今はないじゃない。ま、どうせ何か問題でも起こしたでしょう?」

「それがね。襷リレーがうまくいかなくて喧嘩が起きたんだんだって」

 

 有夏と何気ない会話をしながら、学食が入っている棟へと向かっている途中、その至る所に配置している自販機の一つの前に、川嶋玲奈がいた。ちょうど、オルメアで飲み物を買ったところらしく、その手には未開封のボトルがあり、持っている手には、あの熱線の糸が巻き付いているのが見えた。


「やあ、川嶋さん。船木くんとお楽しみだね」

「ふ、二人とも、こんにちは。そうなんです。今日は朝からしてくれて、とても気分が高揚しているんです」

「それは良かったわ。てっきり私は、今日の天候に似つかないその汗を流している原因が、それかと思って心配したわ」

「あ、これは汗ではないんです。超力の影響でそう見えるだけですよ。心配させてしまってごめんなさい」

「おい、玲奈。早く来ないと始まるぞ」


 川嶋玲奈のオルメアから船木伸一の声がする。川嶋玲奈はその声に応じて、足早に僕たちと別れた。あの調子だと、もはや心配する方が彼らに失礼かもしれない。そう思いながら、食堂に入った。


 ――――――――


「やっぱり、能力者は、能力以外にも何かしらの物を得ているみたいね」

「うん。正直な話、こういうのは僕たちが特別で、他の人は違うのかと思ったけど、そういう訳じゃないみたいだね」


 お昼を食べ終わり、今までのことを話し合う。津南太一たちのこと、船木伸一たちのこと。彼らは、健力者たちから見たら異常である性癖を抱えて生きていた。今の僕たちの関係と似ているそれは、恐らく能力開発手術が影響しているだろうと思っている。まあ、八木原先生に聞けばいいのだが、恐らくその答えを聞く前に実験に被験者にされてしまう。あの人はそういう人なのだ。


「過激派が生まれた理由も、この厄介な後天性の心が影響していると考えると、他人事じゃないかもしれないわね。同情は絶対しないけど」

「うーん。もしかしたら、僕たちが思っている以上に、過激派たちが抱えている爆弾は大きいみたいだね」

「そうですね。僕らが抱えているものは、この未来世界が生んだ隕石ですよ」


 急に、どこかで聞いたことがある声が割り込んできた。見ると、津南太一と湯沢南のテニス勝負の際、飲み物を持ってきてくれた、美麗な青年だった。彼は、いつの間にか僕の隣の席に座り、頬杖をついて話しに入っていた。


「 “僕たち”ってことは、あなたは過激派の一人ってことで間違いなさそうね。臓物取り出せて人殺しが出来る私を勧誘にでもしに来たのかしら」

「それはとても魅力的な力ですね。しかし残念賞。入る気がないのは知っているので、勧誘は来るべき時まで待っててもらえますかね。僕はただ、二人と話しをしたくて来たんです」


 そういい、彼は僕の方へと向き、その整った顔を笑みを浮かべながら話し始める。


「狭間くんは、船木伸一ら二人を見て何を想いましたか?」

「何を、ね。まあ、愛情には色々な形があるから、仲良くしているのが羨ましいとは思ったけど、そのくらいかな」

「――本当のことを言ってもいいんですよ」

「……これが僕の本心さ。少なくとも、意識化されている本心だけれどね。無意識の意識化って難しいんだ。深夜に底の深い湖から特定のかけらを取ることが難しいのと同義みたいにね」

「なるほど。ではそういうことにしておきましょうか。お二人は、今までの能力者たちを見て、恐らくこう思ったことがあると思います。 “健力者から見たら異常性癖の集まりだ”ってね」

「どうだろうね。思ったかもしれないけど、それは無意識のなかだろうね」

「冷静に考えてもそうでしょう。「一日中テニス勝負をすることが愛情表現だ」とか、「超力で痛めつけられることが愛情表現だ」っていう健力者がいたら、集団から排斥されますよ。ねえ、宇津木さん」


 この青年が話しを始めてから一言もしゃべらない有夏に、その青年は話しを振る。彼女は、飲み物を一口含み、ようやく話しに入ってきた。


「そうね。しかも、それはにこやかに笑ってる裏で、狂言や毒を吐いてるやつが率先してやりそうなことね」

「そうですか? そういう人って、むしろ被害にあった人たちの肩を持とうとするんじゃないですかね? だって、人の愛情表現なんてそれこそ人の数だけあるんです。確かに、一般的にこうするものだと言われているものは、人間が誕生してから形を変えて存在し続けていますが、そんな形骸化した思想を基に、人を排斥する輩こそ、世界から排斥されるべき存在だと、そういう人は毒を吐いてそうですがね」

 

 その青年は、笑みを崩さず、しかし口と眼は全く笑うことのない表情を、有夏へと向けていた。ああ、なるほど。僕は一人勝手に納得する。過激派が生まれる理由の一つはこういうことがあるのか。


「話しを戻しましょう。健力者から排斥されたら、次に能力者たちはどう動くと思います?」

「能力者同士で飲み会」

「それは良いアイデアですね。でも、実際に起きたことは、能力者の選定でした」

「殊力者と超力者の誕生ってことだね」

「そうです。流石は狭間君、理解が早いですね。そう、健力者たちから排斥された能力者は考えました。「健力者は、自分たちより高貴な存在を近くに置きたくなくて排斥したに違いない」と。そこで起きたのは、能力による格付けです。ここで、不可思議な能力を持つ超力者と、生物に実際に備えられた能力を備えただけの殊力者という区分が生まれました」

「醜い争いね。結局、能力者という立場は変わらないのに、自分たちを納得させるためだけに、同族で格付けして尊厳を保とうとするなんてね。ある意味、社会心理系の人には大いに喜ばれる現象だわ」

「実際、そういう所に着目した社会心理系の論文は発表されていますよ。そのような動きがあって、今の未来世界の文化に取り込まれていきました」


 青年が一息つく。同時に僕たちも、飲み物を口に含み落ち着く。僕には、この青年が何を言いたいのか、理解が付かなかった。こんな話を僕たちにして、一体何を考えさせたいのだろうか。過激派への勧誘ではないなら、一体……


「こういう流れがあって、殊力者と超力者は争っているんですよ。だから、殊力者と超力者が相容れることは合ってはいけないし、相容れることはない。長い歴史の中、自分たちの居所を作ることで精一杯。 “能力者”という一つしかない孤島を、どちらかが占拠するまで終わらないんです」

「つまりは民族紛争みたいなことだね。全く、何も知らずに平和に生活していたいのに」

「そうですね。こういうことを知らずに、能力開発手術を受けて能力者になり、社会的文化に浸透した紛争に自然に巻き込まれてしまうということが起きているのが悲しいですよ」


 青年は笑みを浮かべながらそう言う。そして、その青年は席を立ち、僕の背後に立つ。


「だから、二人の関係はとても危険なのですよ。状況はさながら、ロミオとジュリエット。二人は結局、社会に翻弄されて悲劇の終幕を得る運命にあるんです」

「それはいやね。悲劇的な展開って壊したくなるのよ。グリム童話みたいに、最後は悪が滅んではいハッピーって感じにね」

「僕も、悲劇は嫌いだよ。それに、争いもあまり好きじゃないんだ」

「そうですね。僕も争いは好みではないですよ。でも、いずれ選択の時は来ます。通常の人生の選択ではない選択の時がね」


 そういい、青年は出口の方へと歩き始めるが、途中で歩みを止めて、こちらに振り向くことなく、僕たちに警告をする。


「ああ、お二人とも。今後は夜道にお気をつけて」


 その言葉を最後に青年は人が疎らに出入りする食堂から出ていった。僕たちは、青年が言いたかったことを考えるように、家に帰るまでは、とても静かに過ごしたのだった。


 ――――――――――


 日が沈む世界は、多くの人を家へと帰し、居酒屋へと誘っていく。

 大学から帰ってきた僕たちは今、僕の家のベランダから景色を眺めていた。遠くに見える、多様に輝く高層ビル群。近くの路地には、犬の散歩から帰ってくる人。ランニングをしている人。空には、空中散歩中のテレポートの超力者たちの小集団。僕は、この景色の中の一人でいることがとても好きだ。ちゃんと、この世界の中で生きているということが実感できる。実はとっくに死んでいて、ここに居るのが僕の形を成した別人格であることの否定を、この世界はしてくれるのだ。


「結局、過激派に目を付けられてしまったわね。全く、なにが「ロミオとジュリエット」よ。自分で言ってて恥ずかしくないのかしら」

「でも、分かりやすい例えだと思うよ。実際、今の社会情勢的に合ってるからね」

「じゃあなに? 最後は私が仮死して、知らないあなたは自殺するって? 無理でしょ。あなたが倒れていたら、私はあなたの心臓取り出してその場で愛でるわ」

「いくら死なない僕でも、そこまでされたら当分は起きれないかもね」

「あら、それじゃあ試してみる?」

「どうやって?」

「私が腕を振るって作った愛情満点の料理で」

「はは……それは最高の猛毒だね。食べる時が来ないことを祈っておくよ」

「そうね。私も来ないことを祈ってるわ」


 僕たちはベランダから部屋へと戻り、普段の日常へと戻る。僕が料理をして、有夏がその他の家事をしてくれる。そうして、一通りのことを済ませ、気づけば、もう夜も深まる時間になっていた。そしてこれから、いつものあれをする時間となる。僕――いや、僕たちが最高に輝く時間。


「それじゃあ、行くわよ」

「ああ、良いよ」


 有夏は、僕の右側中心付近へと手を近づける。そして、僕の体の中にある臓器を、超力によって取り出した。今回は膵臓。痛みはあるが、気絶するほどではない。有夏に臓器を採られる際の痛みは、慣れたのか、ちょっとした痛みでは気絶することはなくなってきたのだ。このおかげで、これまでよりもずっと長い時間、世界最高峰の存在を、すぐそばで眺めることが出来る。


「改め思うけれど」


 ふと、有夏が僕に言葉を放つ。僕はしっかりと反応を示し、言葉を待つ。


「あなたって異常よね。臓器を眺めている私の顔を見るのが好きだなんて」

 

 それは本当に改めてだ。一応、1年近くはこういうやり取りをしてきたのに、そのことについては恐らく初めて言われただろう。でも僕は、その言葉にすぐに反応出来た。だって、それは僕が存在する理由とも言えることなのだから。


「うん。大好きさ。だって、すぐそこに、世界で最も美しい人が、最も美しい表情で、最も愛しい光景を映し出しているんだもの」


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054884898508

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