ⅸ 唯一の特殊
「なんだか、普通に遊園地にでも来たみたいに思えてきたよ」
「す、すごいね。ここには初めて来たけど、最下層にこれがあるって、結構びっくり……」
僕と川嶋玲奈は、大型複合商業施設『フラベン』の最下層にエレベータを使って降りてきた。最初は何気ない、外の映像で作り出された外の一本道を歩いてきたが、途中に設置してあったゲートを通ると、そこは、アトラクションが多く配置されたテーマパークがあった。曜日が曜日なだけに、相当な人混みが出入りを繰り返し、喜びの声を多く発声させ、華やかな空気を作り出している。
呆気に取られていた僕たちは再び歩き出し、入場ゲート横にある受付窓口へと並んだ。有機EL案内板を見ると、入場だけなら2000円程度だが、しかし、中のアトラクションごとに料金がかかる。入場とアトラクションセットでは、一人1万ほど。さらに、中のご飯系の店全てで用意されているお得なセットと限定品を合わせたセットが、一人3万とあった。
(いやはや、普通の学生たちは絶対にここには来ないな)
周りをよく見ても、6、7割程度が子どもの居る家族、老夫婦、お金持ちそうな若夫婦だった。普通の学生っぽい人たちは、本当に少なく思える。
「すごいね。これでもかってくらい色々とセットを出してるよ。どうしようか?」
「あ、は、狭間君が選んでいいよ」
「そう? じゃあ、無難にアトラクションセットで行こう。アトラクションに乗りに来たようなものだからね」
そうして、窓口で受け付けをする。当然、支払いは僕だ。娯楽用の口座から、指紋認証によって支払いはすぐに終え,入場ウォッチを受け取る。これは、「中に超小型ICチップが入っており、セットに応じたデータが入っているもので、入場、一時退場、再入場、アトラクション入場の際、必ず必要になるもので、他にも、待ち時間の検索や音声案内、パレードなどの情報も全て詰まっている」と説明を受ける。もちろん、通常の時計としての機能も備えている。見ると、真ん中には液晶タッチ画面があり、様々なメニューが配置してあった。
「や、やっぱりテーマパークってこれなんだね」
「そうなの? 僕は生まれてから今まで、こういうテーマパークには来たこと無いんだ。むしろ動物園系しかないんだよ」
「そ、そうなんだ。どこの動物園にいったの?」
「新宿にあるところでね。そこでは色々と体を弄られたり、実験に付き合わされたりしたよ」
「――ふふ! それって、“能力開発研究所”のことでしょ?」
「――正解。滅多に死なない僕は、結構な内容の実験に付き合わされたよ。マジックミラー越しで、研究者たちの見世物になりながらね」
そんな会話をしながら、入場ゲートへと歩く。その時、喉が渇いていたのか、川嶋玲奈は飲み物買おうとしていたので、僕は代わりに自販機の前に立ち、欲しいものを買って渡し、ついでに自分の分も買う。そうして、僕たちは入場ウォッチを使って入場し、アトラクションへの道中や待ち時間は、こんな世間話を話しながら時間を潰していった。中を移動するとき、川嶋玲奈の手は濡れており、ほんのり熱も籠っていた。
――――――――
「結構乗ったね。いやはや、コースター系は全部ここからさらに下へと降りることになるなんてね。人は次にどこの空間を使って娯楽を作るんだろうか」
「さ、流石にもう使える空間はないと思うよ」
「分からないよ。もしかしたら、次は、また別の次元の世界を発掘するかもね」
僕たちは入場してから、ここにあるアトラクション系を全て制覇した。人が多かったこともあり、今はもう夕方近く。ここの閉園は終電のちょっと前あたりなので、有夏組からの連絡を待つことと、休憩を兼ねて、カフェへと入り、息を整えることにした。しかし、アトラクションに乗ることが楽しくて、つい、本題について触れることが出来なかった。元々、僕はこういう探偵みたいなことは苦手で、恐らく、話しを始めても、うまく引き出せなかっただろうし、有夏の情報を聞くしかないだろう。
(はあ。やっぱり、船木伸一との飲みはたまたま勢いがあっただけだった。全く、自分が情けないよ)
僕は自分に改めて失望し、ため息替わりに、ここのカフェ限定の飲み物を飲む。チョコとコーヒーを合わせ、上にクリームを乗せた、『チョコーヒークリーム』は、甘さ6、苦さ4程度の比率を感じさせ、体を温める。僕が飲むと同時に、川嶋玲奈も、ミルクを多く入れたブレンドを口に付け、喉を潤している。よく見ると、持っている手の平が、今朝見た時よりも、いつの間にか手を洗って、送風タオルでさっと通した程度に濡れていることが分かる。
「私、狭間君といると、楽しい……かも」
不意に川嶋玲奈はそんなことを言う。しかし、続けて、
「でも、心はそうじゃないみたい」
と付け足す。それは一体どういうことだろう。理由を尋ねる。
「それは、どういう意味かな?」
「え、えっと。会話していて、楽しいって思うんだけど、どこかで、何かが引っかかるって感じかな」
「それは、つまりは、頭ではそう考えることが出来るけど、でも、それを通さないように押さえつけるものが、心の中に存在するってことかな?」
「そう、だね。恐らくそうです。狭間君は、異性との関りが得意でない私にとって、船木君以外で、すごく気楽に話せる人なんです。でも、やっぱり、船木君とはまた違う感覚があるんです」
「そっかそっか。それは多分、彼氏と友達の違いだと思うよ」
当然、その違いはあるだろう。彼氏と友達とでは、そもそものベクトルが違う。そこに違いを見出すのは、とても自然で正しい反応だろう。だが、川嶋玲奈が抱えているものは、これとはまた違うみたいだ。
「確かに、彼氏と比較してしまうと、健力者の人はそう感じると思います。でも、私にとっての、船木くんという“彼氏”は、健力者の感性では感じることが出来ない特殊な“熱”があるのです」
健力者が感じることが出来ない熱……。ここで僕は、それがどういう存在なのか、理解してしまったかもしれない。健力者たちが感じられない激情。それは、テニスサークルの二人にもあったもの。特定の二人でしか合うことがない、強固な南京錠と特殊な鍵。だから、頬のことについて聞いた時、あの言葉を言ったんだ。
「特殊な熱か。それって、もしかして、その腕のことも関係しているのかな?」
僕は、半信半疑の状態で、あまりにも我慢できなかったためにそのことを聞く。川嶋玲奈は、素直に答えた。
「――やっぱり、殊力者でも、超力を使っていると分かっちゃいますよね」
そういい、川嶋玲奈は、その腕の裾を少し上げる。その光景を見た僕は、やっぱりそうだったかと心で呟き、それを見据える。そう。川嶋玲奈の腕には、熱で赤く発光する線が巻き付いていた。それはまるで生きているかのように、薄く点滅している。その姿は、とても痛々しく、されど、どこか愛おしさを抱いているようにも見える。
「もう分かってると思います。私は、彼、船木くんの超力を、体で受け止めているんです。その温度を下げるために、私は今、超力を使って体を濡らしているんです」
「やっぱり、そうだったんだね。そして、それが、特殊な熱の証明でもあると」
「はい。恐らく、狭間君たち二人にも、その特殊な熱はあると思います。私は、彼から超力を受けることがこの世で最大級の幸福なんです。餌を待つひな鳥が、必死にえさを取ろうともがくその姿そのものです。でも、私は、それを態度に示すことが難しい。だから、狭間君たちみたいに、心配をさせてしまうことが多かったんです」
真相はいつも自分たちの近くにあった。でも、それを他人と置き換えて考えることを、なぜ僕たちはしなかったのだろうか。川嶋玲奈は、実際に船木伸一からdvを受けていた。しかし、むしろそれそのものが、二人にとってはなんら特殊でもない、ごく普通で最高の愛情表現だった。その愛情表現を、僕たちは悪だと予測してしまい、挙句に二人にとても不快な想いをいだかせてしまっただろう。僕は、ひどく失望した。もっと慎重になるべきだった。自分がされて最も嫌悪感を抱くことを、僕は、有夏を巻き込んで、二人にしてしまったのだ。
そのことを聞いた僕は、とてもひどい顔をしていただろう。とにかくひどく落ち込んでしまい、有夏から、「船木が二人で話したい」という連絡を受けるまで、何も話すことが出来ず、ただただ飲み物を飲むことだけ行っていた。
・あとがき
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