ⅲ 疑惑の二人

 講義終了近くの時間。教授がスクリーンに映したスライドについての説明をしている。マイクを持ち、レーザーリモコンを片手に、重要な部分や今どこを説明しているのかをレーザーポインタを使って説明している。この教室を持て余すほどに埋まっていない少人数の学生たちは、午後で最初の講義ということで、眠気に負けるもの、耐えるものと二分されている。そんな中、僕はのんびりと配られたスライドのコピーの余白に、教授の言った言葉をとりあえず羅列する。隣で真面目に受けている有夏は、重要な話しを取捨選択し、詳細に聞き取り余白に書いている。


「有夏ちゃん、よく眠くならないね。流石にこの時間は眠いよ」


 眠気に負けじと目を閉じないように踏ん張る僕は、有夏に小声でそう問う。


「壮一君、ひどい顔ね。汚職がばれた政治家でもそんな顔しないよ」

「その例えは……中々にひどいことを言うね。汚職もなんもしていない正直者なのに……」

「でも正直者が正しい態度とも考えられないわ。なんでも正論を言う人は一定の距離を置かれることを君は知っていた方が良いわね」

「……まさに今の君が、その正直者になっていると思うよ」

「あら失礼。君の前ではなんでも正直に話してしまう。流石、私の“彼氏”ね」

「とりあえず誉め言葉として受け取るね……」


 そんなやり取りをしていると、講義を終えるチャイムが鳴り響く。教授の「今日はここまで」という合図を待たずに帰る準備を足早に終えた学生たちは、我先にと出入り口へと歩き出す。この棟は三階建てで、他の教室から出てくる学生たちでフロアはいっぱいだ。僕たちはこれで講義は終わりなので、その人混みが落ち着くまでいつも教室でのんびりと待つ。


「この後はどうしようか。研究所からも病院からも何も知らせはないし、完全なフリーだよね?」

「そうね。それじゃ、モールで買い物でも付き合ってよ。代わりにブレバの限定を奢るわ」

「別に奢らなくて良くていいのに。でも、まあ、付き合うよ」


 頃合いを見て、教室を出る。所々に置いてある丸いテーブルと椅子に座っている学生たちを横目に、その棟を出る。僕たちが通うここ、帝心大学は、広大な敷地を所有する大学で、ビルのように大きいものもあれば、アパートみたいな小さなものも多く立っている。そして、それなりの時間をかけて敷地を一歩出れば、そこは開発された学生街。様々な個店に商業ビル、大型商業複合施設が存在する通りに出る。そう、ここが未来世界でちょっと名の知れた街、『学栄桜ががくえいさくらがおか』だ。学生街ランキングトップ10に毎回入るこの大きな街は、今日も学生たちの憩いの場所として息をしている。


「いつものあそこに行くの?」

「ええ、あそこに行けばとりあえず何かあるでしょう。こだわりとかは無いし」


 有夏が言ういつものあそことは、『オルポ』だ。学栄桜が丘で一番大きいモールで、基本的にそこに行けば時間は潰せるし、相当マニアックなものでなければ揃うと噂される大型複合施設だ。駅から直結の通路もあるため、心の中で、そこで買い物をして、そのまま電車に乗ろうというちょっとした計画を立て、オルポへと入り、有夏の思うままに、買い物に付き合った。


 ――――――――


「疲れた……」

「まあ、壮一君にしては持った方ね」


 休憩として、『ブレバ』へと入った僕たちは、期間限定の飲み物をホットで頼み、二人掛けの席に座っている。周りが楽しく、力強く話しを展開している中、僕は今にも、バルコニーの端にあった椅子からずり落ちそうなるのを必死にこらえ、弱弱しく話しを展開している。

 有夏の買い物のペースはとても早かった。いつも経験していることでも、慣れることはないだろう。一つの店に入ったかと思ったら、気づいたら次の店にはいる背中を見つけ、追い続ける。かと思ったら、量こそ少ないが、買った商品をこちらへとパスしてくる。そして、フロアの店を全て回ったら、次は上の階へと移動して繰り返す。能力開発手術で体が全体的に弱くなった僕にとって、一フロアを回るだけで息が切れるほどハードだった。


「全く……超力で人も取り寄せられるなら、僕を取り寄せてよ……」

「そんなことで使いたくないわ。それに、これは気を付けている結果よ。過激派がどこにいるのか分からないじゃない。今朝の電車の件、私もちゃんと気にしてるのよ」

「あ、なるほどね……理解したよ……ふぅ……」

 

 そうして、首を外側へ向け、下の階の様子を見やる。すると、顔見知りの二人組が歩いているのが見えた。僕は何気なく有夏へと伝える。


「あ、あの二人。船木君と川嶋さんじゃない?」

「ああ、そうね。二人もここでデートかしら。……なんだが、良くない感じ」


 その言葉に僕は態勢を整えてしっかりと二人を見る。しかし、買い物袋を分担して持っているだけで、特に良くない部分は見つからない。周りを通る学生たちも、彼らを一般の学生としか見ていないので、一体なにが良くない感じなのか分からない。


「そうかな。とても仲よさそうに見えるけど」

「いいえ。それは表だけよ。よく見て。川島さんは船木くんに話しかけているのに、船木くんは無視しているのか、全く反応していないわ。それに、川島さんの持っている荷物の方が重いはずよ。それに、彼のズボンのポケットに、財布が二つ、しかも、片っぽは明らかに女性物よ。これだけ言えば分かるでしょう」


 確かに、それだけ聞けば、様々なことが予想出来る。特に、財布を彼氏が持っているという所が、個人的に引っかかる。なぜ、持っているバックとかでなく、財布だけ単体で彼氏に預けているのだろう。そういうことをするカップルもいると言われればそれまでだが、確かに何か良くない物を感じてしまう。


「――ねえ、有夏ちゃん」

「――ええ、そうね」


 言わんとすることを理解してくれたのか、彼女に目を戻すと、返答と頷きが即座に返ってくる。僕たちは飲み物を手に持ち、買い物袋を分担して持ち上げ、足早にお店を後にした。

 あれだけで断定するのは絶対にしてはいけないと分かっていても、今朝に感じた、船木伸一が示した川嶋玲奈に対する冷たそうな態度。間違いであってほしいという願いを抱きながら浮かべた疑念。船木伸一は、川嶋玲奈に対してDVを働いているのではという可能性。ただの喧嘩という取り越し苦労を信じて、僕たちは彼らの後を追ったのだった。


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054884449489

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