ⅷ ダブルデート開始

 学栄桜が丘駅にあるオルポ。しかし、そこにある人気の大型複合商業施設はそこだけではない。オルポの逆側の出口。そこから直通で隣接されているところもある。そこが、『フラベン』という商業施設だ。ここはオルポとは少し趣が違い、『中に居ても外を出歩いている解放感のある買い物を』というスローガンから分かるように、1フロアの天井が高く、極薄曲有機ELパネルを用いて、疑似的な空を映し出し、そよ風も人工的に吹き付けている。そのため、地下の方が、地上よりもフロアが多く、5フロアもあるのだ。まあ、元々の地形として、ここは丘の上にあるようなものなので、そこまで地面を掘っているわけではないので、空気が悪くなることはなく、どんな天候でも買い物を楽しめるのだ。ただ一つ欠点なのが、基本的に入っているお店の値段が、オルポよりも上ということ。僕たちはともかく、普通の大学生であれば、特別な日以外ではあまり来たくはない場所だろう。

 

 僕たちは、約束の学栄桜が丘駅の改札前で、船木伸一と川嶋玲奈の到着を待っていた。一つの路線しか走っていないはずなのに、商業施設と勘違いするほどに大きい駅は、日曜日の休日を楽しもうと、様々な人たちで溢れていた。


「しかし、すごい人だね。二人をちゃんと見つけられるかな」

「あら、そんなことを言うのね。私がいるにも関わらず」


 有夏は、少し不機嫌な顔で、僕の方を見る。それを一体どういう意味だろう。超力で呼び寄せるということだろうか。


「有夏ちゃん。こんな人混みで超力を使ったら、別の人たちを寄せてしまうんじゃない? そしたら、その人たちも困っちゃうよ」

「確かに本人たちを寄せようとするとそうなるわ。でも、それなら――」


 有夏がこちらへ手を緩く伸ばす。


「あなたの間抜け顔を真上に投げれば良い目印になると思うわ」


 その言葉を聞いて、僕は思わず顔を背ける。冗談じゃない。こんな人が多い所で、そんなバイオレンスなことをしたら、みんな驚いてしまう。僕の反応を見た有夏は、クスクスと笑って次の言葉を言う。


「どう? 面白いジョークでしょう?」

「……ブラックすぎるよ、有夏ちゃん」

「これぐらいが良いのよ。少なくとも、本音を冗談って言って誤魔化すヤンキーたちよりかは上質だと思うわ」

「いやはや、とても利口だと思うよ。少なくとも、誰も傷ついてはいないからね」


 全く一体、急にどうしたのだろうか。そういうブラックジョークが有夏の中で流行し始めたのだろうか。僕だけを対象としているのならいいが、こんなブラック系を、他の人には言わないでほしい。僕の心配事は増えそうだ。


「よう、二人とも。早かったな。お前らが早いってことは、なんだ? 講義でもあんのか?」

「お、おはよう」


 そうこうしているうちに、二人が到着する。船木伸一はキャップを被ったカジュアル系、川嶋玲奈はニット帽を被った清楚系のファッションに身を包み、仲良く手を繋ぎながらやってきた。が、よく見ると、川嶋玲奈の手は、なんとなく濡れている風にも見えたが。川島玲奈が先日付けていた頬の絆創膏は、綺麗にはがれ、あの手形の火傷もそこにはなかった。

 二人がやってきたことを見て、有夏は反応する。


「ええ、ある種、講義とも言えるわ」

「一体どんな種類のもんだ? 俺たちが苦手な奴かよ」

「苦手かどうかは始まってから分かるわ」


 始まってから分かる。いや、もうすでにそれは始まっていると見て間違いないだろう。有夏は、しっかりと船木伸一を見据え、超力が発動していないかを感じ取ろうとしている。しかし、船木伸一は、じっと立ち止まることをせずに、歩き始めながら言う。


「ほら、早く行かねえと、映画始まっちまうぜ。遅刻はいやだろ? 少なくとも、玲奈は遅刻を嫌うからな。俺はともかく、二人まで玲奈の鬼の――」

「さ、さあ、行こう? ふ、二人とも」


 川嶋玲奈が慌てて繕う。なんだ、ここはやはり普通のカップルっぽいじゃないか。僕は少し安心して、有夏の手を取り、船木川嶋組を先頭に、フラベン2階にある映画館へと歩みを始めた。


――――――――――


「全く持って面白くなかったぜ」

「あら、私は面白いと思ったわ」

「ただ単に内臓飛び出せばいいみたいな残酷系だったのにか? 俺なら殺さずにお楽しみを続けるぜ」


 映画の時間に間に合い、僕たちが見た映画。それは、今までずっと続いていたシリーズの別主人公側の残酷系映画だった。まあ、言ってしまえば、趣味の悪いゲームによって人が死ぬもので、僕はあまり好きではない。全く、こういう所は恐らく現世界と変わらない。すごい所は映画館の中だけ。壁全面が極薄有機ELパネルで出来ており、予定している映画のテーマに沿って外壁が綺麗に変わるのだ。


 案の定、この映画を選んだのは有夏だ。本人は満足しているが、船木伸一は不満を持っており、有夏と口論を続けている。ふと、川嶋玲奈の方を見ると、どうも楽しくなさそうなくらい雰囲気を纏っており、地面と見つめ合っている。


「川嶋さんは映画、面白かった?」

「え、は、はい。なんというか、色々とすごかったですよね」

「そうだよね。僕は、すぐ死にそうな主人公の友人が、意外にも最後まで残っていたのが印象に残ったよ。てっきり、主人公を裏切ろうと動こうとして、結局主人公に裏切られるかと思ったんだ」

「そうですね。私は……」


 川嶋玲奈は、一旦息を飲み、そして言う。


「ヒロインが、やむなく主人公にムチ打たれているところが――」

「おい、玲奈。次、行くぞ。腹減ったし、昼でも食いに行こう」

 しかし、その言葉は、船木伸一によって遮られ、最後までは聞けなかった。一体、そこのシーンに何を想ったのだろうか。何気ない会話だったためか、あまり気に留めなかった。

 僕は有夏と手を繋ぎ、彼らに聞こえない小声で話しをする。


「ま、流石に映画館でしでかすことはしないよね。あの映画でも二人はそれなりに楽しんだみたいだし、君の選択は良かったと思うよ」

「それはどうも。でも、船木はあまり合わなかったみたいね。まあ、あの人はそういうタイプだとは思ったけれど」

「どういうタイプ?」

「人が食べてる物を食べたがるタイプ」

「――なるほどね。確かにそれはあるかも」

「それは置いといて、船木は超力を使っている感じは多分ないと思うわ」

「そっか。やっぱり、こんな人前では何もしないのかな」

「それはそうよ。あなたは、人前で内臓をぶちまけること出来る?」

「出来ないね」

「そういうことよ。私が言っているのは、映画を見ている時のことよ。暗闇で苦しむ彼女を見て楽しむかと思ったけれど、そんなこと無かったわね」


 流石にそれはないとは思うが、確かに、今のところは健全なカップルそのものだ。なんだか、今日はこのまま収穫がないままで終わりそうな気がしてきた。いや、終わってくれた方がとても良いのだが。


 映画を見終わった僕たちは、人混みを避けながらカフェへ向かう。お昼をそこで食べることになっているのだ。お店を決めたのは、川嶋玲奈で、おいしいサンドイッチやパスタがあるらしい。レンガ造りに模した小さな佇まいのカフェには、お昼の時間よりは早いので、お店には並ばずに入ることができ、4人掛けのテーブル席へと案内された。中の装飾も、緑を基調とした、眼に優しい色を用いており、ヒーリング音楽を筆頭に、心落ち着く空間を作り出している。外見は小さなお店という印象が、奥行きやちょっとしたスペースを活用しており、それなりに人が入るお店で、混む前に入ることが出来て良かった。


「ほんと、ここのカフェは洒落てんな。なにが洒落てんのかは説明できないくらいだぜ」

「それって、実はお洒落だと感じていないんじゃないかな?」

「バカ言え。俺は口に説明出来ない抽象的感性で感じ取ってんのさ」

「あら、何も感じていない人が、でっち上げで言う言葉ランク5位以内に入りそうな言い訳ね。流石だわ」

「……なあ、壮一。宇津木って、こんなに嫌味を言うやつなのか? さっきもすごかったが、俺、結構へこみそうだわ」

「うーん。本人はジョークのつもりなんだろうけどね。あれじゃ、車の運転席に乗った中学生だよ」

「免許もないのに使っているってことか?」

「いや、扱えているつもりになっているってこと」


 そうこうしているうちに、川嶋玲奈が、テーブルにある多機能端末によってすでにメニューを頼んでいたのか、料理が運ばれてきた。それは、なんと、大皿に唐揚げが4人前程度の規模だった。そして、そのセットなのか、小皿で数種のサンドイッチとスープが運ばれてくる。僕は不意に驚き、すぐさまここの詳細をオルメアで検索した。そこの情報によると、ランチセット限定で、一人数個程度の唐揚げ、サンドイッチとスープ、食後にデザートが付いたものが、目玉メニューとして載せられていた。値段は一人2000円。


(まあ、値段に相当するものだとは思うけど、この雰囲気のカフェでこの規模のセットは想像付かなかったな)


 他の皆は、ここのことを知っていたのか、「改めて見るとやべえな」とか、「そ、想像以上……だね」と違うベクトルで驚いたり、「あら、食べ応えありそうね。肉はこうでなくちゃ」と意気揚々と見つめたり、各々が持つ反応を生起していた。


――――――――――


「うう、かなりお腹に溜まったよ……」

「いやはや、食べ放題じゃないのに袋がパンパンとか、意外に溜まる系だったな」

「全く、男たちは頼りないわ。おいしかったよね、川嶋さん?」

「え、はい。とても美味しかったです。友達に教えたいくらいですね」


 結局、自分の分のサンドイッチを食べながら、唐揚げを食べた。のだが、普段ここまで食べない僕は、3、4個くらいで白旗をあげた。次に船木伸一。残りの全部を女子二人が平らげた。そこまで食べたはずだが、二人はまだまだ余裕の表情。全く、女子はなぜこうも食に対して強いんだ。

 食べ終わった皿が下げられ、デザートの、クリームがかけられた小さなパンケーキが運ばれてくる。僕たちは、それをゆっくりと食ベていると、船木伸一から、予想外の提案がなされた。


「そうだ。このあとなんだけどよ。どうせなら、違うパートナーで回ろうぜ」


 その言葉を聞いた僕と有夏は、目配せでコンタクトをとる。彼女は、受ける気満々という様子。


「確かに、それは面白そうだね。それじゃあ、僕は伸一くんと……」

「いや、壮一は玲奈、俺は宇津木って組み合わせはだめか?」


 再び僕たちは目配せでコンタクトをとる。彼女は、かかってこいと言わんばかりの目力で、僕を見つめていた。


「僕たちは別に大丈夫だよ。川島さんは大丈夫なのかな?」

「わ、私は大丈夫。お、面白そうだし、やろう」


 こうして、午後の行動は、僕と川嶋玲奈。船木伸一と有夏という組み合わせで、それぞれが違うフロアを回ることになった。お店をでて、二人と別れた時、オルメアで有夏から短いメッセが届く。僕はそれをみて、密かに気合を入れて、川嶋玲奈と共に、最下層のフロアへと向かっていった。


「これはチャンスよ、青年」


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054884780848

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