ⅱ 異常の生態

「ほら、早く行くわよ」

「分かってるよ……眠い……」


 

 昨日の夜から激しいやり取りをしていたため、寝不足気味の頭を無理やりに起こされ、下着にyシャツとスラックスという、いつもの服を着ながら、有夏の作ってくれた朝ごはんを食べる。



 昨日の現世界の修学旅行生たちへの学科紹介コーナーを無事に終え、そのあとに彼女、有夏がそのまま僕の家に泊まりに来た。そしていつものあの特別なやり取りを行ったのだ。しかも、昨日は特別長く、採られて気絶して、また少しして起きたらまた別の物を採られるというやり取りを数回したのだった。そのため、ゆっくりと床に就いたのが、四時間前。流石に眠かった。


「昨日の夜に採った臓器はもう再生したでしょう?」

「したと思うけど」

「なら早く食べて行きましょう」


 恐らく昨日の興奮が続いているのだろう。とても気分がよさそうな爽やかな雰囲気を纏った彼女を、愛おしく見ながら、朝ごはんを平らげ、しっかりと洗い、整理する。大体有夏が整頓してくれて、整った部屋を見渡し、そして、カジュアル系の服装に身を包んだ有夏と共に、旧式のアパートを後にした。


「やっぱり寒すぎない朝は気持ちいいわね。臓器たちがちゃんと働いてることがはっきりと分かるわ。臓器のありがたみが改めて理解できる」

「そんな大げさだよ。僕以上に臓器があることのありがたみを知っている人はいないと思うけど。日常的に臓器を取られている人なんて、未来世界といえどそんな多くいるとは思えないよ」

「そうね。私がほぼ毎日採っているものね。昨日も最高だったわ、壮一君。やはりあなたの臓器はとても美しい」

「それはどうも。――現世界の皆がこのことを知っていたら、一体どうなっていただろうね」

「まあ普通に考えて引くでしょうね。こちらの常識はあちらでは異常だもの」

「そうだよね。内臓に惹かれて付き合っているという事実は、現世界にはないと思う」

「そもそも一般人が人の内臓を生で見る機会なんて、あまりないでしょうね」

「――やっぱり、僕たちは、異常なんだね」

「今更よ、そんなこと。私は受け入れているもの。臓物大好き女で生きていくってね」

「なんか、それだとレバーが好きだと勘違いしそう」

「――食べるのは苦手」

「僕も」


 僕たちは小さく笑い合う。有夏と何気ない会話をしているこの時間が愛おしい。彼女と一緒にいる時間は、全て愛おしいのだ。例え、彼女は僕本人を愛していないとしても、僕は彼女を愛している。それでいいのだ。



 僕たちはアパートを出て、綺麗に舗装された道を進み、複数の線が接続している駅に着く。朝の早い時間と言っても、平日はやはり人が多く、特に週初めのため、駅には人が多くいた。僕たちは、大学最寄りの駅へ向かう線の改札をオルメアで通り、二メートル以上ある、透明の転落防止柵の前で電車を待つ。現世界の新聞をたまに見ると、駅のホームから転落して自殺する人が月に大勢でるみたいだが、未来世界では、この柵の存在で、ホームから自殺する人なんて出たことがない。大体、よじ登っている最中に気が変わるか、他の人が止めるため、未遂で終わる。いつも思うが、現世界の人もこんな感じの大きな柵を作ればいいのにと、新聞で記事を見つける度に思う。


「来た。さて、私が居るんだから、今日は気絶せずに行きましょう」

「うん。一人じゃなければ、絶対に大丈夫だよ」


 電車が止まり、扉が開く。降車する人を待ち、小さな電光掲示物が多く流れる車内へと乗り込む。扉のガラスや窓の中に仕込まれた液晶画面には、色んな商品の広告、今日のニュース、お得な情報などが絶え無く流れ、とても目が忙しい。そんな中、あるニュースに目が留まる。それは、超力至上主義と殊力至上主義たちの抗争についてのニュースだった。


「最近、超力至上主義と殊力至上主義の抗争頻度が多くなっているみたいだね」

「そうみたいね。全く迷惑な話しよね。こっちはのんびりと生活したいのに、一部の過激派のせいで、活動に参加していない私たちまで気疲れするわ」


 能力者の存在が何も良い方向へと向かうわけではない。二つの派閥が生まれ、今では抗争に発展するほどに対立が激しくなっている。一部の過激派が活動するたびに、参加していない能力者たちも、『健力者けんりきしゃ』――能力を持たない人たちから様々な声を浴びせられる。


(全く、生活に影響しなければいいけど)


 そんな風に思っていると、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。有夏と共に耳を澄ますと、その声は隣の車両から聞こえてくるようだった。ちょうど過激派のことを話題にしていたので、少し心配になり、電車が駅で停車したときを見計らってそちらの方へと移動する。


「殊力者の分際で、椅子に座ってんじゃねえよ」

「別にそんなの関係ないだろ。何様のつもりだお前」

「超力者様だ。お前ら劣等人種と違って、超力者は優等人種なんだよ。敬意を払え」

「まあまあ、ここは穏便に行きましょうって」


 移動した車両で言い争っていたのは、予想通り、殊力者と超力者の人たちだった。その人たちの間で仲介していたのは、学科紹介コーナーを一緒に担当した、船木伸一だった。近くの席には、川嶋玲奈もいたが、彼女は怯えた様子で座っていた。

 このままではまずいと思い、僕も急いで加勢する。見ると、殊力者の人は落ち着きがあるが、超力者の人は、落ち着きがなく、特に目立つのが、両手が小刻みに震えている。


「そうですよ。一旦落ち着きましょう。一体、何があったんですか?」

「うるせえ! 部外者は引っ込んでろ」


 超力者は僕の声を遮り、僕の方を睨む。すると、僕の顔に何かがぶつかってきた。とても重く、強い威力を持ったものにぶつかった僕は、電車が動き出したこともあり、後方へ大きくのけぞる。ちょうど後ろにいた有夏が体を支えてくれ、なんとか頭をぶつけずに済み、気絶せずに立ち直る。この超力者……『フェノキネシス』か『サイコキネシス』の超力者だろう。目に見えない能力は大体この二つに分類される。

 僕が立ち直るのを見て、有夏が徐々に超力者に近づく。その間、船木伸一はその超力者の体を掴み、暴れないように宥めていた。


「おいおい、やめろって!」

「うるっせえ! 俺っ、は殊力者が存在していることが許せっねえ。劣等人種のくせに!」


 超力者の男はもう誰の声も届かないくらいに炎上してしまっており、言葉も所々もつれている。これでは何をするか分かったものじゃない。何とかしなければ。どうするか考え始める前に、有夏が大きく動いた。一体何を考えているのだろうか。僕は静かに見守った。


「お前、超力者っか。お前も、殊力っ者が劣等人種だっと思うよな? この二人っはそうは思わねえって言うんだ。俺は間違ってねえよな?」


 男はそう訴えるが、有夏はなにも反応しない。有夏は右手を緩く前に出している。恐らく能力を使うつもりだろう。


(――まさか、臓器を!?)


 嫌な考えがよぎるが、それは杞憂だった。有夏はこちらに体を向ける。彼女の手には臓器……ではなく、薬が入っているあの白い袋が握られていた。


「この病院に電話して。この人、リチウムを飲んでいるわ」


 僕は彼女の言う通りにその袋に書かれている病院の電話番号にビデオ電話する。電話口に出た人と話し、その超力者の姿を映すと、すぐに納得してくれ、とにかく一旦駅へ降ろしてくれと言われたので、皆で協力して、何とかちょうど停車した駅に降ろした。当然、争っていた殊力者の人以外の全員、学生である船木伸一と川嶋玲奈、そして僕たちは、その超力者が心配なので一緒に降りた。しばらくして、病院の関係者の人が、数人の駅員さんと共にやって来て、その人はその場で、暴れる体を押さえつけられながら、麻酔を打たれて眠った。


「あの……この人は一体……」

 

 僕は素朴な疑問をするが、その返答はあまりにも簡素なものだった。


「ただ、興奮しやすい人なだけですよ。皆さま、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。後はこちらが対応します」


 それだけ言って、超力者の人を連れて行ってしまった。納得していない僕の顔を見て、確かにただ興奮していただけと思える態度だったが、どこか頭に引っかかる。その疑問を、代わりに有夏が向き合ってくれた。


「あの人、リチウムを飲んでいたわ。あの人の手の震えは、軽い手指振戦だったと思う」

「リチウム……手指振戦……ああ、そういうことか」


 リチウムという薬物。これは、気分安定薬として、躁鬱病に対して使われることのある薬だ。鬱に関係する薬なため、心理学科の講義で耳にしたことがあるのをやっと思い出す。これだけで断定するのは良くないが、恐らく興奮しやすいと言うより、精神が不安定な人だったのだろう。そこに、超力至上主義の思想が入り、あのように過剰な反応を示した。


「でも、あの薬よりも効果が高くて、副作用が軽い薬があると思うけど……」

「それは知らないわ。全員に処方されるわけじゃないんじゃない?」


 そうなのだろうかと考えていると、船木伸一と川嶋玲奈が話しかけてくる。


「まあ、とりあえず病院の人に渡したんだし、電車乗ろうぜ。俺らは一限の発表のために早く集まらなきゃいけないんだ。時間に遅れたら罰金がかかるんだよ」

「伸一くん、またそんなことしてたの……」

「うっせえな。俺の勝手だろ。ほら、次の電車がくるぜ」


 乱暴に言葉を言い放ち、転落防止柵へと歩いていく船木伸一。付いていく川嶋玲奈。何故だろう。船木伸一は、川島玲奈に対しては少し乱暴な扱いをしているように感じるが、ま、勘違いだろう。そのように感じながら、二人に促され、停車した電車に乗り込む。そして、その日はそれ以上のトラブルなく、無事に大学へと着くことが出来た。

 超力者と殊力者の対立は今に始まったことではない。僕たち能力者が生まれたその時にはすでに社会的文化に存在し、見えない鎖で僕たちを縛り付けている。恐らく、超力者と殊力者がお互いを尊重して生活する社会は、当分来ないだろう。僕たちはそんな異常な日常を、己の異常と向き合いながら生きている。


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054884432484

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